メコン圏を舞台とする小説 第42回「バンコク楽宮ホテル」(谷 恒生 著)


単行本「バンコク楽宮ホテル」(谷 恒生 著、講談社、1981年11月発行)
文庫本「バンコク楽宮ホテル」(谷 恒生 著、徳間文庫(徳間書店)、1990年4月発行)

<著者紹介> 谷 恒生(たに・こうせい)
昭和20年(1945年)東京生れ。鳥羽商船高校卒業。一等航海士として世界の海を航海し、昭和52年(1977年)「喜望峰」でデビュー、海洋冒険小説の若き旗手として注目されている。作品には他に「マラッカ海峡」「ホーン岬」「悪霊を撃て」「北の怒涛」「黒いヴァイキング」「黄金の海」「錆びた波止場」「一人っきりの戦場」「飛騨一等航海士」「船に来てた女」がある。
<1981年 単行本発刊時、単行本著者紹介> *2003年逝去 (1945年~2003年)

一等航海士として世界の海を航海し、勤務のかたわら小説を書き始め、昭和50年(1975年)「小説現代」および「野生時代」の新人賞に、それぞれ「港の描写」「冬の前線」が第2次予選通過と佳作入選となり、ここで本格的に作家を志し、昭和52年(1977年)「喜望峰」と「マラッカ海峡」の一挙2冊同時刊行という華麗なデビューを飾り海洋冒険小説の若き旗手として注目されていた作家・谷恒生自身が、1980年に約2か月、タイなどアジアを長期旅行した経験が活かされ、それまでとは趣が異なる作品として1981年11月に単行本「バンコク楽宮ホテル」が刊行。本書はアジア安宿の旅ブームの中で長期安宿旅行者たちの間で長い間、バイブルともなり、また、本書の影響で、タイ・バンコクに実在した安宿「楽宮大旅社」も一躍有名になった。

本書で一躍有名になった「楽宮」は、かつて実在した安宿で、バンコク中央駅近くで、鉄道路線脇に延びるKrung Kasem Roadとジュライロータリーを貫く形のSantiphap Roadが交わる付近で、中国語では「楽宮大旅社」と書かれ、タイ語では、โรงแรมสันติภาพと表示され、タイ語からは”平和ホテル”と直訳できそうだが、この楽宮大旅社と並び、長期安宿旅行者のメッカともなった安宿がジュライホテルで、同じくSantiphap Roadのすぐ近くにあった。これら安宿は、バンコクのヤワラート(中華街)のはずれでもあるエリア。尚、2002年7月、「バンコク楽宮ホテル残照」(小学館)が刊行され、その翌年の2003年7月に著者の谷恒生氏は57歳で病没。

この喧騒と異臭、猥雑の入り混じるバンコク・チャイナタウンのはずれに建つ楽宮旅社は、本書のストーリー展開時代の1980年、そこはタイ全土からの娼婦だけでなくラオス難民の娼婦たちも流れ着き安宿に住み着いて、1バーツ10円程度という時代に、ショートで50バーツ、泊りが100バーツという相場で客を取っていたり、マリファナと酒と倦怠の時を求めて淀む日本人若者の1泊50バーツの定宿でもあった。

著者自身の分身かとも思える、雑誌に3,4編しか発表していない駆け出しの作家の加田が一人称で、バンコクの楽宮旅社に長期滞在しながら物語が語られていくが、関わりを持つ楽宮ホテルに巣くっている日本人貧乏旅行者たちが、世界中を放浪してバンコクに流れ着く者も多く、なかなか怪しくクセが強すぎる人物たちだ。世界中を放浪しナイロビで野犬に咬まれたことがある博打打ちの狂犬病氏、半年ほど楽宮旅社に逗留している一発屋のフリーライターのフグやん博奕打ちの狂犬病氏、フリーライターのフグやん、旅行代理店現地ガイドの成島くん、ボランティア志願・鼻くん、ドラッグ中毒・九車など。世界放浪の話から、娼婦や置屋の話、性病や麻薬などの話も当然尽きない。「ぼくがインドシナやマレー半島を好きなわけは、人間が生きることに忠実だからさ」とも語るフリーライターのフグやんが一番よく本書で登場。

旅行代理店現地ガイドの成島くんは、バンコクには他人の懐を狙う連中が横行しているからと言いながら、自分がスクンビットsoi1にあるゴールデンパレスに宿泊させたツアー客14人に毎晩1500バーツで女をあてがいながら、その女性たちはバンコクのニューペッブリの置屋から一晩200バーツで借りてきた娼婦たちで、その200バーツの内訳は置屋に100バーツ、娼婦に100バーツの配分で、若いピチピチした娘抱きたさの一心でバンコクに来る日本のヒヒジジイたちをたらしこみ、置屋の足元をみて目いっぱい値切って大きな利ざやを稼いだりしているが、「確かにぼくはダニですよ。いたいけな娼婦の生き血を吸い、農協のハゲから金をむしりとってぬくぬくと生活しています」と言い切る。

”バンコクには娼婦がはんらんしている、パッポンのクラブに常勤するホステス、アマリンホテルやグレースホテルのティールームにたむろしているフリーのパンパン、そこかしこにあるトルコ風呂、モーテルや置屋の娼婦、ヤワラーの茶室・・・。形式は様々だがみんな春をひさぐ娼婦だ。バンコクだけでもおそらく30万人の女が、肉体を切り売りして暮らしているだろう。値段は最高で3万円、下級の娼婦なら4百円で身体を開く。” とも本書で紹介され、いろんな娼婦が登場する。かつて賑わい今は根絶したヤワラート(中華街)の冷気茶室の様子や取り巻く状況もなかなか詳細で生々しい。また南タイのハジャイの娼婦置屋についても華僑が女の股で食う町を作ったものだとか、町のいたるところに娼婦置屋があり4,50軒はくだらないとか、シンガポールやマレーシアの華僑も押しかけると、ハジャイを紹介する。

著者自身の分身かとも思える、駆け出しの作家の加田のバンコクでの安宿滞在のきっかけとか、滞在を始めての感想や気持ちの変化などの文章も印象に残るものが少なくない。”別段、汚濁にまみれなければ癒えないほどの過去があったわけではなく、単に、日本での生活に厭気がさしただけで、日本の東京の、それもごく一部の、一握りの人間関係に疲れ、なにもかも放り投げたつもりになってタイへきた。ドンムアン空港(スワンナプーム国際空港は2006年開港で1980年当時はドンムアン空港のみ)にこもる椰子油のような空気に触れ、街によどむ貧困のにおいを嗅ぎ、結核病みの少女を組み敷いて、初めて自分の贅沢さが身にしみた。” そして、”一泊50バーツ。のんべんだらちと日を送っているうちに、いつしか精神が弛緩し、反射神経が鈍り、何事にも怠惰になってしまった” 

”楽宮旅社に荷物を運びこんだ当社は、蜘蛛の巣みたいに錯綜するごみごみした路地に澱むモツを煮込んだような脂っこい臭いに内臓をかきまわされ、2,3日、食事も喉に通らなかった。チャオプラヤ川の掘割には犬猫の死骸やブリキの便器が波にもまれ、メタンガスが青みどろの川面からぶすぶす沸きだし、川岸にヘロイン中毒の瘦せこけた浮浪者が黄色い眼をして転がっている。良くも悪くも日本という平和な国で生活してきた軟弱な私には、どぶ泥のようなヤワラーの木賃宿に寝泊まりするだけでもかなりな勇気がいった。だが、2週間もするとどうにか免疫ができ、きたならしい屋台に首を突っこんで、縁の欠けたどんぶりに盛った熱い湯麺をかきこめるようになった。人間は考えているより強靭だとつくづく思う。馴れてしまえば、一人で女の肉の切り売り宿にでかけていき、注射針の跡だらけの娼婦の肉をむさぼることも平気になる。欲望とはどのような環境の中にあっても衰えないらしい。”とも。

ただ、娼婦や麻薬や性病などの話だけでなく、”バンコクの木賃宿で暮らしていると、インドシナに吹いている熱い嵐を肌で感じる。”とも語り、1980年というインドシナとタイの時代環境もあるが、カンボジア政情とアランヤプラテート北にあるサケオやカオイダンのカンボジア難民キャンプ、ラオス政情とノンカイのラオス難民キャンプ、ベトナム政情とベトナムのボートピープルやタイ南部のソンクラのベトナム難民収容所のことがよく語られる。

特徴的なのは、一般に報道されている難民キャンプの実態に重大な疑問を提示していて、日本で派手に報道されてから、一部の連中のえせヒューマニズムや功名心に対し醒めた眼差しをむけているし、難民キャンプを訪れる世界各国からの国際ボランティアの一部の実態に対しても冷ややかだ。1979年1月、ベトナム軍の侵攻によってカンボジアに親ベトナム政権のヘン=サムリン政権が樹立したカンボジア人民共和国成立後も、タイ国境地帯で抵抗を続けるポルポト派の残党やソン・サン派、クメール・セライなど内戦が続く1980年のカンボジア情勢についての記述も少なくない。更に特記すべきは、長らくカンボジア、ベトナムの取材を1972年から現地で続けた報道写真家の馬淵直城 氏(1944~2011)をモデルとした亀岡という報道カメラマンが登場したり、他にもインドシナ関連で活躍した実在の著名人をモデルとした人物が数名登場している。

目次
第1章 バンコクの旅人たち
第2章 ボランティア志願
第3章 マレー半島
第4章 麻薬と性病と
第5章 旅のテクニック
第6章 アランヤプラテートへ
第7章 難民キャンプ
第8章 最後の酒宴
第9章 旅の終り

関連テーマ・ワード情報
・バンコクの安宿
・バンコクのヤワラートの冷気茶室
・1970年代のタイにおける反日運動と1974年1月田中角栄首相バンコク訪問時の反日デモ
・ソンクラのベトナム難民収容所とベトナムのボートピープル
・サケオやカオイダンのカンボジア難民キャンプ
・難民キャンプと国際ボランティア
・タイの1980年政権交代(クリアンサック首相からプレム首相誕生)

ストーリーの主な展開時代
・1980年
ストーリーの主な展開場所
・バンコク、ハジャイ、ソンクラ、アランヤプラテート、タイ・カンボジア国境、プーケット

ストーリーの主な登場人物
・加田(駆け出しの作家)
・狂犬病氏(3年間世界を放浪中)
・フグやん(楽宮旅社に長期逗留している一発屋のフリーライター)
・成島くん(旅行代理店現地ガイド)
・鼻くん(関西でミニコミ誌を発行しているカンボジア難民ボランティア志願)
・蝶ちょう(京都の蝶類研究所に所属)
・九車昭(父親が日本屈指の商社で重役のドラッグ中毒の若者)
・新宮領忠麿(名古屋の大学3年生)
・ボクサー(ミドル級で8回戦までいった男)
・豚まん(楽宮旅社利用者)
・菊山はん(ルポライター)
・ガンジー(インドのゴアからきた日本人の好色坊主)
・カクエイ(大学の空手部副将で楽宮旅社の利用者)
・蟹さん(カイバル峠から命からがら逃げかえったばかりの42歳の的屋)
・メオ(楽宮旅社に住み着いている娼婦。ラオス難民)
・ウィンユー(楽宮旅社に住み着いている娼婦。ラオス難民)
・トワムアイ(チェンマイ出身の娼婦)
・レック(楽宮旅社の娼婦で、バッポンの踊り子に転身)
・ハジャイの置屋の娼婦の少女
・パンニー(九車昭が入れ込んだハジャイの娼婦)
・ヤワラートの茶室「女子冷気茶室」のチェンライ出身の娼婦
・イェット(以前、楽宮旅社に住み着いていた元娼婦)
・ユン(バンコクのカラオケクラブ「赤いグラス」のラオスとベトナムの混血ホステス)
・猿岡多美子女史(カンボジア難民収容所へ入った日本人ボランティア第1号の評論家)
・縦溝(毎朝新聞のバンコク特派員)
・笠井洸生(フォト・ジャーナリスト。ピュリッツアー賞受賞の酒井淑夫氏と思われる)
・東京経済新聞の近野特派員(サンケイ新聞バンコク特派員の近藤紘一氏と思われる)
・パヨーム(チュラロンコン大学経済学専攻のタイ人女学生)
・滝山先生(バンコク中央駅裏で貧乏旅行者の性病治療の医者)
・ビート(国際ボランティアをしていたアメリカ人)
・亀岡(報道写真家、馬淵直城氏と思われる)
・プーケットビーチのレストランのタイ人男性マネージャー

関連記事

おすすめ記事

  1. メコン圏対象の調査研究書 第26回「クメールの彫像」(J・ボワルエ著、石澤良昭・中島節子 訳)

    メコン圏対象の調査研究書 第26回「クメールの彫像」(J・ボワルエ著、石澤良昭・中島節子 訳) …
  2. メコン圏が登場するコミック 第17回「リトル・ロータス」(著者: 西浦キオ)

    メコン圏が登場するコミック 第17回「リトル・ロータス」(著者:西浦キオ) 「リトル・ロー…
  3. メコン圏を舞台とする小説 第41回「インドラネット」(桐野夏生 著)

    メコン圏を舞台とする小説 第41回「インドラネット」(桐野夏生 著) 「インドラネット」(桐野…
  4. メコン圏の写真集・旅紀行・エッセイ 第19回「貴州旅情」中国貴州少数民族を訪ねて(宮城の団十郎 著)

    メコン圏の写真集・旅紀行・エッセイ 第19回「貴州旅情」中国貴州少数民族を訪ねて(宮城の団十郎 著)…
  5. 調査探求記「ひょうたん笛の”古調”を追い求めて」①(伊藤悟)

    「ひょうたん笛の”古調”を追い求めて」①(伊藤悟)第1章 雲南を離れてどれくらいたったか。…
  6. メコン圏を描く海外翻訳小説 第15回「アップ・カントリー 兵士の帰還」(上・下)(ネルソン・デミル 著、白石 朗 訳)

    メコン圏を描く海外翻訳小説 第15回「アップ・カントリー 兵士の帰還」(ネルソン・デミル 著、白石 …
  7. メコン圏現地作家による文学 第11回「メナムの残照」(トムヤンティ 著、西野 順治郎 訳)

    メコン圏現地作家による文学 第11回「メナムの残照」(トムヤンティ 著、西野 順治郎 訳) 「…
  8. 雲南省・西双版納 タイ・ルー族のナーガ(龍)の”色と形” ①(岡崎信雄さん)

    論考:雲南省・西双版納 タイ・ルー族のナーガ(龍)の”色と形” ①(岡崎信雄さん) 中国雲南省西双…
  9. メコン圏に関する中国語書籍 第4回「腾冲史话」(谢 本书 著,云南人民出版社)

    メコン圏に関する中国語書籍 第4回「腾冲史话」(谢 本书 著,云南人民出版社 ) 云南名城史话…
  10. メコン圏題材のノンフィクション・ルポルタージュ 第24回 「激動の河・メコン」(NHK取材班 著)

    メコン圏題材のノンフィクション・ルポルタージュ 第24回 「激動の河・メコン」(NHK取材班 著) …
ページ上部へ戻る