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メコン圏の写真集・旅紀行・エッセイ 第33回「ラオスにいったい何があるというんですか? 紀行文集」(村上 春樹 著)
- 2025/7/20
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- アマンタカ( AMANTAKA), プーシーの丘, ルアンプラバーン, 村上春樹
メコン圏の写真集・旅紀行・エッセイ 第33回「ラオスにいったい何があるというんですか? 紀行文集」(村上 春樹 著)
「ラオスにいったい何があるというんですか? 紀行文集」(村上 春樹 著、文春文庫<文藝春秋>、2018年4月発行)
<著者紹介>
村上 春樹(むらかみ・ はるき)<発行掲載時、本書文庫本著者紹介より>
1949年、京都生まれ。早稲田大学文学部演劇科卒業。1979年『風の歌を聴け』で群像新人文学賞を受賞、1982年『羊をめぐる冒険』で野間文芸新人賞、1985年『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』で谷崎潤一郎賞、1996年『ねじまき鳥クロニクル』で読売文学賞、1999年『約束された場所で under ground 2』で桑原武夫学芸賞を受ける。2006年、フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、2007年、朝日賞、坪内逍遥大賞、2009年、エルサレム賞、『1Q84』で毎日出版文化賞を受賞。ほかに『ノルウェイの森』、『海辺のカフカ』、『神の子どもたちはみな踊る』、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』、『騎士団長殺し』、また『翻訳夜話』(柴田元幸との共著)、『レイモンド・カーヴァー全集』、『フラニーとズーイ』(J.D.サリンジャー)、『ロング・グッドバイ』(レイモンド・チャンドラー)など多くの著作、翻訳がある。
現代の日本人作家の中で世界中に広く知られ世界中の多くの読者を惹き付けている作家の村上春樹 氏は、海外生活も長く、また大の旅好きとしても知られ、小説とは違った紀行文を数多く発表してきているが、2015年11月に単行本として刊行された本書(文庫本は2018年4月刊行)は、著者が訪れた世界のいろんな場所について、1995年以降、いくつかの雑誌に書いてきた紀行文を一つにまとめた紀行文集。全10篇から成り、主としてアメリカ各地やヨーロッパ各地が取り上げられている。アメリカについては、1990年代前半は渡米しアメリカに滞在しているし、本書では、生活していたボストン以外に、アメリカ東西の両海岸にある同名の都市ポートランド、それにニューヨークのジャズ・クラブの話。一方、ヨーロッパについては、1980年代後半に住んでいたギリシャの島々やイタリアの話に加え、アイスランド、フィンランドを訪問した話だが、どの話も、通常の一般的な観光地の紀行文ではありえず、訪れる場所も関心の持ち方も非常に著者らしいと妙に納得できるが、全10篇のうち、唯一、アジアからはラオスのルアンパバーンが取り上げられ、しかも滞在は超一流のデラックスホテルで訪問地は、ルアンパバーンのある意味、著名な観光地ばかりで、この点は不思議な違和感は感じるところ。
加えて、本書のタイトルが、全10編の内、違和感を感じるラオス編から採られ、「ラオスにいったい何があるというんですか?」という、なかなか挑発的でインパクトが強いタイトルが付されている点も、他の殆どの内容からすると不思議。このタイトルについては文中にも、経緯が述べられているが、本書あとがきでの説明では、著者が「これからラオスに行く」と言った時に、中継地のハノイで、あるヴェトナム人から著者に向かって発せられた質問とのこととして、以下のように述べている。”ヴェトナムにない、いったい何がラオスにあるというんですかと。そう訊かれて、僕も一瞬返答に窮しました。言われてみれば、ラオスにいったい何があるというのだろう?でも実際に行ってみると、ラオスにはラオスにしかないものがあります。当たり前のことですね。旅行とはそういうものです。そこに何があるか前もってわかっていたら、誰もわざわざ手間暇かけて旅行になんて出ません。何度か行ったことのある場所だって、行くたびに「へえ、こんなものがあったんだ!」という驚きが必ずあります。それが旅行というものです。度っていいものです。疲れることも、がっかりすることもあるけれど、そこには必ず”何か”があります。さあ、あなたも腰を上げてどこかに出かけて下さい。”
本書の10篇の中の1編となるルアンプラバン(ラオス)編は、初出は、2014年10月号のAGORAで、 「大いなるメコン川の畔で」というタイトル。本文でも、著者が正直に述べている通り、”あらためて考えてみると、ラオスという国について自分がほとんど何も知らないことに気づく。これまでとくにラオスに興味を持ったこともなかった。それが地図のどのあたりに位置するのか、それさえろくに知らなかった。”という具合で、アメリカ各地やヨーロッパ各地の紀行文とは、ベースとなる関心や知識などが格段に違う事はすぐに伺えるものの、それでも、著者らしい感じ方や文章の表現には、驚くし、ユーモアに富んだ文章も多く、微笑ましい。まず、いきなり、ルアンプラバンについては、”僕が目指すルアンプラバンは、メコン川沿いにある、かなりこぢんまりとした街だ。街そのものより、街外れにある飛行場の方がたぶん大きいだろう。玄関がやたら大きくて立派で、部屋数が少ない家に似ている。居間を通り抜けて、その奥のドアを開けたらもう裏庭だった、みたいな。”という書き出し。
「仏都」のルアンプラバンとなれば、大小さまざまな寺院や托鉢と僧侶の話題は、欠かせないが、本書でも、托鉢については、比較的長い文章で著者ならではの感想が綴られ、こちらも非常に面白いが、著者の関心は、僧侶がさす傘に向けられている点もユニーク。”僧侶の多くは強い日差しを避けるために傘をさしているのだが、傘は残念ながらごく普通の黒いくもり雨傘であることが多い。僕は思うのだけど、誰かが ー たとえばどこからのNPOなり海外援助部門なりが ー 僧衣に合わせてオレンジ色の素敵な傘を、あるいは帯に合わせて黄色の傘を、彼らのために作ってあげるべきではないのだろうか。そうすれば色彩の統一感がいっそう際立ち、ルアンプラバンの風景は今にも増して印象的なものになるに違いない。そして僧侶としての彼らのアイデンティティーも、より揺らぎないものになるのではないか。ヤクルト・スワローズの熱心なファンが、緑色の傘を携えて勇んで神宮球場に行くみたいに。”と、著者も認めているように、どうでもいいようなことだが、いったん考え始めると、ルアンプラバンにいつあいだずっと、傘の色のことが頭から離れなかったそうだ。
著者は、ルアンプラバンの、旧王宮近くにある船乗り場から、ロングテール・ボートと呼ばれる小さなリバーボートに乗って、街から25kmほど上流まで遡り、その途中小さな村落を訪ねたり、無数の仏像の並ぶ不思議な洞窟を見学したり、岸辺にある刑務所(監視塔が不吉に建ち並んでいる)や、煙草工場や、王様のかつての夏別荘の前を通り過ぎたりしているが、そのことについてではなく、川船でのメコン川の移動で、メコン川そのものについての感想を、いろんな表現で残している。“メコン川の持つ深く神秘的な、そして薄暗く寡黙なただずまい”とか、”メコン川は、まるで一つの巨大な集合的無意識みたいに、土地をえぐり、ところどころで仲間を増やしながら、大地を太く貫いている。そして深い濁りの中に自らを隠している。””川を巡る風景には、豊かな自然の恵みの感触と共に、大地への畏れがもたらす緊張が同居している。””メコン川は、その畔に居住する人々のライフ・スタイルに、ぴたりと隙間なく結びついているように見える。その長大な川がそのまま彼らのライフラインになっている。”といった具合。いずれにせよ、ラオスにおけるメコン川の存在や、メコン川とラオスの人々との暮らしとの関係は、現代の大半の日本人が持つ川についての考えを大きく揺さぶるに違いない。
ルアンプラバンでは宿については、”今回は仕事の関係で、申し訳ないのだが(と謝るほどのこtもないのだろうが)、「アマンタカ」というとびっきり豪華なリゾート・ホテルに泊まらせてもらった。”と、ことわりながら、もともとは20世紀の初めに、フランス人の作った病院施設だったということだが、美しく静かで、どこまでも清潔で品が良く、広大な緑の中庭があり、まるで別天地のようなところだと紹介している。この村上春樹 氏がラオスのルアンプラバンで宿泊したホテルが、2010年に、世界的な高級リゾートホテルチェーンの「アマンリゾート」がルアンプラバーンでオープンした「平和なるブッダの教え」を意味する「アマンタカ( AMANTAKA)」の名のホテル。 ラオスの食事や寺院、仏像、音楽、ラオスの人などについても言及しているが、ルアンプラバンについては、”ルアンプラバンの街であなたがするべきことは、まず寺院を巡ることだろう。”といい、また、”ルアンプラバンの街の特徴のひとつは、そこにとにかく物語が満ちていることで、そのほとんどは宗教的な物語だ。”と書いている。
村上春樹 氏の他の単行本「辺境・近境」(村上春樹 著、新潮社、1998年4月発行)にも、いろんなところに書いてきた旅行紀行文が収められているが、この本の中には、「波」1990年9月号初出の「辺境を旅する」という文章も収められている。”今の時代に旅行をして、それについて文章を書く。ましてや一冊の本を書くというのは、考えだすといろいろとむずかしいことですよね。本当にむずかしい。だって今では海外旅行に行くというのはそんなに特別な事ではありません。小田実が『何でもみてやろう』を書いた時代とは違うんです。”と書き始めているが、この文章が書かれた1990年の時点に比べても、更に、今ではインターネットにより、世界中のありとあらゆる情報にアクセスできる時代になり、そうした状況はより一層進んでいるが、そういう時代においても、「辺境を旅する」ということの意味について、なるほどと思える文章で結んでいる。”いちばん大事なのは、このように辺境の消滅した時代にあっても、自分という人間の中にはいまだに辺境を作り出せる場所があるんだと信じることだと思います。そしてそういう思いを追確認することが、即ち旅ですよね。そういう見極めみたいなものがなかったら、たとえ地の果てまで行っても辺境はたぶん見つからないでしょう。そういう時代だから」と。
目次
チャールズ河畔の小径 ボストン1
(初出:太陽1995年11月号臨時増刊 CLASS X 第2号「チャールズ河畔における私の密やかなランニング生活」)
緑の苔と温泉のあるところ アイスランド
(初出:TITLE 2004年2月号 東京するめクラブ 特別編「アイスランド独りするめ旅行。」)
おいしいものが食べたい オレゴン州ポートランド、メイン州ポートランド
(初出:AGORA 2008年3月号・4月号「二つのポートランド」(前編・後編))
懐かしいふたつの島で ミコノス島、スペッツェス島
(初出:AGORA 2011年4月号「ギリシャのふたつの島」)
もしタイムマシーンがあったなら ニューヨークのジャズ・クラブ
(初出:AGORA 2009年11月号「Live Jazz in New York」
シベリウスとカウリスマキを訪ねて フィンランド
(初出:AGORA 2013年7月号「フィンランディア讃歌」)
大いなるメコン川の畔で ルアンプラバン(ラオス)
(初出:AGORA 2014年10月号「大いなるメコン川の畔で」)
野球と鯨とドーナッツ ボストン2
(初出:AGORA 2012年4月号「ボストン的な心のあり方」)
白い道と赤いワイン トスカナ(イタリア)
(初出:AGORA 2015年6月号「トスカーナ・白い道と赤いワイン」)
漱石からくまモンまで 熊本県(日本)
(初出:CREA 2015年9月号「熊本旅行記」)
「東京するめクラブ」より、熊本再訪のご報告 熊本県(日本)2
あとがき
初出