論考「遥かなるメコンを越えて ナーンの旅、そしてプーミン寺壁画」⑪

論考「遥かなるメコンを越えて ナーンの旅、そしてプーミン寺壁画」
第6章 ナーンへの道 その3(パヤオ、チェンムアン ルート)後編

(蔵屋敷滋生 くらやしき・しげお 投稿時:出版社役員,59歳、千葉県柏市在住)


(写真:バンルアンから山懐に入り、出逢ったピートンルアンと記念撮影。うち2人は赤ん坊をつれたお母さん)

いま1021号を走っている。国道1号を左折して約10キロでドーク・カム・タイの標識が見える。そこを右折・1251号でバーン・サに向かう。ひなびた村にやや不釣り合いともみえる立派な家が散見され「なるほど」と得心する。ここにバンコクで友人になったドイツの大手家電メーカーに勤める友人がいる。彼はタイ人の奥さん(?)に新居をプレゼントし、休暇のたびに滞在している。人の奥さんをとやかくいいたかないが、ドイツ人の女性の好みはわれわれとはえらく違うと思う。仕事は中国を本拠とする電子技師兼営業マンだが、やはりタイが一番気が休まると言っている。時々メールのやりとりをする。いろいろな人がいるものだ。

(写真: バーン・サに向かうバイパス道。タイの田舎を満喫。車中から)
バイパス1251号線の開通前は1021号線でチュン、1091号でポンへ、そこからチェン・ムアンに出た。バイパスのおかげでバーン・サまで60キロで到着する。ルートは基本的に山道だが車窓の両側は豊かな田園地帯が広がり、強い日差しがウソのような心地よさを感じる。直線道が多く、上空から眺めれば花畑を直進する一台の車がみえるはずだ。

この時期(2月中旬)は日本のそめい吉野のようなタイさくら(ターベーブーヤ)が淡いピンクの花をつけ満開なのだが、訪れる人もなく寂しげな風情もある。とりわけ峠でみる眼下の景色は、一人で満漢全席に参加しているような気分だ。遠くの切り立った岩山など見ながらドライブは続く。通り過ぎる村も小さい。ミェンやモンの村も散見される。どっちを向いてもまったくのド田舎の風情にワクワクする。美しい自然と穏やかな人達、時はゆっくりと流れる。

バーン・サで南北を貫く1091号にぶつかる。右折10キロでナーンの入り口・チェン・ムアンに到着。そのまま直進すれば1091号は1120号線(チェン・ムアンからのルート名)に名を変えプレー県に至る。実はこの1091号・1120号線はポンからは西側を走る国道1号線と平行して走っており、ロケーションがいいだけでなく、安全走行を願うのならこっちのルートである。表通りより裏道に本当の姿が見つかるものだ。

(写真: 1081号線でナーンへ。急勾配の山岳道路が続く)
ここまででちょうど200キロを走破したことになる。チェン・ムアン左折し1081号をひた走る。もうナーンまでは一本道。だが、遠路からの旅行者を拒むように、いきなり急勾配の山岳道路となる。「Used engine brake」の標識が目立ち、岩山の裾を切り砕いたアスファルト道が続く。標高も1000メートルはゆうに越えているはずだろうか。

少し脱線するが、ピー・トン・ルアン(ムラブリ)が定住していた村の入口になるバン・ルアンの標識までは約10キロの道のりで着く。今回、標識を左折し山懐の奥まで訪れてみたものの、途中で鳥撃ちの銃を持った村人から「1081号線の反対側の山にみんな引っ越した」と聞かされた。聞かなかったらきっといつまでも待っていたはずだ。

ナーンTATのマップには、まだバン・ルアンがピー・トン・ルアンの在住地と紹介されているが、もう彼らはそこにはいません。4WDでも行くのに困難な山に移住したのです。ナーンからの帰路に挑戦してみたが、目標となるモンの村まではなんとか行き着いたものの、その先は一段と険しくとてもたどり着けなかった。それでいいのかも知れない。

ピートンルアンに関心ある方は以下のサイトをご覧ください。http://www.bangkokshuho.com/articles/mekon/mekon845.htm

http://www.bangkokshuho.com/articles/mekon/mekon890.htm


(写真: バンルアンから山懐に入る。犬を連れたピートンルアンに出会う)
ボクも幸運なことに一度だけ彼らに出逢っている。1998年9月、バン・ルアンから入った山裾でピー・トン・ルアンと遭遇した。谷間の小川で彼らを待つこと半日、小川のせせらぎしか聞こえない静寂さの中で「唄うような話し声」が段々と聞こえ、それが近づいてくるのがわかった。小川の反対側の山道に胸前に赤ん坊を抱えあるいは背負い、山刀と肩掛け袋を持った6人の女達が現れたのだ。汚れたTシャツと巻きスカート。しばらくは双方で小川を挟んで見つめ合っていたが、彼女らは意を決したようにこちらに渡ってきた。

きれいな黒髪、精悍そうな顔つき、アジアでは普段みることのない雰囲気を感じた。今でもあの風貌は、写真でみる中南米のマヤやアステカ、インカに似ていたと思っている。言葉の交流はなかったが、キャンディ袋をプレゼントしたら、その中のひとりは腕にこすりつける仕草をしながら木の皮らしきものをくれた。きっと薬効のある木皮に違いない。だがナーンのホテルのフロントでこの話をすると「すぐに捨てなさい」と言われた。もちろん今でも所持している。

話を本題に戻す。とにかくまだナーンにたどり着いていないのだ。いくつもの山といくつもの谷を下り、またいくつかのミェンとモンの村を過ぎるとやっと山岳道路は平地にとどき、盆地であるナーンの市内に到着したことを知らせてくれる。ナーンは遠い。とにかく不便な所だ。

(写真: 1081号線。いくつかの山、谷を越えてナーンへ)
飛行機でもバンコクからの直行便はない。ピサヌロークかチェンマイ経由でしか飛んでくれない。しかも途中のプレーに寄る便もあって各駅停車のフライトなのだ。鉄道は北線でデン・チャイ下車、そこからプレー経由のバスとなる。ナーンまでは140キロ、2時間半の旅が待っている。バンコクからのバスとなると720キロを14時間で走り抜けてくれるが、考えただけでもシリが痛くなる。いきおいチェンマイかチェンライ経由となるが、それでも半日は覚悟せざるを得ない。

そんな手間ひまかけないと行けないタイの「僻地」を訪れるようになってから4年目を迎える。むろんこれはあくまでもタイの「僻地」であつて、本当の「辺境」「僻地」、例えば雲南省西双版納の景洪までは昆明からバスで2泊3日間かかるといった話とは時限が違う。人それぞれだが私の旅に「難行苦行」や「悪戦苦闘」などは求めたくない。

「なぜ」と聞く人もいないと思うが、決意表明だけはしておきたい。まず不便であること。それだけ美しい自然とそれなりの伝統的な生活が残されているはずだ、と思うからだ。たしかにナーンでは住む人達の穏やかさは感じる。もつと貴重なことは時が静かにゆっくりと流れる様が分かること、だろうか。そしてもうひとつは何度もふれたが「ナーン人」の「自主性」とか「気品」さえも感じるからだ。このことはナーン国、ナーン人の歴史と関係することだと思っている。喧噪のバンコク、歓楽のチェンマイだけが「タイ国」ではないのです。

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