コラム(江口久雄さん)「メコン仙人だより」第61話 「蘇馬諟と楼寒」

漢によって封ぜられた韓の蘇馬諟と、前秦の符堅に朝貢した新羅王楼寒の正体は?

コラム(江口久雄さん)「メコン仙人だより」
第61話 「蘇馬諟と楼寒」

いきなり耳慣れない言葉を出してすみません。倭国王帥升が出たついでに、この二人にもふれておきたいと思います。

伝説に言う金官加羅国の始祖の首露王が、亀旨峰の6個の金の卵から生まれたのは42年のこととされ、韓国の人たちは、この年、金官加羅国の首露王を盟主とする六加耶連合が洛東江の流域に成立したと考えています。金官加羅国というのは後代のしゃれた名前で、『魏志倭人伝』には狗邪韓国と見えます。この「狗邪」はなぜか「クヤ」と読まれていますが、すなおに漢音で「コージャ」と読みましょう。これはタミル語のコーサム(卵)が訛ったもので、コーサム(卵)とは首露王が卵から生まれた故事を記念する言葉です。首露王は自分が権力を打ち立てた街を、新たにコーサム韓国と名づけたものと思われます。馬韓・辰韓・弁韓に対抗し、しかも文化的には一段高い位置にある、新しい「韓」の国を自負する響きが感じられますね。このコーサム韓国を盟主に『後漢書』にいう弁辰12国のうち6か国を統合した首露王は、韓の地域のリーダーとして漢に使節を送りました。

44年、韓の蘇馬諟という男が、漢によって廉斯邑の君に封ぜられました。ここには卑字は使われていません。廉斯の街は首露王がコーサム韓国と名づけた街のことでしょう。漢にとっては重要な街で中国人は廉斯と呼んでいたものと思われます。蘇馬諟(ソバテイ)の名は土着の韓人の名ではなく、タミル語のスヴァディ(貝葉)を音写したものでしょう。貝葉とは多羅椰子の葉に文字を刻んだもので、インド文化圏では古くから使われていました。中国向けには本名のスヴァディ(蘇馬諟)を名乗り、国内では首露王という別の王名を使ったことがわかりますね。中国と韓国の文献の漢字の字面だけを見て、その違いに驚く必要はありません。

ちなみにコーサム(卵)がコージャ(狗邪)、さらにはクムガン(金官)と訛っていく中から、この言葉が琉球に伝わり、クーガ(卵)となった可能性もあるように思います。

さて時代は下って382年、前秦の符堅に朝貢した新羅王楼寒という人がいます。純韓国語では「L」音が語頭に立たないことから、楼寒(ローカン)は新羅人ではないことがわかります。サンスクリットにはローカ(世界)という語があり、これはタミル語ではウローガム(世界)と訛ります。サンスクリットの語源を知るタミル人は、中国向けには「楼寒」の二字でよしとしたのでしょう。一方、新羅の文献には、この王は奈勿王または奈密王と記されています。韓国語では奈勿は「NAM-OEL」、奈密は「NAM-IL」と読まれるべきでしょう。というのも両者に共通する「NAM」は韓国語で「マレビト・異邦人」の意味があり、また「OEL」には意識・精神、「IL」には仕事・経験という意味があるからです。すなわち奈勿は「マレビト意識」、奈密は「マレビト仕事」という意味になり、新羅王楼寒もまた、中国向けには本名のウローガム(楼寒)国内では奈勿王・奈密王という別の王名を使ったことがわかりますね。

タミル語狂の仙人は倭国王帥升にヒントを得て、中国の文献に卑字が使われていない人名を韓国の地にも求めたわけですが、以上のように、やはり同じ例があったのですね。帥升(シュリ・ソーティ)もまた国内向けには面土王と名乗っています。財力と情報、世界観に優れたタミル人の王は、中国向けと国内向けの二つの名を持っていたのですね。

最後に521年に梁に朝貢した新羅王募秦はどうでしょうか。新羅の文献には法興王と記される人です。さいわいなことに法興王の本名は石碑に「牟即智」と明記されています。募秦は呉音で「ムジン」ですから、牟即智(MUJIKJI)に近いものといえます。ただこの王はタミル人ではなく加羅の人といわれています。新羅語の「門」を加羅語では「梁」と言い、本来新羅語と加羅語は違う言葉ですから「牟即智」にはあるいは新羅訛りが入っているかもしれません。

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