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- 調査探求記「ひょうたん笛の”古調”を追い求めて」①(伊藤悟)
調査探求記「ひょうたん笛の”古調”を追い求めて」①(伊藤悟)
- 2003/1/25
- 調査探求記「ひょうたん笛の”古調”を追い求めて」(伊藤悟), 論考論文・探求活動記
「ひょうたん笛の”古調”を追い求めて」①(伊藤悟)第1章
雲南を離れてどれくらいたったか。僕は約4年、中国雲南省の大学に留学し、その身分を利用しつつ、少数民族の楽器、“ひょうたん笛”を追い求めてきた。
思うところがあって雲南を後にし、タイのチェンマイにやって来た。 最近チェンマイで新しい友人を得た。音楽をともに奏でられる友人たち。型にはまらない、自由なタイの国民性と同じように、彼らが奏でる音楽も型にはまらない。一人一人が曲のイメージを崩さないように、そして自由に奏でる。友人たちはグループを組んで演奏している。北部タイでは結構有名なグループらしい。伝統音楽を演奏するだけでなく、音楽以外のジャンルのアーティストと積極的にイベントを行い、新しい試みを続けている。
何度か彼らとステージで演奏した。同じように、型にはめない、即興で。そして、彼らは自分が吹くひょうたん笛をみて、「噂には聞いたことがある」とシャンステイト(ビルマ)-タイ国境近くの村に住むタイヤイ族の老人を紹介してくれた。その老人を訪ねればこのひょうたん笛について何かわかるだろうという。
2ヶ月前、チェンマイ大学の図書館でタイヤイ族の音楽に関する資料を見つけた。それは21年前の古いものだった。そこにタイヤイ族の“うた”の種類や楽器についての簡単な紹介があった。もちろんそこに”ひょうたん笛”も記されていた。日を改めて、僕はその資料を書いた先生に会った。
最近、先生は師範大学を退職し、農園で果物を作ったり、植木鉢に水をやったりして静かに暮らしていた。この人はタイ国側で育ったタイヤイ族だった。まだ流暢にしゃべれない自分のタイ語にもじっと耳を傾けて聞いてくれた。
「その昔、ひょうたん笛を二度買ったことがあった。結局思うように吹くこともできなかった。」
「今でも誰かこの笛を作れる人はいますか。」
「一人いた。ずいぶん前に死んでしまった。」
「吹ける人はいませんか。」
「いるだろう。君はタイヤイ族の村に行くべきだよ。」
そして、この人はゆっくりとうたを歌いだした。
ふと、僕は聴きなれたメロディーに気がついた。「これは昔タイマオ族の友人に習った古い歌だ。ロンコンという。そしてタイヤイ族にも同じ名の歌がある。」と、続けて歌いだした。
“ロンコン”、それは雲南省の西の地で探し続けていたタイヌア族の“古調”に似ていた。そして、それは自分が雲南省の西の果て、タイマオ族の村でみつけられなかった歌、“ロンホン”そのものだった。「古い歌だ、その笛で吹くのが最も美しいんだよ。」思いもしなかった。タイでその歌を聴けるとは。これは偶然なのだろうか。
この笛のおかげで、チェンマイで遥か雲南で失われようとしている音楽に出会えた。 僕は近いうち必ず国境近くの村に行くことを決心した。 ●ロンコン、ロンホン—-「サルウィン川(の流れ)」の意。
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