コラム(江口久雄さん)「メコン仙人だより」第46話 「苗語とヤマタイ国」

呉国の遺民として日本に渡来した(?)苗族(Hmong)の苗語からヤマタイ国の関連語を読むと・・・

コラム(江口久雄さん)「メコン仙人だより」第46話 「苗語とヤマタイ国」

先月の仙人たよりでふれた苗族の燕宝が発表した小論文というのは「従苗族神話史詩探苗族族源」というタイトルの中国語で書かれたものです。原文は大陸の簡体字で書かれています。内容は文字どおり苗族の源流を探るものですが、燕宝は日本に稲作をもたらしたのは苗族の人々であると考え、苗族の人々が大挙して日本に渡来したのは紀元前四七三年の呉越の戦いで敗れた呉の遺民がそれであると論じています。燕宝は熱湯に手を入れて正しき者は焼けないが不正な者は焼けてしまうというクガタチの風習について、それは稲作とともに苗族が伝えたものだと言います。また旧来呉服と呼ばれてきた和服は、現在の貴州省東南部に住む苗族の女性たちの衣服のスタイルにそっくりだとも言っています。

燕宝があげる以外にも、苗族の風習は古代の日本に見えます。吉野の国主(クズ)と呼ばれる先住民が応神天皇とその太子の前で歌う場面が『古事記』に見えますが、それに続いて国主(クズ)が横臼を横たえて酒を造る記述が見えます。専門家によれば横臼は苗族も持っているそうです。僕はビルマのカチン独立軍を追ったバーティル・リントナーの『ランド・オブ・ジェード』に収録された写真で、インドとビルマの国境地帯に住むナガ族の少女たちが横臼を横たえて穀物を搗いている写真を見たことがあります。そのむかし酒は乙女が口で噛んでつくったと言われますが、なるほど古代の日本では国主(クズ)の少女たちが横臼を囲んでこうやって酒を造ったのかもしれないなと思ったものです。

またベトナムに住む苗族に、畑を開墾する老人がどうしても切り倒せない大木があり、困っていると、一匹の蛇が現われ老人の三人娘のうちの一人をもらう約束で木を焼き払い、三番目の娘をもらって水の宮に連れて行く伝承が伝わっていますが、岐阜県の有名な夜叉が池伝説は、日照りで困っている長者の前に一匹の蛇が現われ老人の三人娘のうちの一人をもらう約束で田んぼに大雨を降らせ、三番目の娘をもらって山の中の沼に連れて行く物語です。このヴァリエーションはまるで隣の県で話されるほど近いもので、とても海を隔てた異民族のものとは思えません。とおい昔に呉という自分たちの国を失って一部は日本へ、そして一部はベトナムに逃れつつも、同じ類型の説話を大事に語り伝えている感じがしませんか。

今日の苗語は大別して三つの大きな方言集団に分かれるといわれます。実際にはさらにこまかい方言があって、苗族どうしでも出身地によっては苗語による会話は困難な場合が多いといいます。燕宝は貴州省東南部に住む苗族の方言を使って、「卑弥呼」を「われわれの母王」と読み解きました。「卑」はわれわれ、「弥」は母、「呼」は王だと言うのです。また「倭奴」国とは女王国のことで、「狗奴」国とは男王国のことだとも言っています。『魏志倭人伝』に見える多くの不可解な国名や官名について、燕宝氏にはもっといろいろ読み解いて欲しいのですが、残念なことにこの小論文ではこの程度しか例示していません。

タイ人の研究者が北タイの苗族(HMONG)の村に入り込んで、苗族の言葉を調査し、タイ語とのグロサリーを作りました。苗族の言葉をタイ文字で表記するのはなかなか骨が折れるようで、たとえば「ン」という音を「ウン」と表記したりしています。とはいえ英語でもル(L)、ム(M)、ン(N)を読むのにエル、エム、エヌと、「エ」の助けを得る場合がありますから、別に驚くほどのことではありません。仔細にグロサリーを読んだところ「イーキー」で一段という意味が取れました。「一支」すなわち今の壱岐の島は苗語の「イーキー」で一段という意味ではないかと考えられます。またヤマタイ国の四つの官名の第一の「伊支馬」は「イーキーマー」で一段のマー、苗語のマーにはマレビト・外国人という意味があります。もしかするとヤマタイ国の一等官には漢文に通じた華僑が任ぜられたのかもしれません。同じく第四の「奴佳提(最後の提の字のヘンは本当は手ヘンではなく革ヘンです)」は「ナーカーデー」で苗語ではワニという意味です。そう、動物のワニです。『風土記』にワニが姫を尋ねて川を上ったり、また『古事記』にもワニがしばしば現われますが、ヤマタイ国の四等官は海上交通に強い海人族の有力者が任ぜられたのかもしれません。全身にイレズミをした海人族は、苗族から見ればあるいは苗語でナーカーデー(ワニ)と呼んでもおかしくなかったと思われます。官名を苗語で読むことによって、ヤマタイ国の複合民族国家としての風貌が見えてくるようです。

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