コラム(江口久雄さん)「メコン仙人だより」第41話 「吐火羅国の使者」

7世紀半ば日本に漂流し斎明天皇に挨拶にきたと日本書紀に記される吐火羅国の男は?

コラム(江口久雄さん)「メコン仙人だより」第41話 「吐火羅国の使者」

『日本書紀』を読んでいると、5世紀後半の人とされる雄略天皇の時代に渡来してきたイマキノアヤヒトたちの諸種の工人にタミル語の名前を持つ人たちが初めて出てきます。歓因知利(カンインティリヤム)とか因斯羅我(インティラガー)などの人たちです。次いで6世紀中葉には百済の国から三斤(サーマガーナム)や己麻次(クンマッディ)などの樂人、また麻奈文奴(マナマンヌ)や昔麻帯弥(サガマティヤミ)などの瓦職人が倭国に献上されます。バンコクのシーロム通りにあるワット・ケークは極彩色の装飾が施されたヒンドゥー寺院で、インドのタミルナードゥ州にある本山の末寺ですが、この寺にはタミル人の導師たちがおり、やはりタミル人の樂人のカルテットがいます。『日本書紀』に見える百済から倭国に献上された樂人もちょうど四人のカルテットで、「ははあ、こんな感じの人たちが当時の日本に来たのだな。」と思いました。もしかすると当時の倭国にも小さなヒンドゥー寺院の末寺ができて、タミル人の樂人のカルテットが来たのかもしれません。

 『古事記』にも『日本書紀』にも仏教の渡来については麗々しく書いてありますが、ヒンドゥー教についてはまったく何も書いてありません。しかし南インドのパッラヴァ王国から扶南王国、林邑王国には主にヒンドゥー教が先にもたらされ、後になって大乗仏教が入るという図式が一般的で、中国の南朝(東晋・宋・梁)を通じて百済・倭国へと通交のルートが伸びたとき、やはりヒンドゥー教が先・仏教が後という伝わり方をしたのではなかったのでしょうか。554年の百済から倭国への四人のタミル人の樂人の献上の記事は、ヒンドゥー寺院の存在を前提に読むべきものと思います。

扶南王国の滅亡とあい前後して現在の中部タイの地域にドヴァーラヴァティー王国が発足します。この地域は『梁書』によれば扶南王国の属国の典孫という国で5人の王がいたといわれます。典孫とは古モン語のドゥンスン(五つの国)を音写したものでしょう。扶南王国の属国だったモン人の居住圏に、扶南王国と同じ南インドのパッラヴァ文字を使い、またハルシャヴァルマンとかイーシャーナヴァルマンとか、やはり扶南王国と同じ南インドのパッラヴァ王国の様式の王名を持つ王を戴くドヴァーラヴァティー王国ができたのです。ドヴァーラヴァティー王国はモン人の国といわれていますが、当初は扶南王国の支配階級だったタミル人が支配層を形成したのではないかと思われます。

『日本書紀』によれば654年(孝徳天皇5年)に吐火羅国(とくわらのくに)の男2人・女2人、舎衛の国の女1人が日向の国に流れ着いた。さらに657年(斉明天皇3年)にはとくわらのくにの男2人・女4人が筑紫の国に漂着したとあり、前の記述などに見えるとくわらのくにの人が筑紫の国に集合したものと思われる。彼らは倭国の都に送られ、盂蘭盆の夕食会に招かれている。659年(斉明天皇5年)に吐火羅国(とくわらのくに)の男が妻の舎衛の国の女とともに斉明天皇に挨拶にきました。その翌年、とくわらの男「乾豆波斯達阿(げんずはしだちあ)」が妻を人質として倭国に留めることを条件に帰国をかねて倭国から使節を出して欲しいと訴え、数十人とともに「西海之路」に入ったと記されています。

 吐火羅国(とくわらのくに)とはドヴァーラヴァティーのことで、中国に向かった船が難破して漂流者が九州に流れ着いたものです。乾豆波斯達阿(げんずはしだちあ)なる男の名が明らかにされていますが、『日本書紀』の注釈では乾豆をインド、波斯をぺルシャ、達阿をダッタと読み、固有名詞かどうか疑問と結論しています。しかしやはりこれはきちんと人名として解読しなければならないと思います。当時の唐の時代の発音を残す広東音で乾豆波斯達阿を読んでみますと、コンダウボシダッタと読めます。倭国やドヴァーラヴァティーに見られたタミル人の状況証拠から、コンダウボシダッタをタミル語になおしてみるとコンダヴァン・シッターンタムと読めます。コンダヴァンはタミル語で主人、シッターンタムはタミル語で天文学の論文という意味で、おそらく航海士ではなかったかと思われます。乾豆波(コンダヴァン)斯達阿(シッターンタム)というのが正しい読み方でしょう。

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