メコン圏が登場するコミック 第25回「BLACK JACK『魔王大尉』」(著者: 手塚 治虫)

メコン圏が登場するコミック 第25回「BLACK JACK『魔王大尉』」(著者: 手塚 治虫)


「BLACK JACK 14」 (著者:手塚 治虫、発行:秋田文庫<秋田書店>、1996年10月発行》

手塚 治虫(てづか おさむ)(1928年~1989年) <本書掲載より。本書発行当時>
本名、治。1928年(昭和3年)11月3日、大阪府豊中市に生まれ、兵庫県宝塚市で育つ。大阪大学医学専門部卒業。医学博士。1946年「アマチャンの日記帳」でデビュー。1947年「新宝島」が大ヒット。以来、日本のストーリー漫画の確立に尽力。またアニメーションの世界でも大きな業績を残す。1989年2月9日 没。代表作品「ブラック・ジャック」「鉄腕アトム」「火の鳥」「ブッダ」「アドルフに告ぐ」など多数。

「BLACK JACK」(ブラック・ジャック)は、手塚治虫(1928年~1989年)氏の代表作の一つで、天才的外科医だが医師免許を持たない「ブラック・ジャック」こと間黒男(はざま・くろお)の活躍を描く医療漫画作品。『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)にて1973年11月19日号から1978年9月18日号にかけて229話が連載された後、1979年1月15日号から1983年10月14日号にかけて不定期連載され、全242話が一話完結型の読み切り連載形式で発表されている。大ヒット作となり、アニメ、劇場版アニメ、テレビドラマ、実写版映画、舞台化、さらに数多くのリメイクや企画漫画などと広がり、また広く海外各国でも出版されている。「BLACK JACK」単行本については、秋田書店の「少年チャンピオンコミックス」全25巻(1974年~1995年、秋田書店)にまとめられたのが最初で、その他、漫画全集「ブラック・ジャック」全22巻や手豪華版「ブラック・ジャック」全17巻のシリーズがあるが、漫画文庫版については、秋田文庫「BLACK JACK」全17巻(1993年~2003年、秋田書店)が刊行されている。

本書は、その漫画文庫版の本作品は、秋田文庫「BLACK JACK」全17巻の中の第14巻にあたるもので、作品「魔王大尉」を含め、全14話を収録。この中の一つの作品「魔王大尉」は、原題は「悪魔」として、初出は『週刊少年チャンピオン』1975年10月27日号に掲載された作品で、全242話のうち、第95話にあたる。ベトナム戦争中の1968年に実際に起きたソンミ村虐殺事件をイメージして描かれた作品で、ベトナム戦争は1975年4月30日に集結しており、この作品はその半年後に発表されたもので、20頁と、他の作品同様、本作品も短編。

作品「魔王大尉」のストーリーは、日本国内の丘の上にある奇妙な家で開業しているブラック・ジャックの家に、アメリカから密かに来日した退役軍人のケネス大尉が、多くの付き添いの者たちと共に、ヘリコプターや担架などで、脳の中に突き刺さった弾丸の摘出をブラック・ジャックに依頼してきて訪れる場面から始まる。脳の中に突き刺さった弾丸は、ベトナム戦争が終わる寸前に撃ち込まれたもので、アメリカのどの病院でも、どう手術しても能みそが傷つき大出血してしまい手術は不可能と言われ、しかも、とある事件の被告として法廷に出た後から、急に傷が悪くなっていて、ブラック・ジャックが、ケネス大尉の最後の頼みの綱となっていた。また、ケネス大尉の極秘の来日のニュースは、日本の新聞に暴かれてしまい広く人の知るところとなっていた。

このアメリカの退役軍人ケネス大尉は、ベトナム戦争の元英雄だったが、実は、ベトナム戦争時、ベトナムで非戦闘員のただの農民である村の住民を全員、村の中の一か所に集めて、四方から火炎放射器を浴びせかけ村人たちを焼き殺したグチャン村虐殺事件を指揮した過去があった。その大尉は、”戦争で人間が死ぬのはあたりまえだ。殺さなけりゃならん場合もあるさ。いちいち気にしていたら勝てんのだ!フン、あの事件のことなんかどうってころはない。ウハハハハ」と、ブラック・ジャックの前で豪語し、この虐殺事件を後悔もしていなければ反省もしていない様子を示す。一方、ケネス大尉に両親や村の人たちを焼き殺され、日本の人に引き取られたベトナムの孤児たちは、ケネス大尉が来日しブラック・ジャックを訪ねることを知り、ブラック・ジャックに、ケネス大尉を手術をして助けないで欲しいと懇願する。ブラック・ジャックは、”話はよくわかったよ。グチャン村事件は私だって知ってる。だが私は医者だよ。援けを求めてる患者を助けないわけにはいかんのだ。それが私の仕事さ。罪のつぐないとは別のものだ”と、答えるが、ベトナムの孤児たちは、ブラック・ジャックがお金の為に手術をするとして納得しない。ブラック・ジャックは、ケネス大尉の手術には自分の望む立会人をつけるという条件に、ケネス大尉の手術の依頼を受ける。

本作品でのグチャン村虐殺事件は、ベトナム戦争中に実際に起きたソンミ村虐殺事件をイメージしているが、このソンミ村虐殺事件は、1968年3月16日、米軍の部隊が南ベトナムのクアンガイ省ソンティン県ソンミ村(現クアンガイ市ティンケー社)を襲撃し、非武装のベトナム人の村人504人(ベトナム政府公表。人口507人のソンミ村ミライ集落で生存者は3人)を虐殺した事件。当初は南ベトナム解放民族戦線のゲリラ部隊との戦闘という虚偽の報告がなされたが、1969年12月に事実が明らかにされた。虐殺事件の調査を行っていたアメリカ陸軍調査委員会は事件に関係した容疑者たちを1970年3月告発し、1970年5月にアメリカのジョージア州フォート・ベニングで始まった軍事法廷では告発された1容疑者たちが殺人罪で起訴されたものの、1971年3月に、小隊の指揮を執り虐殺を直接命令した将校として、ウィリアム・ロウズ・カリー中尉(Willliam Laws Calley、1943年~2024年4月28日)だけに唯一有罪判決が下され終身刑が言い渡された。また、カリー自身もその後10年の懲役刑に減刑された上、3年後の1974年には仮釈放されたが、ソンミ村虐殺事件については、長らくほとんど口を開くことはなく、2024年4月28日、80歳で没す。

尚、本作品「魔王大尉」が収録されている秋田文庫「BLACK JACK 」シリーズ全17巻中の第14巻には、本作品「魔王大尉」含めて14作品収録されている。また、秋田文庫「BLACK JACK 」シリーズ全17巻中、ベトナム戦争に関係する作品は、他に、秋田文庫「BLACK JACK 」シリーズ第6巻(1993年8月、秋田書店)に収録されている作品「恐怖菌」(原題:死に神の化身)がある。これは初出は1974年10月28号の「週刊少年チャンピオン」の第46話となる作品で、ベトナム戦争の際、沖縄から米軍戦略物資を積んで運んでいた輸送船で、戦争が終わって撤収した兵器をまた沖縄へ持ち帰るが、その秘密兵器が細菌兵器で、輸送船内で船員たちが感染する話。また、秋田文庫「BLACK JACK 」シリーズ第10巻(1993年8月、秋田書店)に収録されている作品「あつい夜」は、初出は1977年5月23号の「週刊少年チャンピオン」の第173話となる作品で、この作品もベトナム戦争に関係する話。ベトナム人のゴ・ウィン先生を主治医に持つハワイの大農園主ダグラスは、何度も殺し屋に命を狙われ狙撃にあっていたが、彼は10年前のベトナム戦争の時に、非戦闘員の医者の家に逃げ込んだ敵のベトコンを仕留めようとして、その家の看護婦と娘を撃ち殺したことがあったというストーリー。

「BLACK JACK 14」(秋田文庫版)目次 Contents
コルシカの兄弟 The Corsican Brothers
電話が三度なった The Third Call
かりそめの愛を A Transient Love
満月病 The Daughter of Black Jack’s Teacher
魔王大尉 Captain Satan
浦島太郎 Awakening After 55 Years Sleep
小さな悪魔 Oedipus Complex
ペンをすてろ! Stop Drawing!
激流 A Rapid Current
フィルムは二つあった There Were Two Films
消えさった音
ブラック・ジャック病
B・Jそっくり
解説(杉野昭夫)

BLACK JACK 「魔王大尉」主な登場人物
・BLACK JACK
・ケネス大尉(アメリカの退役軍人)
・日本の人に引き取られたベトナムの孤児たち

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