メコン圏が登場するコミック 第22回「ノーイ  バンコクの恋人」 (著者:深谷 かほる)


「ノーイ バンコクの恋人」 (著者:深谷かほる、発行:講談社<ワイドKC-237>、1994年7月発行》

深谷かほる プロフィール <本書掲載より。本書発行当時。2頭身のカエルマンガ付き>
マンガ歴8年。はじめの5年間は、このような2頭身のカエルマンガを描く。今も気を抜くと、手がカエルを描いてしまう。愛読書は「ムーミン」。好きなアーチストはフレディ・マーキュリー。趣味は旅行。その他の作品に「エデンの東北」①~④(竹書房)。

本作品の著者の漫画家・深谷かほる氏は、1967年生まれで福島県石川郡石川町出身。1987年の『毎日が日曜日』で漫画家デビューし、「エデンの東北」や、テレビドラマ化もされた「ハガネの女」「カンナさーん」などが代表作で、「夜廻り猫」も話題の人気作で第21回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。他に第5回ブログ大賞のマンガ部門大賞を受賞。本作品は著者の比較的初期の作品で、1994年7月発行の講談社からの単行本だが、初出は、講談社の少女向け漫画雑誌「mimi」の姉妹誌にあたる月刊誌「mimi carnival」(1987年創刊~1997年)の1993年6月号から1994年5月号まで、12ケ月連載で発表された作品。尚、「アキオ無頼ベトナム」などの著者の漫画家・深谷 陽 (ふかや・あきら)氏は実弟。

ストーリーは、いつも疲れた気持ちで、ぼんやりと東京で会社勤めをしている24歳の日本人女性リョウコが、10日間の休みを取って初めてタイに一人旅に出かけた話で、バンコクに到着した翌日、「地球の歩き方 タイ」の本を手にしながら、車に注意せずに道路を横断しようと飛び出し危険なところを、18歳のタイ人の青年ノーイに助けられる。こうして偶然知り合った2人が、タイ人青年の積極的なアプローチもあって、ほんの短いバカンス期間に急速なペースで、日本人女性リョウコにとって大きく人生を変えるようなラブロマンスが進展する。

”東京の生活に溺れかけていた。わたしは泳ぎが下手だ。夢っていう浮き輪もなしにここを泳ぐのはつらい。どこへ向かってるのかもわからないまま、わたしは本当に溺れかけていた。”と、自分を省みるリョウコにとって、初めて来たのに懐かしい気がする国、タイで、初めて会ったのに懐かしい気がする優しいタイの6歳年下の青年に出会って新しい素直な自分を見つけていく。溺れかかった人間を生き返らせるキス(Kiss of Life)のように、自分を生き返らせてくれたという夢のような幸福を感じ、”素直になれて、素顔になれて、素敵になれた”と、自分の変化を感じていく。

相手の6歳年下のタイ人青年は、弁護士志望のタマサート大学の法科の大学生で、チェンマイが故郷で、8人兄弟のうちの上の兄2人と3人一緒で王宮前広場の近くのアパートに住んでいる。非常にハンサムで好青年だが、6歳年上の日本人女性をときめかせる数々の言動が心憎い。それでも、リョウコは、当初は、多少の警戒心を持ちながら、タイ人青年からのアプローチに、”日本人は金持ちだ。日本人の女の子はカンタンだって、タイの人たちに思われてること、知ってる」と、強がりを見せるも、惹かれていく気持ちを抑えられなくなっていく。

本作品のストーリーの展開時代は、まさに少女向け月刊漫画誌に連載が始まった1993年と同時代の話だ。リョウコがバンコクで宿泊したのが、王宮前広場の前のロイヤル・ラタナコーシン・ホテルで、タイ人の青年ノーイがリョウコに、”去年このロビーはね 血に染まったんだよ 民主化暴動で」と教える場面が、第2回で登場するが、これは、民主化運動のデモ隊に向かって軍兵士が無差別に発砲し多数の死者を出した1992年5月の暗黒の5月事件の事。タイ人青年の話を聞いて、リョウコは、「テレビのニュースで、暴動や流血の騒ぎのあと、対立してた指導者たちが王さまの前でひざまずいて和解したんで驚いた」と、うっすらと覚えていたことと思い出す。

そして、この1990年代初期、ノンフィクション作家の家田荘子氏が自著のタイトルで使用し、外国人男性と簡単に性行為を行う日本人女性に対する蔑称として、”イエローキャブ”という用語が広まり、また、タイはじめ東南アジアのリゾートビーチに、”ビーチボーイ”と呼ばれた現地アジア人男性との遊ぶ若い日本人女性の観光客が急増し、社会現象にまでなったことがあった。そういう時代状況でもあったため、本作品でも、イエローキャブとかビーチボーイという用語が、使用されている。サメット島で出会った欧米人カップルの女性からも、「あなたたちジャパニーズガールって、どうしてそんなに”南の島のアバンチュール”が好きなの?」という言葉が、タイ人青年ノーイと一緒にサメット島で過ごすリョウコに対し、投げかけられる。

東京の24歳会社員の日本人女性リョウコと、18歳のタイ人大学生ノーイとのラブロマンスの行く末が、非常に気になるところだが、実は、本書タイトルは「ノーイ バンコクの恋人①」とあり、本書巻末にも、”ノーイ②につづく”とあり、その後の展開に期待が高まるものの、本作品の続編が見当たらず、当時、続編の連載予定が、どうなったのかは不明な点は、心残り。本書は、タイ各地各所の風景・情景もよく漫画に描かれていて、特に各回の表紙部分には、片ページサイズで、以下のようなキャプション付きで、リアルで味のある絵が描かれていて、臨場感を楽しめる。

❷活気にあふれたスリリングな街=バンコクのチャイナタウン。
❸アユタヤ=バンコク郊外の旧首都。神秘的魅力を残す遺跡で知られる。
❹チャオプラヤ川にかかる橋
❺アユタヤ=バンコク郊外の旧都市。巨大仏像群などの遺跡で知られる。
❻チャオプラヤ川の両岸に広がる大都市バンコク。
❼サメット島=全域が、国立公園になっているバンコク近郊の島
❽ワット・ポー(バンコク最大・最古の仏教寺院)の本尊。タイは全国民の94%が仏教徒
❾ラタナコーシン島の並木道=重要な寺院や官庁の集中するバンコク市内の地区。王宮や広場もあり、タイ人にとって憩いの場でもあり、聖地でもある。
❿サメット島・パラダイスビーチの波打ち際のレストラン=サメット島はバンコク市の若者にとっての湘南。外国人観光客にとっては自然感覚を楽しむリゾート地。
⓫カンチャナブリ=映画「戦場にかける橋」の舞台になった、クウェー川の流れる町。

尚、リョウコがどうしてタイに一人旅で来たか?については、高校の時の恋人が、タイが大好きな人で、父親の仕事の関係で小さい頃、タイに住んでいたという話が挿入されている。この日本人男性は、なかなかユニークで、「前向きな夢」と「後ろ向きな夢」の二つ夢があるとのこと。「前向きな夢」は、タイの東北部では小学校も出ないで身売りしていく子がいっぱいいて、タイの子供の力になれる人間になりたいと、タイで教師になること。そして、「後ろ向きな夢」というのが、とにかく無防備で大の字で寝ている”タイの犬になる”というもの。そのようなタイの犬を見に、一緒にタイに行こうと、二人は約束していたが、リョウコの恋人は、大学に入ってから事故で亡くなり、その約束は叶わなかった。

  • CONTENTS
    第1回 この国のこの街で、 出会えたことに ・・・ありがとう。
    第2回 飾らない、気取らない、 やさしい愛がここにある。
    第3回 一番大切なものを 失くしてしまったわたしを、 この国(タイ)が呼んでいる。
    第4回 異国の熱にあおられて、 感じる愛は蜃気楼!? それとも、真実!?
    第5回 タイで過ごす一日、一日が、 自分探しの旅だった・・・。
    第6回 ほんの短いバカンスが、 わたしの人生を変えた!!
    第7回 素直になれた。 素直になれた。 素敵になれた!!
    第8回 今、この一瞬に  永遠の愛を刻もう。
    第9回 身体中が熱いのは、 光り輝く太陽のせい?  彼の眩しい視線のせい?
    第10回  熱い陽射しと微笑みで、 心の心は溶けていく。
    第11回  この人を信じたい。 この人が信じられる。 この人だから愛したい!!
    第12回  見つめ合う至福のときめき。 あなたとの一瞬一瞬は、 永遠の宝石箱。

■ストーリーの主な展開時代
・1993年
■ストーリーの主な展開場所
・バンコク、アユタヤ、サメット島

「ノーイ バンコクの恋人」主な登場人物
・リョウコ(涼子)(24歳の日本人女性)
・ノーイ(18歳のタイ人青年)
・ノーイのアパートに集まっていたタイ人の男女の友人たち
・渕上(リョウコの高校の時の元恋人)
・シンディとディア(欧米人の女性作家と男性写真家のカップル)
・サメット島のレストランのタイ人男性従業員
・慶子(サメット島に滞在中の日本人女性)

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