メコン圏対象の調査研究書 第7回「ランビアンの事蹟 ベトナム・中部少数民族の古伝承」(ラムトゥエンティーン 著、本多 守 訳)後編

メコン圏対象の調査研究書 第7回「ランビアンの事蹟 ベトナム・中部少数民族の古伝承」(ラムトゥエンティーン 著、本多 守 訳)後編


「ランビアンの事蹟 ベトナム・中部少数民族の古伝承」(ラムトゥエンティーン 著、本多 守 訳、てらいんく、2000年発行)後編

<著者略歴>
ラムトゥエンティーン(林泉浄)<ペンネーム>、ゴクオックティーン(呉国浄)<本名>
1935年4月7日生まれ。タインホア(清化)省タインホア市出身、ラムドン(林同)省在住。普通中学を卒業し、共産青年団執行班委員、同共産青年団団長。1953年からタインホア省の文芸工作団、タインホア省文化通信所文芸房副房長。その後、勤務しながら夜学で、博物館学、文芸文学を学ぶ。1967年から出征。終戦後の1976年、ラムドン省バオロク県文化通信房の副房長として赴任。その後、バオロク県が現バオロク、バオラム、カッティエン、ダーテー、ダーフオアイ県に分割され、そのうちのダーフオアイ県の放送支局長、文化通信房の房長に1978年就任。1982年、文芸出版・大衆文化房長、文化通信所刊行物編集班班長に就任して退職(1992年)までその地位にあった。現在ラムトゥエンティーン氏は越南民間文芸協会ラムドン省バオロク支部役員。ホーチミンテレビのマー族の音楽特集のブレーンを勤めたり、また新たに民話を収集中であるなど、いまだ多方面にて活躍中である。

<訳者略歴> 本多 守
1961年神奈川県生まれ、1985年國學院大学文学部史学科卒。「日本民話の会」「中国民話の会」会員。22000年よりヴェトナム中南部の少数民族の古伝承に表れる民俗についてホーチミンシティ人文社会科学大学と共同野外調査中。現在、東洋大学大学院社会学研究科社会学専攻博士前期過程。

前回紹介の通り、本書は避暑地で有名なダラットがあるベトナム中南部のラムドン省に住む少数民族の古伝承40話をまとめたものである。そのうち17話と最も多くの話を収めているマー族の伝承分を前回紹介したが、残りは、ラムドン省でベト(キン)族を除く少数民族で最も人口の多いコホー族の各支族(16話)と、チュルー族(4話)、ムノン族(3話)の民話となっている。

コホー族、ムノン族は、マー族同様、オーストロアジア語族(南亜語族)モン・クメール語族に属し、特に隣接して居住しあうマー族とコホー族は、初対面の者同士の会話も可能なほど、非常に多くの共通語彙を持つ。コホー族は主にラムドン省に居住し、一部がビントゥアン省、ドンナーイ省、ソンベー省の山間部に居住し、多くの地方支族に分かれている。本書ではコホー族のうち、最大支族のコホー・スレ支族、チル支族、ラーット支族、ノップ支族の伝承が掲載されている。

一方、チュルー族は、ベトナム中南部に住むエデ族、ラグライ族、チャム族、ジャーライ族と同様、オーストロネシア語族(南島語族)に属し、かつて中部沿海部で生活していたチャム族の子孫であるとの古伝を持っている。

これらの話の中にも、やはり強大で影響力のあったチャム族との長年の歴史的関係を反映したストーリーが盛り込まれている。『ノップの孤児とチャム王』(コホー族ノップ支族)では、ノップ支族の孤児と病気や山の魔物に悩むチャム族の王との話であり、『神牛』(コホー族スレ支族)では、チャム族が甕・鉦や布・塩などと少数民族が持つ牛や豚などとの交換を持ちかけにやってくる場面が登場する。

また、『賢い兎』『なぜ水牛は犂を引かねばならないか』『虎と亀』『人にだまされた虎』等に見られるように動物を人格化した寓話的意味をもつ話も多く虎は残忍で粗暴と扱われる一方、西原の各民族がいつも馴らし育て訓練し、生産活動に従事していた象は、素朴で正直な動物として重視されている。また「黄色の山羊男」「金色の魚の若者」「蛇の夫」「オランウータンの子」等と、動物などが話の途中で人間に変身するストーリーも多いのであるが、もとは人間で他のいろんな服や皮を着ていて、その変身の仕方は、着ていた「山羊の服」「魚の服」などを脱ぐというシンプルなものだ。それらの服を一時脱いで畑仕事などをしたりするのであるが、服を燃やされたり捨てられてしまうと戻れなくなってしまう。いろんな「かぶり物」を想像するとユーモラスな姿が浮かんでしまうが、動物だけではなく「瓢箪の若者」というのさえあるくらいだ。

ランビアンの名の由来ともなったとされるカー・ランとハ・ビアン夫婦の民話『ランビアン山、象山、ダー・ニム川の故事』(コホー族チル支族)は、旱魃のために天に雨を降らしてもらうよう訴えに行こうとする夫、夫を探しに出る妻の強い愛、2人に感動し憐れんだ象など、非常に短い話ながらなかなか感動的な話だ。この話以外にも労働・暮らし・戦いを反映した話がいろいろと紹介され、当地の人々の昔の生活や思考・行動をうかがい知ることができる。民話に頻繁に登場する生活道具や作物などに注意を払って各民話を読んでみるのもまたおもしろいのではなかろうか?私の場合、鉦や竹笛、酒甕、瓢箪、トウモロコシなどに加え、唐辛子の記述が非常に多いことが気になった。

また同書では、民話の内容理解を助けるだけでなく、各民族の習性などに関心を持たせてくれる訳者による注が豊富に用意されている。特に稲作儀礼、結婚、葬式と死後の世界などについての注は詳細だ。ダラットの観光地紹介以外、ほとんど知られていないベトナム中南部の山岳高原地域への理解と認識が、各少数民族の歴史や暮らしへの関心を通じて深まるきっかけを作ってくれる書籍といえよう。

訳者による注釈

ラムドン省(林同省)
面積:10,137平方キロメートル
人口:827,600人
省都:ダラット(人口129,400人)<1996年統計総局資料>

コホー族
全国に92,190人(1989年)。竹製の高床の長屋に住む
コホー・スレ支族
ラムドン省各県に居住しているがジーリン県が最も多い。コホー族の最大支族。主食は米。水稲耕作を行う。スレはコホー語で田の意味
コホー・ノップ支族
ジーリン県南部に居住。特にチャム族との交流を通して他のコホー族とは異なる文化的要素を持っている。主食は米。焼畑耕作
コホー・コゾン支族
ジーリン県東南部高地に居住。主食は米。焼畑耕作
コホー・チル支族
ダラットの北部、東北部に居住。またベトナム戦争時、ドンユオン県、ドゥクチョン県の戦略村に移住させられた。主食はトウモロコシ
コホー・ラーット支族
ダーラット市周辺の森林地区居住。ベト族との交流関係が深く、生活レベルも一番高い。主食は米、水稲耕作。ちなみに、ダーラーットは、「ラーット支族の水」の意

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