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メコン圏を描く海外翻訳小説 第19回「ビルマの日々」(ジョージ・オーウェル 著、大石健太郎 訳)
- 2024/10/20
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- 「ビルマの日々」, イギリス領インド帝国ビルマ州, イラワジ河, カター, ジョージ・オーウェル, ティボー王, 第3次英緬戦争
メコン圏を描く海外翻訳小説 第19回「ビルマの日々」(ジョージ・オーウェル 著、大石健太郎 訳)
「ビルマの日々 Burmese Days」(ジョージ・オーウェル 著、大石健太郎 訳、彩流社、1988年10月発行)
<著者紹介> ジョージ・オーウェル(1903年~1950年)
イギリスの作家・ジャーナリスト。 1903年、イギリス植民地時代のインドに生まれる。名門イートン校で学んだのち大学には進まず、インド帝国警察官任官試験に合格しビルマへ赴任しビルマで警官として勤務。5年の勤務ののち、職を辞し帰国すると、ロンドンとパリでの放浪生活を経て作家となった。1933年、はじめての著作『パリ・ロンドン放浪記』を出版。1937年、スペイン内戦に民兵として参戦。その参加した体験を綴ったルポルタージュ『カタロニア讃歌』を1938年に刊行。1945年にはスターリンの独裁政治を風刺する寓話小説『動物農場』が、初のベストセラーになり、作家としての名声を確立する。1949年に発表された『1984』はそれを凌ぐ記録的ヒット作となり、のちに「英語で書かれた20世紀の小説ベスト100」に選ばれるなど代表作となり、「20世紀最高の文学」とも評される。『1984』の執筆中に結核が悪化し、刊行から数か月後の1950年1月に、ロンドンで46歳で死去。
<訳者紹介> 大石 健太郎(おおいし・けんたろう) (*本書紹介文。本書掲載時)
1960年 早稲田大学第一文学部英文科卒。現在、大日本インキ化学工業勤務。訳書『思い出のオーウェル』(共訳、晶文社)『オーウェル入門』(共訳、彩流社)(*1935年生まれの英文学者)
イギリスの作家・ジャーナリストのジョージ・オーウェル(1903年~1950年)は、全体主義を生み出す人間の病理を鋭く描き出した寓話小説の傑作で『動物農場』(原題:「Animal Farm」、1945年刊行)や、近未来の全体主義国家を描いたSF小説『1984年』(原題:「Nineteen Eighty-Four」、1949年刊行))の代表作で、世界的に知られるが、本書『ビルマの日々』(原題:Burmese Days)は、1934年に書かれた長編処女小説。ジョージ・オーウェル(George Orwell。本名:エリック・アーサー・ブレア、 Eric Arthur Blair)は、イギリス植民地時代のインド・ベンガルのビハール州モチハリに生れ、1歳でロンドンに帰国。イギリスの有名なパブリックスクールのイートン校卒業後、インド帝国警察官任官試験に合格し、19歳で警察官となり、1922年にイギリスを離れ当時英国の植民地だったビルマへ赴任。マンダレーでインド警察の訓練所に入所し、その後、ビルマ各地で5年間の駐在生活を経験。1927年に休暇をもらった折にイギリスに帰り辞表を出すと、2度とビルマには戻らなかった。この1922年から1927年のビルマ時代の体験を基にして、ビルマから帰国してから7年後の1934年に刊行された長編処女小説。出版物としては前年の1933年に出した体験記の『パリ・ロンドン放浪記』に次ぐ第2作。
ストーリーの主たる時代は、1926年の4月から6月までの期間で、舞台は、イギリス植民地のビルマ北部の小さな町・チャウタダ(架空の地名)。本書では、この町の事を、1910年に政府がこの町に地区の庁舎を設け、「開発」の根城とし、裁判所が建ち、病院が出来、学校が建った。監獄もできた。人口は約4,000。うちインド人が200人ばかり、中国人が70~80人。白人は7名と描かれる。この町は、1926年12月にモゥルメインから転任した、ジョージ・オーウェルのビルマ時代の最期の赴任地・カター(Katha)が、小説『ビルマの日々』の舞台として使われている。このカターについては、ビルマ時代のジョージ・オーウェルを辿る『Secret Histories -:Finding George Orwell in a Burmese Teashop』(Emma Larkin著、2004年、邦訳『ミャンマーという国への旅』あり)が非常に参考になる。また、ストーリーの主な展開時代は、1926年の出来事と、本書終盤に具体的な年代が登場してくる。3次にわたる英緬戦争により、第3次英緬戦争(1885年~1886年)によりビルマ全土は上ビルマも含め併合され、イギリス領インド帝国の一部のビルマ州となり、その後、1937年に英領インドから分離し、単体の植民地になっているので、本書の時代の1920年代は、英領インド帝国の一部のビルマという時代。
このイギリス領インド帝国の一部としてのイギリス植民地下での北ビルマの小さな町に住む白人7名全員が、まず本書のストーリーで最初から最後まで、頻繁に登場する。そのイギリス人7名とは、主人公のフローリーをはじめ、地方弁務官マグレガー、警察署長ウェストフィールド、材木商社の支店長ラカースティンとラカースティン夫人、材木商社の支店長エリス、森林監視官マクスウェル。本国イギリスから遠く離れたビルマの更に北部の小さな町の少数の狭くて鬱積した白人社会が一つのテーマで、中でも、図書室、玉突き台の部屋、カードルームと談話室の4つの部屋から成る平屋建て木造家屋の白人クラブに、いつも集まり飲酒やカードゲームなどに耽っている。イギリス領インドでは、どこの町でも白人クラブが、大英帝国の象徴でもあり白人社会の精神的な拠点になっているが、地元名士の現地人をクラブの会員に認めるかどうかという問題への議論も繰り広げられる。イギリス人男性エリスが代表的だが、現地民を毛嫌いし見下す差英国人たちの中にあって、主人公のフローリーは異質で、白人クラブでよく過ごしていながら、植民地主義、帝国主義に批判的感情を持っている。
本作の主人公ジョン・フローリーは、材木商社勤務で、ビルマに来てからもう15年経つ、35歳独身のイギリス人男性。ビルマに初めてやってきたのはまだ20歳前。息子のために一生懸命尽してくれた両親が、フローリーのために材木会社に職を見つけてくれ、事務的な仕事を身に着けるため、最初の6カ月をラングーンで過ごし、それからマンダレー北部のジャングルの作業飯場で、チーク材伐採の仕事に従事。フローリーには、他の白人たちと違い、地域の現地人名士といえるインド人の民間外科医師のヴェラスワミと大変親しいが、イギリス人のフローリーが反英的であるのに対し、このインド人のヴェラスワミ医師は、熱狂的にイギリスを支持。イギリスの優越意識や現地人への差別意識が露骨に出る白人たちの会話内容も興味深いが、仲の良いイギリス人フローリーとインド人のヴェスワミ医師とのイギリスの植民地支配について意見が分かれる議論の展開内容も面白い。
フローリーは、コ・スラなど現地人の忠僕な下僕たちや仲良い愛犬フローに囲まれて生活しているが、更に自宅に、22,3歳のビルマ人の愛人女性マ・ラー・メイも囲っている。が、ある日、ラカースティン夫妻の姪で、イギリス人の若い娘エリザベスが孤児となり、ビルマ北部の小さな町・チャウタダ町に来ると、その愛人を捨てエリザベスにアプローチを開始する。フローリーとエリザベスとの恋愛の行方がどうなるか?というドラマも加わってくるが、若いヴェロール憲兵将校も新任で駐屯し、フローリーのエリザベスとの恋愛関係も複雑なものとなっていく。こうして物語は、北部ビルマの小さな町での狭い白人社会の中で、支配者側のイギリス人として植民地で居住する暮らしや、思想・価値観のテーマ、反英的なイギリス人フローリーと、親英的なインド人のヴェスワミ医師との友人関係、フローリーと、イギリス人の若い娘エリザベスとの恋の行方が、主人公フローリーからの物語の柱であるが、本書の物語のもう一つの大きなドラマとしては、現地人の地方名士の間の争いとして、インド人医師のヴェラスワミを非常に敵視し、いろんな手段を使ってヴェラスワミを失脚させようとする、チャウタダの治安判事補の56歳のビルマ人男性ウ・ボ・チィンの暗躍ぶりがある。イギリス人のフローリーは、この現地人間の争いごとには関係がなかったのだが、やがて巻き込まれていき、驚きのエンディングを迎えることになる。
この56歳のビルマ人男性の治安判事補ウ・ボ・チィンが、なかなかの悪者では異彩を放っている。本物語は、全25章に及ぶが、第1章は、悪役ウー・ポ・チィンの話から物語が始まり、最初は、このウー・ポ・チィンが本書の主人公として物語が展開していくのかと勘違いしてしまうが、ある意味、白人ではない別の角度からの物語の裏の主人公とも見えるかもしれない。本書の訳書解説には、”著者オーウェルは、1922年から27年にかけての5年間、イギリス統治下のビルマに英領インドのそのまた属領といった形だったがそのビルマでは白人は神にも等しい全能の権力者であったし、また同時に富の搾取者でもあった。民族独立運動の気運もまだ熟さず、現地人は白人たちの恣意がままに操られる木偶人形にすぎず、本書のウ・ポ・チィンのように白人におもねり、要領よく立ち回った人間のみが生き残って行ける世界であったのだろう。」と述べている。また、1885年11月28日のイギリス軍のマンダレー入城を想起させるシーンがあり、当時、イギリス軍の行軍を見た、貧乏な子どもであったウ・ポ・チィンは、”子供心にも、自分たちがこの巨人族に到底敵しえないことを悟っていたのである。そしてイギリスの側に立って戦い、彼らに寄生して生きて行くことが子供の頃からの宿願となった。”
本作品では、物語ドラマの展開も小説として面白く、その中に現れる帝国主義、植民地主義、支配民族で搾取者としてのイギリスや白人社会と被抑圧者、被差別者、被搾取者としてのビルマやビルマ人の問題などは、大きなテーマではあるが、それ以外にも、著者のビルマでの現地生活体験が活かされてか、当時のビルマ現地の自然や風俗などの描写が随所に現れ、異国情緒を充分に感じることができる。ジャングルや狩りのシーンも鮮烈だし、狭い白人社会だけでなく、村芝居や市場などの現地人社会の風俗情景も生き生きしている。ビルマでの月の光の美しさや、自然の多彩な色や匂いなども感じられる文章も味わえる。非常に気に留めた点としては、白人社会を中心に描いてはいるものの、当時の英領インド帝国の一部という時代らしく、白人のイギリス人、現地のビルマ人だけでなく、白人クラブのボーイ長は、南インドのドラヴィダ人であり、シーク族の現地兵や、ネパールのグルッカ人、金貸しの中国人など、多民族の様子も描かれている。現地の教会に集うのも、白人たちだけでなく、現地人のキリスト教徒や、マドラス人の召使、カレン人の学校教師、アメリカの洗礼教会派の宣教師と南インドの女性との間の混血児や、ローマ正教の宣教師とカレン族の女性との間の混血児など。物語の主たる町は、北部ビルマの町とはなっているが、物語の中では、ビルマのいろんな実在地名の話は折に触れ引用されている。
『ジョージ・オーウェル研究』(三沢佳子 著、お茶の水書房、1977年6月)に、「オーウェルにおける階級観の屈折」という章で、ジョージ・オーウェル第二作『ビルマの日々』についての文章がある。”ビルマのイギリス植民地を背景とした主人公フローリーの悲劇は、その社会生活においても、恋愛においても、彼の「ビルマ人も人間ではる」という植民地社会では異端の認識から起こってくる。中産階級対下層階級の問題はここでは、イギリス人対ビルマ人、支配する側とされる側の対立におきかえられている。フローリーは「支配される者」への共感をインド人の医者、ヴェラスワミを唯一の親友とすることで表明しようとする。イギリス人によるおためごかしの植民地支配を虚偽であるとののしるフローリーと、英国の支配とその政治機能に好意的な支持をよせるヴェラスワミとの交わりは、確かにその心情においては対等な人間同士のものであった。しかし、フローリーがこの有色人の友をイギリス人クラブの会員に推薦しようとしたばかりに、彼の敵ウ・ボー・キンにはかられて挫折し、一方、恋人の美しいが典型的「イギリスの奥さま」(memsahib)であるエリザベスは、これもまた「イギリスのだんなさま」(sahib)の代表者にふさわしいヴェロールに奪われる。しかし、現地人ウ・ボー・キンの出世欲も、彼が支配される者の立場を認識し、そこからはいあがり、やがて支配者と同等の地位を獲得しようとする情熱であり、結局は、植民地における階級差別から生じた悪徳として理解できるのである。・・」と。
ストーリーの主な展開時代
・1926年4月~6月(*年代については、主人公が死亡した年が明記されていることより)
(終章では、登場人物たちの1926年6月の大きな出来事以降のその後について触れられている)
ストーリーの主な展開場所
・北部ビルマ(チャウダダ州と架空の地名)
主な登場人物
・ジョン・フローリ(材木商社勤務のイギリス人男性。35歳)
・マグレガー(北部ビルマ、チャウタダ地区の地方弁務官で白人クラブの肝煎役でもある43歳のイギリス人男性)
・ウェストフィールド(チャウタダ地区のイギリス人の警察署長)
・ラカースティン(トム。材木商社の支店長で40がらみのイギリス人男性)
・ラカースティン夫人(30代半ばのイギリス人女性)
・エリス(材木商社の支店長のイギリス人男性)
・マクスウェル(森林監視官の25,6歳のきれいな金髪のイギリス人青年)
・エリザベス(ラカースティンの姪で22歳のイギリス人女性)
・ヴェロール中尉(新任のイギリス人憲兵将校)
・ヴェラスワミ(民間のインド人の外科医師で、同時に刑務所長)
・ウ・ポ・チィン(北部ビルマ、チャウタダ州の56歳のビルマ人治安判事補)
・マ・キン(ウ・ポ・チィンの妻。45歳のビルマ人女性)
・バ・タイ(ウ・ボ・チィンの下僕)
・バ・セイン(地方弁務官府主任のビルマ人)
・ラー・ペイ(見習い公務員の18歳の若者)
・コ・スラ(本名はマウン・サン・ラ。英国人フローリーの同年齢のビルマ人下僕)
・マ・ラー・メイ(フローリーの22歳、23歳くらいの現地妻)
・バ・ペイ(コ・スラの弟)
・マ・プー(コ・スラの本妻)
・マ・イー(コ・スラの2番目の妻)
・サミー爺さん(フローリー家のコック)
・モハメッド・アリ(マグレガーの召使い)
・白人クラブのドラヴィダ人のボーイ長
・フロー(フローリの飼犬で、黒い小さなスパニエル犬)
・フランシス(アメリカの洗礼教会派の宣教師と南インドの女性との間の混血児で、インド人金貸しの事務員)
・サミュエル(ローマ正教の宣教師とカレン族の女性との間の混血児で、弁護士の事務員)
・市場の近くの木の洞に棲みついているインド人の乞食坊主
・マッテュ爺さん(ヨーロッパ人教会の留守番をしているヒンズー教徒)
・「ビルマの愛国者」紙の編集者
・ガ・シュエ・オー(盗賊)
・リ・イェイク(チャンタダの市場で乾物屋を開いている傍ら、もぐりで金貸しをしている中国人)
・リ・イェイクの妾たち
・チャウタダの刑務所のインド人の看守
・トンワ村の村人たち
・サーカスの手品師という触れ込みでインド中を歩いていた男
・ビルマ内陸部の駐屯地を町から町へ巡回して歩くインド人の行商の本屋
・マ・セイン・ガレイ(市場で米籠を売っている商売女)
・ウ・ルガール警部
・ビルマ人の高校生たち
・憲兵隊のインド人中隊長でラジプット族の男