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メコン圏を舞台とする小説 第54回「午前三時のルースター」(垣根 涼介 著)
- 2025/4/20
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メコン圏を舞台とする小説 第54回「午前三時のルースター」(垣根 涼介 著)
<単行本>「午前三時のルースター」(垣根 涼介 著、文藝春秋、2000年4月発行)
(*この作品は第17回サントリーミステリー大賞受賞作に若干の加筆をしたもの)
<文庫本>「午前三時のルースター」(垣根 涼介 著、文春文庫<文藝春秋>、2003年6月発行)
<著者紹介> 垣根 涼介(かきね・りょうすけ)
・<単行本の著者紹介・単行本発行時>
1966年、長崎県生まれ。筑波大学第二学群人間学類卒業。リクルート、商社勤務を経て、旅行代理店に勤めながら初めて応募した作品「午前三時のルースター」で2000年、第17回サントリーミステリー大賞・読者賞をダブル受賞。
・<文庫本の著者紹介・文庫本発行時>
1966年、長崎県生まれ。筑波大学卒。独自の人間観察眼と、疾走感溢れるストーリーテリングをその持ち味とする。2000年、『午前三時のルースター』(文春文庫)でサントリーミステリー大賞と読者賞をダブル受賞し、デビュー。第2作『ヒート アイランド』(文春文庫)で、ストリートギャングと裏金強奪団の息詰まる攻防を描き、各紙誌の絶賛を浴びる。2004年、『ワイルド・ソウル』(新潮文庫)にて、大藪春彦賞、吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞と、史上初のトリプル受賞に輝く。2005年には『君たちに明日はない』(新潮文庫)で山本周五郎賞を受賞。近著に『勝ち逃げの女王 君たちに明日はない4』『狛犬ジョンの軌跡』『光秀の定理』。
2013年「光秀の定理」以降、歴史小説へ活動範囲を広げ、2016年の歴史小説第2作「室町無頼」は非常に話題となり、2025年1月、大泉洋主演で映画化され公開、更に2023年刊行の「極楽征夷大将軍」で2023年の第169回直木賞受賞した作家・垣根涼介 氏のデビュー作が、まさに本書「午前三時のルースター」。1966年生まれの長崎県出身の垣根涼介 氏は、筑波大学卒業後、リクルート、商社勤務を経て、旅行代理店・近畿ツーリストに7年半勤務。近畿ツーリストに勤めながら初めて書き上げ「公募ガイド」でサントリーミステリー大賞に応募した作品「午前三時のルースター」で、2000年、第17回サントリーミステリー大賞・読者賞をダブル受賞し作家でデビュー。本作品の語り手は、長崎県出身の旅行代理店勤務の31歳営業マン・長瀬という設定で、物語の主舞台は、著者が旅行代理店で勤務時に天井業務で気に入ったベトナムのホーチミン市。本書デビュー作以降も、第2作『ヒート アイランド』で各紙誌の絶賛を浴び、2004年、『ワイルド・ソウル』(新潮文庫)にて、大藪春彦賞、吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞と、史上初のトリプル受賞。2005年には『君たちに明日はない』(新潮文庫)で山本周五郎賞を受賞などと、歴史小説に取り組む前にも、次々と話題作を発表。
プロローグとエピローグ以外の本章は、「第1章 少年の街」と「第2章 父のサイゴン」の2章構成で、「第2章」が「第1章」の約2倍の頁数。「第1章 少年の街」は、日本の埼玉県が舞台。旅行代理店・日鉄ツーリスト首都圏営業部の長崎県出身31歳の長瀬は、得意先の宝飾品業ジュエリーナカニシの創業者社長・中西栄吉から、12月下旬の年末冬休みに、私立進学校に通う高校1年生の孫の慎一郎一人だけのサイゴンのツアーを手配し、その添乗同行して欲しいという依頼を受けるところから、ストーリーが始まる。16歳の少年・中西慎一郎のベトナム・サイゴン行きの本当の目的は、家族に内緒で、4年前に仕事の出張先のサイゴン(ホーチミン市)で突然失踪したジュエリーナカニシの専務だった中西栄吉の女婿で自分の実の父親の消息を尋ねることだった。ジュエリーナカニシの創業者社長・中西栄吉は、一人娘で中西慎一郎の実母の玲子を、業務提携を図ろうとしている取引先の東京の宝飾品卸商のサクラ宝石の離婚歴のある2代目社長との再婚話を進めていたが、中西慎一郎は、1年前に、ある民放が特集したベトナムの紀行番組「ドキュメンタリー・ベトナム南北縦断2000キロ」で、偶然映り込んでいたホーチミン市のベンタイン市場での露天商の魚屋の男に、自分の父親を見つけていた。
中西慎一郎から個別に相談を受けた長瀬は、ホーチミン市に行く前に、少しでも日本にいる間に手掛かりがつかめないか?と考え、長瀬の長崎の高校時代の同級生で民放に勤務していた源内に連絡相談し、源内が、中西慎一郎の失踪した父が映り込んでいたベトナムの紀行番組を制作した局の番組製作スタッフと制作会社のカメラマンと連絡が取れ、長瀬と中西慎一郎は源内とともに、その撮影当時の話を聞くと、偶然カメラを回したことで、現地取材クルーメンバーたちが、危うく命を落としかねない事件に巻き込まれてしまった事が分かり、非常に身の危険を感じながらも、現地での失踪した中西慎一郎の父を探す上での関連情報を掴む。12月下旬、日程的には1週間もない短い期間ながら、中西慎一郎と長瀬、それに興味本位でついてきた源内の3人が、成田からタイ経由でホーチミンに入るところで、「第1章 少年の街」が終わり、「第2章 父のサイゴン」では、ストーリーの舞台がベトナムのホーチミンに移る。
日本で、ベトナムでのホテルや車・ドライバー、ガイドを事前に手配していたものの、長瀬たちがホーチミンに到着してみると、何者かによって、事前の予約手配は全て取り消され、邪魔をされてしまう。著者同様、熱狂的なバイク・車好きの長瀬は、サイゴン・タンソンニャット空港で、熱狂的な車好きのタクシードライバーのビエンを見つけ、危険な人探しでのドライバー役として口説き落とし、次に、宿泊のフローティングホテルの地下の高級ディスコで、外国人専用ホテルのナイトクラブにたむろするフリーのコールガールから、メイを見つけ、危険な人探しでのガイド役として口説き落とし、サイゴン到着翌日からの4日間、長瀬、中西慎一郎、源内にビエン、メイの5名のチームが、4年前にホーチミンで行方不明となった中西慎一郎の父を探し回ることになる。サイゴンのチョロンを本拠とするチャイニーズマフィアの元締トニー・チャン率いる、麻薬仲介や外国人観光客向けカラオケクラブと売春宿の経営のキャッツクラブと、フリーの娼婦のためのサービスを提供する組織ユニオンが対立しあっているが、なぜか、長瀬たち一行は、その対立しあう二つのサイゴンの勢力から妨害を受ける。独自の人間観察眼と、疾走感溢れるストーリーテリングをその持ち味と、著者紹介にあるが、いろんなグループ勢力とのホーチミン市内各地で繰り広げられる展開の早い攻防シーンも、本書の読みどころ。
40歳を前にして、ジュエリーナカニシグループの将来の社長のイスを約束されていて、何もかも順調に見えていた中西慎一郎の父親が、4年前、ホーチミンに仕事の出張中に、どうして突然行方不明になったのか?一体、何が起こったのか、事件に巻き込まれたのでないにしても、なぜ日本に帰ってこようとしないのか、帰れない理由があるなら、なぜ日本の家族や会社に連絡の一本寄こそうとしないのか?などの謎については、本書の終盤で明らかになるが、4年間、ベトナムで行方不明だった中西慎一郎の父が明かす真相には、非常に共感するものがあり、著者がこの小説で伝えたかったテーマが、より明確になっている。ホーチミンで、危険な目に遭いながらも、中西慎一郎の父を探し続ける日本人3人、ベトナム人2名の5人のチームのメンバー間の人間関係も非常に魅力的で、「第1章 少年の街」では、中西慎一郎が、非常に大人びたところのある16歳の高校生で、最初は中々の存在感があるが、その後に登場する源内やビエン、メイたちも、語り手の長瀬同様、個性的で意外と情深く、それぞれの関わりや距離感が絶妙。本書タイトルの「午前三時のルースター」も、夜明けを告げる一番鶏(ルースター、Rooster)について、エピローグの一番最後の文章に、非常に効果的に述べられ、物語の余韻が続く。物語の最初の段階で、バイクや車好きの長瀬が、中西慎一郎の父の愛車のバイクを見て、そのバイクの好みを見て、会ったこともなく何も知らない中西慎一郎の父のイメージについて感じるシーンも、なにやら暗示的。
本書のストーリー展開時代については、特定の具体的な年代については明記はないものの、サイゴン陥落から20年とか、20年前にブンタオ沖で海底油田が発見という文章が見受けられるので、1995年と推定できる。サイゴン陥落は、1975年4月30日であり、また、近代的な油田としてベトナム最初のバクホー油田は、ホーチミン市の外港ブンタオの沖合に位置し、1975年1月に米国モービル社による油田が発見されるが、1975年4月のサイゴン陥落で米国利権が無くなり、その後、ソビエト連邦により開発が進み、1986年にベトナムとソビエト連邦(当時)の合弁企業のもとに生産を開始した海底油田。また、本書の物語で、長瀬・中西慎一郎・源内の日本人3人が最初にホーチミン市で宿泊し、またガイド役のメイを見つけたホテルとしてのフローティングホテルは、13世紀のベトナムの伝説的な武将・チャン・フンダオ(陳興道)像が建つロータリー近くのサイゴン川に係留されていた浮遊船高級ホテルで、1989年に最初のオーストラリアからホーチミンに移送され、特に1990年年代前半は人気を博したが、1997年4月には閉業しホーチミンを離れ、その後は北朝鮮に向かった浮遊船ホテル。なので、12月としては、1996年12月以前の年の話と推定できる。
ホーチミン市での中西慎一郎の父親捜しや、邪魔をしてくるホーチミン市の2つの現地グループ勢力との攻防のシーンは、ベンタイン市場やレックスホテルなど、ホーチミン市の中心地で主要観光スポットが集積するホーチミン市の第1区だけでなく、ホーチミン市のその他の市区も、登場人物たちが駆け回る。第1区では、怪しい骨董屋は、ベンタイン市場から西に徒歩10分ほどのファングーラオ地区で登場するが、他にも、旧市街で準中心地でもある第3区、1区の南隣の第4区、中華街チョロン自体には立ち寄らないが、チョロンのあるエリアで有名な第5区、更に5区から川向こうの第8区と、動き回るエリアやルートが少なくない。特に、観光名所がなく観光客は立ち寄らないローカルの郊外エリアの一部でもある第8区や第4区も、車同士の激しいカーチェイスは第8区の郊外、危なくて怖そうな金貸しの自動車修理工場は第4区に訪ねていく設定で登場。台湾人の医師の診療所は、第10区の裏通りにある設定だし、更に長瀬一行が、緊急避難的に隠れるローカルの人たちの宿泊ホテルは、ビンタイン区。ちなみに、長瀬が、午前三時に一番鶏の鳴き声を聞いたのは、このビンタイン区の田舎のホテルでの事。区と県から成るホーチミン市の数字の付いた区については、2020年12月に第2区と第9区がトゥードゥック区と一緒にトゥードゥック市を形成以降は、第1区から第12区までの12区から、第2区と第9区が無くなり、計10の数字の付いた区が残っている。物語はホーチミン市内で完結せず、ホーチミン市から車で2時間、船で90分で行ける南シナ海沿岸のビーチリゾート地でもあるブンタウ市でクライマックスを迎える。
物語の主舞台のベトナムとは関係ないが、「第1章 少年の街」で描かれる日本でのストーリー展開場所が、具体的な地名の記載がないこともあって、具体的にどのあたりかが気になってしまう。中西栄吉・玲子・慎一郎の住む中西家は、埼玉県の県庁所在地の県の文化センターの近くの高級住宅地にあるらしく、埼玉県浦和市の高級住宅地で有名なエリアかと推定。長瀬は、中西家と同じ市内と書いてあるので、同じ浦和市内。源内が長瀬のマンションを訪ねた時に、都内から小一時間かけて車で来たという文章あり。埼玉県県庁所在地は現在はさいたま市だが、2000年4月刊行の本書単行本発行後の2001年5月に、浦和市が無くなり、さいたま市が発足。長瀬の勤める旅行代理店の会社から長瀬の住むマンションから電車二駅の場所。気になったのは、中西栄吉の会社ジュエリーナカニシの所在地で、都心の衛星都市のひとつで人口35万で、JRと私鉄が交差する駅ビルがあるという記述があり、人口が多い埼玉県の市では、川口市、川越市、所沢市、越谷市、草加市などが挙げられるが、都心の衛星都市とか、JRと私鉄が交差するという条件から、越谷市ではないか?とも思うのだが、2000年頃の越谷市の人口は約30万人で、確信が持てない。また、物語終盤で、帰国後の成田空港から埼玉に下道で車で戻る途中に、中西慎一郎が父からもらった高級アンティーク時計を川に投げ捨てる名シーンがあるが、利根川支流の小貝川沿いの道を走っていた時で、この場所もはっきりできないことぐらいが、少しモヤモヤ気分。
目次
プロローグ
第1章 少年の街
第2章 父のサイゴン
エピローグ
ストーリーの主な展開時代
・1995年11月~12月 (*具体的な年代明記はないものの、サイゴン陥落20年ということから)
ストーリーの主な展開場所
・<日本>成田、埼玉、東京 ・<ベトナム>ホーチミン市、ブンタウ
ストーリーの主な登場人物
・長瀬(日鉄ツーリスト首都圏営業部の31歳社員)
・中西栄吉(ジュエリーナカニシの64歳の創業者社長)
・中西玲子(中西栄吉の一人娘で、中西慎一郎の母)
・ナカニシ・ジュン(中西栄吉の女婿で、ジュエリーナカニシの元専務。4年前にホーチミンで行方不明)
・中西慎一郎(中西栄吉の16歳の私立進学校の高校1年生の孫)
・サチ(中西邸の家政婦の老女)
・河田次郎(赤水会で暴力団関係)
・サクラ宝石会長(東京の中堅規模の卸商の創業者先代社長)
・サクラ宝石社長(創業者先代社長で現会長の40代半ばの一人息子)
・源内(長瀬の高校時代の同級生で、元NTB放送勤務)
・竹中(テレビ関東勤務)
・山本(スタジオ・トムスという制作会社のカメラマン)
・サクラ宝石2代目社長の娘(中西慎一郎と同じくらいの歳の少女)
・安藤(ジュエリーナカニシの20歳前後の女性社員)
・成田空港の駐車場の管理人オヤジ
・ビエンフー(サイゴンのタクシー運転手。サイゴン大学の機械工学専攻出身の車マニア)
・佐々木(サイゴン・トラベル・エージェンシーの現地事務職スタッフの若い女性)
・メイ(サイゴンのコールガール)
・ベンタン市場の屋台露天商の魚屋の男
・ベンタン中央市場の管理事務所の男
・ワンチャイ(ホーチミン・十区の裏通りの診療所の台湾人医者)
・カン(骨董屋の50前後の突き出た腹と胡麻塩の頭の小男)
・デン(片目に眼帯のはまった髭面の巨漢で、フリーの娼婦の為の組織ユニオンの表のボスで、南ベトナム軍時代の元軍人)
・ホーチミン市の10区の裏通りの自動車修理工場のオーナー(金貸しが本業)
・トニー・チャン(サイゴンのチャイニーズマフィアの元締で、麻薬仲介や外国人観光客向けカラオケクラブと売春宿の経営)
・トニー・チャンが経営するキャッツクラブで働くメイの女友だちでザライ族の娘(奥地の中部高原から売られ2年前に死亡)
・フリーの娼婦向けの組織ユニオンの会計係
・クリス(アメリカ兵とベトナム人女性とのハーフの30歳前後の女性)
・ユニオンの黒幕のボスで、そしてカンの商売を取り纏める本当のボス
・東京・青山の貴金属商イースト・マイスター店主