コラム(江口久雄さん)「メコン仙人だより」第51話 「黒いマレビト(1)」

古事記に見える倭国の建国神話と古代の紅河流域で駱越族の間に生まれたベトナムの建国神話

コラム(江口久雄さん)「メコン仙人だより」第51話 「黒いマレビト(1)」

碩学古田武彦は、712年に成立した『古事記』の序文に見える「削偽定実」の語に注目し、天武天皇の遺詔に従って『古事記』さらに『日本書紀』が日本の正史として定められる一方、他の豪族や地方に伝承される諸の情報はすべて偽書・偽史と扱われて覆滅されたと言っています。そして『古事記』が編纂中の七〇八年に元明天皇が禁書の詔を出していますが、禁書とは実に偽書・偽史とされた他の豪族や地方に伝承される諸の情報に対する思想弾圧のことであるとして、その証拠にあげています。古田武彦は主に九州王朝の存在を念頭に以上のことを論じていますが、ともあれ『古事記』は天武天皇が公認した、ある特定の観念、に従って編纂されたもので、その観念に合わないものは九州王朝が伝える情報であれ何であれ、すべて「偽なるもの」として覆滅されたと考えてよいでしょう。

だしぬけに難しい話をしてすみません。何でこんな話をしたかといえば、日本各地の民話には『古事記』や『日本書紀』には見えない神々がたくさんおられるが、それは何故だろうかと考えたからです。なにしろ仙人はヒマなものですから、ヒマにまかせていろいろクレージーなことを考えるのです。

では、天武天皇が公認した、ある特定の観念、とは何でしょうか。深いことは僕にはわかりませんが、興味深い事実を発見しました。それは『古事記』に見える倭国の建国神話とベトナムの建国神話が同一のパターンで書かれていることです。倭国の始祖王とされる神武天皇は始原の神であるイザナギ・イザナミの夫婦神の六世の孫に当ります。一方、ベトナムの始祖王とされる雄王(フンヴォン)はやはり始原の神である神農氏の六世の孫に当ります。これだけなら単なる偶然の一致かもしれません。しかし始原の神の子孫に見られる不思議な一致は、単に六世の孫がそれぞれ国の始祖王になっただけにとどまらないのです。三世の孫・四世の孫・五世の孫にも不思議な一致が見られます。それを少し話しましょう。

まず倭国の始原の神の三世の孫(一世の孫はアマテラス、二世の孫はオシホミミ)であるホノニニギは天から降りてきて異郷の山の神(オオヤマツミ)の娘であるコノハナサクヤヒメを妻にしますが、ベトナムの始原の神の三世の孫である帝明は南方の地を訪ねた際に、五嶺の山の神の娘であるヴ・ティエンを妻にします。ともに異族婚です。次にこの異族婚によって生まれた息子、つまり四世の孫については、倭国のホホデミは海神の娘トヨタマヒメを妻にし、この妻は出産の際にヤヒロワニ(龍)に変身します。一方、ベトナムの禄続は、洞庭湖の龍王の娘を妻にします。そしてそれぞれ一人息子を授かります。つまり五世の孫は倭国でもベトナムでも一人息子なのです。倭国の一人息子であるウガヤフキアエズ(神武の父)は実母の妹に当るタマヨリヒメを妻に迎えますが、ベトナムの一人息子である崇覧(雄王の父)は、妻に対して自分は龍の種族であると告白しています。母が龍王の娘だったからです。倭国のヤヒロワニ(龍)に変身するトヨタマヒメもやはり龍の種族と考えてよいでしょう。その一人息子のウガヤフキアエズは告白こそしていませんがやはり龍の種族である実母の妹のタマヨリヒメを妻に迎えてすっかり龍の種族にとりこまれています。三世の孫がそれぞれ異族婚をしているのに対して、四世の孫はそれぞれ人間と龍の異類婚をしているのです。そして五世の孫はそれぞれ一人息子(他に世継ぎはいない唯一絶対の存在)であるとともにまた龍の種族であることが強調されています。

ベトナムの建国神話は、古代の紅河流域で半農半漁の生活をしていた駱越部族の間に生まれたものと言われていますが、半農半漁の生活とは、海を越えて日本に渡ってきた海人(アマ)族の生活そのものです。一方、天武天皇の幼名は大海人皇子(オオアマノミコ)で海人族の勢力がバックにあるような感じがします。また天武天皇の忌み名であるアマノヌナハラオキノマヒトは龍神を意味するものであるという説もあります。

ともあれ倭国の建国神話とベトナムの建国神話の構造上の一致は、天武天皇が公認した、ある特定の観念、の一部を示すものではないでしょうか。少なくとも倭国の建国神話は、ある特定の観念にはめこまれて創作されたことは疑いのないところでしょう。

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