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- メコン圏現地作家による文学 第8回「最後のパトロール」前編(ゴー・バンコク 著(ワシット・デートクンチョン警察大将)、野中耕一 訳)
メコン圏現地作家による文学 第8回「最後のパトロール」前編(ゴー・バンコク 著(ワシット・デートクンチョン警察大将)、野中耕一 訳)
- 2003/5/10
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メコン圏現地作家による文学 第8回「最後のパトロール」前編(ゴー・バンコク 著(ワシット・デートクンチョン警察大将)、野中耕一 訳)
タイ国境警察隊{最後のパトロール」上・下(ゴー・バンコク 著(ワシット・デートクンチョン警察大将)、野中耕一 訳、1991年1月、燦々社 刊)
本書『最後のパトロール』は、タイの警察大将ワシット・デートクンチョン氏(Vasit Dejkunjorn)による小説「Law War Sud-tai」(ロー・ウォー・スッターイ)(上・下)の邦訳作品。ゴー・バンコクはワシット警察大将のペンネーム。原書は、タイの月刊誌「チャウ・クルン」での連載後、1979年に単行本として刊行され、翌1980年にはユネスコ最優秀賞を受賞している。63章及び終章から成り、訳書上下巻あわせ700頁以上におよぶ長編。
訳書副題にもある通り、本書はタイ国境警察隊を取り上げ、コミュニストと腐敗した警察組織内部の敵と戦うタイ国境警察の主人公ウィー・ブンテンの話。主人公のウィー・ブンテンは、警察士官学校を卒業後タイ中部のある県の警察署の小隊長(係長)のポストに最初に就き、タイ北部の警察署に配転になり、その後タイ警察局により国境警備警察隊が新たに創設されることになり、その創設準備に従事した後、タイ北部の国境警備警察中隊長に任命される。その後、昇進や配転を経て、警察大佐として任務に励むことになる。
この主人公のウィー・ブンテンが実に強烈で魅力的な男で、清潔で正義感が強く頼りがいのある男でもある。原著者が序文で書いているが、月刊誌に連載中、主人公のウィー・ブンテン大佐が実在する人物かどうか、ここに描かれた出来事が、実際にあったことかどうか、多くの読者から質問があったそうだ。著者のワシット警察大将自身、タイ警察の良心といわれ現役時代からタイ警察の内部の腐敗を公然と非難しながらも、警察局の副局長、さらに1990年8月には汚職内閣のイメージを一新するために、内務省副大臣に抜擢された人物で、そのうえ現役時代から執筆活動を行い人気作家でもあるという異色の経歴の持主だ。
本書のストーリー展開の時代は、1950年代前半、タイ国境警備警察隊創設の前夜から始まり1970年代後半までの約20数年に及ぶもの。主人公と著者自身の間には、生き方・姿勢が近いというだけでなく、時代や経験もほぼ近い。著者の警察での経歴自体が、1956年から公安警察に勤務し、1961年東北タイに転勤し、警察局の別の組織である国境警備警察と初めて協力して仕事をし、1968年には国境警備警察のナレスワン基地においてパラシュートの降下訓練を受け、その後国境警備警備警察司令部にも勤め、王室警察を拝命したこともあり、アメリカにも留学している。
本書下巻のあとがきでは、訳者が、その頃のタイの事情に詳しくない読者のために、当時の情勢について解説してくれ、その上、下巻巻末にはこの小説に関連する関係年表が訳者によって作成されている。本書ストーリー展開が始まる1950年代の前半は、戦後復帰したピブン首相の下、ベトナム、ラオスまで伸張してきた共産主義の勢力に対抗して、タイが米国に接近し、経済及び軍事援助を導入して国の安全保障を求めた時代。国境警備警察隊が創設され、警察の軍事力を高めたが、1957年のサリット元帥によるクーデターで、ピブン首相、パオ警察局長が亡命し、陸軍が完全に権力を掌握すると、国境警備警察はただちに武装解除され、組織は格下げされる。クーデターのいきさつや陸軍と警察・国境警備警察との関係は、上巻の第4章から第6章あたりに記されている。共産主義の脅威に対するアメリカとタイとの関係も、国や国際情勢レベルの話だけでなく、国境警備警察隊のアメリカ人軍事顧問との関係など前線の現場レベルの話も書かれている。
タイにおけるコミュニストの活動は、農村における拠点づくりから展開され(1961年2月、タイ共産党第3回全国大会で農村での拠点作りの政策決定)、その後武装闘争を開始し、次第に広がり激しさを加えていく事になり、この過程とそれに対する国境警備警察やタイ政府の対応などが、本書では生々しくリアルに詳しく描かれている。タイ東北のサコンナコン県出身の元代議士であり教師でもあった、クローン・チャンタウォンの秘密組織「サーマッキータム」の摘発と、1961年5月31日、暫定憲法第17条により直ちにクローン・チャンタウォンが公開処刑された実際の事件についても、本書の上巻第10章から第13章に取り上げられている。
国境警備警察隊と共産ゲリラとの激しい戦いが、本書で主に繰り広げられるが、その背景として共産主義活動の展開・浸透と国際情勢から、タイ国内の政治社会状況だけでなく、ベトナムや中国、ラオスなどのタイ周辺国との関係についても登場人物たちの発言によっていろんな見方や判断が述べられている。他にもいろんな登場人物の経歴の紹介から本書に書かれる、共産ゲリラやタイ民主青年同盟とタイ在住の中国人の子弟との関係とか、第2次大戦時のタイ軍のシャン進駐や、タイ軍の朝鮮戦争やベトナム戦争の参加など、本書の主テーマではないものの興味深いテーマが少なくない。
本書におけるストーリー展開場所は、主人公ウィー・ブンテンの任地の関係上、タイ北部やタイ東北部が主な場所となっている。が、共産活動は北部や東北部だけでなく、タイ南部も非常に活発で、本書下巻第50章でタイ南部にも主人公を登場させ、南部の共産ゲリラ活動の状況にも多少触れている。タイ警察降下部隊の発祥の地・ホアヒンは主人公の降下訓練の時に登場する。タイ北部では、元国民党の中国人やメオ(モン)族などの山岳民族やタイルーなどの少数民族、阿片の取引、北部タイとラオスとの国境地帯などについて、またタイ東北部では、東北タイとラオスの長い国境、ベトナムやラオスの政治状況のタイ東北部への浸透、ラオスとタイの住民やタイ人と東北タイ人(ラオ)の関係、タイ東北の旱魃・異常気象と農村の貧困とか東北タイの「開発」などの話が本書で取り上げられている。
著者略歴:
本名 ワシット・デートクンチョン警察大将(Vasit Dejkunjorn)
1929年 東北ウドン県生まれ
1952年 チュラロンコン大学政治学部卒
1954年 ニューヨーク大学修士
1956年 中央情報局に勤務、 のち警察局
1970年 王室警察を拝命
1974年 警察少将
1975年 国境警備警察司令部 次長
1987年 警察局副局長
1989年 警察大将
1990年 内務副大臣
(本書紹介文より。訳書発行当時)
訳者紹介:野中 耕一(のなか・こういち)
1934年生まれ。1961年、東京大学農学部農業経済学部卒、同年アジア経済研究所入所。1965年~67年、タイ国カセサート大学留学。1977年~79年、アジア経済研究所バンコク事務所代表。1979年~80年、JICA専門家、タイ国メイズ開発計画に参加。1983年、「農村開発顛末記」により第20回翻訳文化賞受賞.。1990年~92年、タイ国チュラロンコン大学客員研究員。1992年~96年、アジア経済研究所理事。1997年~99年、川崎医療福祉大学客員教授
ストーリー展開時代
1950年代前半~1970年代後半
《上巻での主人公の任務場所》
タイ北部
(①北部の国境警備警察中隊長時代:ギウ・グワーウ基地:ウィー警察大尉)
バンコク
(②国境警備警察司令部付き)(③陸軍参謀学校、少佐に昇進)(⑤国境担当地方警察司令部付き)
タイ東北部
(④⑦東北管区国境警備警察大隊長:プラヨート・ムアン基地:警察少佐)(⑧東北管区混成司令部付き)(⑨東北管区地方警察副司令官、国境警備担当:警察中佐)
タイ・ホアヒン
アメリカ
(⑥フォート・レーベンワースの陸軍参謀学校に留学)
作品の主な登場人物 《上巻での主な登場人物》
・ウィー・ブンテン
・マナット少尉
・ティプ(ギウ・グワーウ村の娘)
・ソンポン旦那(北タイの豪商)
・チョーケーウ(ソンポンの娘)
・パートゥー村の村長
・ホアイ・ルアン村のメオ族の村長
・ラウリーと妻(ホアイ・ルアン村のメオ族)
・革命団司令部の「調整役」警察大佐
・タノン少佐(首都警察)
・プラパットソン(陸軍将軍の娘)
・プラパットソンの父親
・トーマス・バーン (東北管区国境警備警察大隊のアメリカ軍事顧問)
・ナーイ・プロム・チャウォン(東北タイの元国会議員)
・ブンパー(プロムの妻で教師)
・プラディト特務曹長(プラヨート・ムアンクワーン基地)
・ナーイ・ラーイ・ビエンラック(ゴック・ムアン村のコミュニスト)
・ガムチョン大尉(地方警察署長)
・ダナイ大佐(東北管区地方警察副司令官)
・チャルーン大尉(プラヨート・ムアンクワーン基地の参謀部第二課長)
・スパープ大尉((プラヨート・ムアンクワーン基地の参謀部第三課長)
・バンヤット
・ナーイ・スビンと妻
・ナーイ・ドーン(スビンの甥)