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メコン圏対象の調査研究書 第14回「雲南フィールドノート」(吉野正敏 編)
- 2002/3/10
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メコン圏対象の調査研究書 第14回「雲南フィールドノート」(吉野正敏 編)
「雲南フィールドノート」(吉野正敏 編、古今書院、1993年9月発行)
<執筆者紹介>(本書紹介文より。1993年発刊当時)
市川 健夫(いちかわ・たけお)
1927年生まれ。人文地理学専攻。東京高等師範学校地理学科卒業。現在は信州短期大学学長。東京学芸大学名誉教授。理学博士。主な著書は『ブナ帯と日本人』、『風土の中の衣食住』、『日本の四季と暮らし』など多数。
野元 世紀 (のもと・せいき)
1950年生まれ。気候学専攻。筑波大学大学院博士課程地球科学研究科修了。現在は岐阜大学助教授。理学博士。主な著書は、『気候変動の周期性と地域性』。
永塚 鎮男(ながつか・しずお)
1935年生まれ。土壌学専攻。東京大学農学部農芸化学科卒業。現在は筑波大学教授。農学博士。主な著書は『世界土壌生態図鑑』(訳)、『土壌生成分類学』、『世界の土壌』(訳)など。
杜 明遠(Du Ming-Yuan)
1959年生まれ。気候学専攻。筑波大学大学院博士課程地球科学研究科修了。現在は熱帯農業研究センターSTAフェロー。理学博士。
白坂 蕃(しらさか・しげる)
1943年生まれ。観光・農村地理学専攻。東京学芸大学大学院修士課程(地理学)修了。現在は東京学芸大学教授。理学博士。主な著書は『現代日本の都市化』、『スキーと山地集落』、『日本の風土と文化』など。
中条 廣義(ちゅうじょう・ひろよし)
1950年生まれ。植物生態学専攻。広島大学院理学研究科博士課程修了。現在は中部大学教授。理学博士。
上野 健一(うえの・けんいち)
1963年生まれ。気候学専攻。筑波大学大学院博士課程地球科学研究科修了。現在は筑波大学地球科学系技官。理学博士。
牧田 肇 まきた・はじめ)
1941年生まれ。植物地理学・環境科学専攻。東北大学大学院博士課程修了。現在は弘前大学教授。理学博士。
漆原 和子(うるしばら・かずこ)
1943年生まれ。土壌地理学専攻。法政大学大学院博士課程修了。現在は駒沢大学教授。理学博士。主な著書は『自然環境の生い立ち』、『世界の土壌』(訳)など。
<編者>
吉野 正敏(よしの・まさとし)
1928年生まれ。気候学、自然地理学、農業気象学専攻。東京文理大学地学科卒業。現在は愛知大学教授。筑波大学名誉教授、理学博士。主な著書は『新版小気候』、『気候学』、『風の世界』、『風の博物誌』など多数。
気候学、農業気象学、土壌学、土壌地理学、植物生態学、植物地理学・環境学、農村地理学、自然地理学、人文地理学といった日本の研究者の方々が、1980年代後半に雲南をフィールドとして海外学術共同研究を行った際、科学的な論文には書けなかった「研究の間に見たこと、感じたこと」、そして「この地域の民俗・文化・農村・社会など」を書き記しまとめあげたものが、本書。本書はいろんな点でユニークな本と思われる。いろんな学問の研究者の方の視点や感じ方は新鮮で、一般の方が普段余りなじみがないと思われる専攻学問そのものにも、科学的な論文形式ではないということで興味を持ちやすくなっている。なにより雲南、特に西双版納が、それぞれの専門分野からの切り口で紹介されており、関心、好奇心が拡がっていく。
1986年に、文部省の科学研究費補助金「海外研究」の援助で、この雲南共同研究の第1回が始まったとのことだが、この共同研究にとりかかるきっかけについて、編者の吉野正敏教授があとがきに記している。局地風とそれにかかわる農業、地生態、植生・土地利用、水利用などの総合的研究を行ってこられた吉野正敏氏のもとに、かねて親しかった北京にある中国科学院の地理研究所の江愛良教授が、海南島や雲南省の南部で抱える問題について、次のような話を持ち込んだ。 ”中国はいま熱帯作物の栽培面積を拡大しようと努力している。しかし、中国の熱帯は、世界的にみれば熱帯の北限に近いので、熱帯作物が寒波によくやられる。寒波の被害は小地形や微地形に左右され、いわゆる小気候の問題である。これはお前の専門の分野である。いっしょに共同研究をやらないか”というもの。
1970年代末、中尾佐助氏の照葉樹林文化説が一世を風びし、雲南と日本の文化のつながりの深さが広く関心を持たれ、雲南に関わる専門的な論文・図書が刊行され始めたこともあって、本書でも各研究者が、照葉樹林文化に触れ、また本書の最初の文章として、市川健夫氏による『照葉樹林文化再考』が掲載されている。
本書の目次をみていただければ非常に興味深いテーマばかりが並んでいるが、なかでも土壌、気候と霧、植物などについての紹介は目新しい。確かに照葉樹林文化に関する著書には、茶の加工と飲用慣行の発明、絹と漆の製造、モチ種の穀類の創出、ミソやナットウのような豆類の発酵食品の存在、コンニャクやナレズシをつくること、ジャポニカ型のコメの卓越、麹を使う酒の醸造、柑橘とシソ類の栽培と利用、さらには歌垣の風習といった多くの文化要素の共通点が興味深く綴られてきているが、照葉樹林焼畑農耕文化を支えてきた土壌については、あまり触れられていない。
雲南の土といえばラテライト性赤色土と思い浮かべる方も多いだろうが(雲南南部の高地の照葉樹林気候帯にはラテライト性赤色土が広く分布)、西南日本の暖帯照葉樹林気候帯の土壌(過去の地質時代の成帯性土壌型としての赤色土と現在の成帯性土壌型である黄褐色森林土が共存)と、雲南の土壌の違いは何か? 西南日本とそっくりな土壌が雲南にはないのか? 哀牢山脈以北の雲南省北部に分布する赤色土(紅壌)、哀牢山脈南側の雲南省南部で西双版納の州都・景洪までに分布しているラテライト性赤色土(赤紅壌)と、景洪以南に分布するラトソル(磚紅壌)といった形態的によく似ている赤色の土壌の違いなどについて説明されている。土壌というのは、単なる岩石の風化生成物ではなく、気候、生物、地形、母材、時間といった土壌生成因子の相互作用によって地表に生成される歴史的自然体であるとされているらしいが、土壌がその上に生存している人類の生活にどう影響を及ぼし、また焼畑をはじめ人類の活動が土壌にどう影響を及ぼしているかという研究は、強く関心をそそられる。
乾季に霧が多発し「霧州」の別名を持つ西双版納の局地気候観測の大変な様子も紹介されているが、小気候、局地気候現象と農業・経済作物や植生などへの影響分析も興味深い。景洪周辺では霧の出現日数も減少しているらしいが、都市化・開発進行の影響と小気候の関係も今後ますます気になるところだ。
尚、本書タイトルは『雲南・・・』とあるが、下記の目次を見ていただければわかるとおり、雲南最南端の西双版納に関する話が中心で、この共同研究グループの拠点(宿泊所)も、西双版納族自治州熱帯作物研究所の招待所だ。ここは景洪市内の西方の景洪西路にあり、周恩来総理記念碑も園内にある熱帯植物園があるところで、景洪の代表的な観光スポットの一つ。この招待所での生活や景洪市内の様子なども、各研究者の文章だけでなく、第4章にまとめられた「雲南日記」(1986年~1989年)に登場する。この「雲南日記」は単なる雲南の記述や行動の記録ではなく、海外学術共同研究がどう展
開していったかが、研究工作隊員一人一人の立場からも著されているもので、海外学術共同研究の現場での様子が生々しく描かれている。なお、この熱帯植物園では、本書でも記載されている同研究所で栽培したコーヒーやこしょうなども現在(2002年2月)では園内売店で販売している。本書では西双版納の代表的な作物のゴムと茶の栽培についても詳細にその歴史や現状について言及されている。
この熱帯作物研究所の招待所からも近い景洪農貿市場については、そこで売られているテラピアのナレズシや紫、あか(赤、紅)、黄などの強飯などの食材・食べ物の紹介とともに、店舗数とか販売状況など詳細な調査データも付け、市場の管理体制なども含め細かく紹介されている。(本書で取り上げられている農貿市場は、いくつかの小さな市場を集め1985年4月12日にオープンしたもので、景洪北路と嘎蘭中路に挟まれた庄洪路沿い一帯にあったが、現在この通りは民族工芸品市場に変わっている)
西双版納の民族では、水、旱の族については当然詳細に紹介されており、良く着飾った優美な姿の族の若い娘たちのことも書かれているが、他には、養から21kmの基諾族(ジノー族)の部落で、研究団が出会った基諾族の若い娘さんとの出会いとその後の交流の話はなかなか微笑ましい。
本書の目次
Ⅰ 雲南文化をささえるもの
1 照葉樹林文化再考・・・・・・・・・・・・・市川健夫
一 照葉樹林文化の雲南起源説
二 典型的な雲南の照葉樹林文化
三 焼畑耕作文化
四 雲南の生活文化
五 東アジアの複合文化圏雲南
[山達人が里達人にならないわけ・・・・・・・・野元世紀]
2 照葉樹林文化と土壌永塚鎮男
一 西双版納への第一歩
二 雲南への想い
三 大渡崗のラテライト性赤色土
四 熱帯作物研究所と熱帯植物研究所の土壌
五 茶王樹と黄褐色森林土
六 土壌が培う文化
ゴムの木と人・・・・杜 明遠]Ⅱ 雲南の人々
1 景洪の市場と蔬菜・・・白坂 蕃
一 西双版納への道
二 市場の景観と民族
三 市場で売っているものと市場の管理
四 西双版納の米と稲
五 景洪の街の風景
六 景洪周辺の蔬菜栽培農家
七 西双版納で考えたこと
[雲南のレストラン・・・・野元世紀]
2 水傣・旱傣・・・白坂 蕃
一 西双版納の傣族
二 水傣と旱傣
[ドジョウナベ・・・中条廣義]Ⅲ 雲南の自然に生きる
1 霧と乾季・・・野元世紀
一 霧の里、西双版納の発展
二 安寧の黒い霧
三 乾季の大雨のなかで
四 雲の南とは - 哀牢山の役割
[霧のなかの熱の島・・・上野健一]
2 緑の雲南・茶色の雲南・・・牧田 肇
一 いちめんのそらまめ
二 ツバキ・サザンカ・山茶・山茶花
三 現代の植生プロフィール
四 熱帯の冬と植物
五 夏雨地帯の硬葉樹 -教科書はあてにならないー
[象の鼻・・・牧田 肇]
3 茶色の雲南・・・漆原和子
一 森林破壊と土壌流出
二 崩壊地分布と焼畑
[基諾族の若奥様・・・漆原和子]Ⅳ 雲南日記・・・・・・・・・・・・・吉野正敏・野元世紀 編
[昆明のアンマさん・・・中条廣義]
[怒涛の小舟の昆明空港・・・野元世紀]
あとがき・・・吉野正敏
本書掲載の要約文・キーワード
■西双版納の自然環境と土壌の関係
(1)標高約1500メートル以上の山地は、西南日本に対比される暖帯照葉樹林気候北部(上部)に属し土壌も西南日本と同様に、古赤色土と黄褐色色森林土が分布している。この地域は茶の木の故郷であるとともに、なお照葉樹林焼畑農耕文化の原型が残されている。
(2)標高900~1500メートルの山地は、暖帯照葉樹林気候帯南部(下部)に属し、準平原部には年代の古いラテライト性赤色土が、急斜面には比較的年代の新しい赤色土が分布している。土壌が、プリンサイト層をもつラトソルではないことが、数千年にわたる焼畑耕作の継続を可能にしてきたものと思われる。現在、この地域の焼畑は階段状の茶園やゴム園に大きく変わっている。
(3)標高900メートル以下は亜熱帯雨緑モンスーン林気候から熱帯雨林気候への移行的な地域であり、ゴムをはじめとする熱帯植物の栽培が盛んである。自然植生は急傾斜地や渓谷に、わずかに残されているにすぎない。土壌は現在の生物ー気候条件下で生成したと考えられるラテライト性赤色土であって、ラトソンではない。(Ⅰー2 永塚鎮男氏の文章P46より)■「昆明前線」
寒候季、熱帯気団が雲南・貴州両省境界付近で寒帯気団と接し、前線を形成する。この前線を中国の気象学者は「昆明前線」と呼ぶ。前線の東(北)側では曇天や長雨が続き、しばしば寒波に見舞われる。一方、西(南)側は晴天が続き温暖である。雲南省では1月の日照時間が200時間をこえ、多いところでは260時間に達する。