メコン圏の写真集・旅紀行・エッセイ 第4回「アジア河紀行」水の曼陀羅をいく(立松和平 著)

メコン圏の写真集・旅紀行・エッセイ 第4回「アジア河紀行」水の曼陀羅をいく(立松和平 著)


「アジア河紀行」水の曼陀羅をいく(立松和平 写真・文)佼成出版社、1993年2月発行)

〈著者紹介〉立松和平(たてまつ・わへい)
作家。1947年栃木県宇都宮市生まれ。早稲田大学政経学部卒業。宇都宮市役所勤務を経て作家に。在学中に『自転車』で第1回早稲田文学新人賞、1980年に『遠雷』で第2回 野間文芸新人賞を受賞。86年には、アジア・アフリカ作家会議の「1985年若い作家のためのロータス賞」を受賞。1993年『卵洗い』によって第8回坪田譲治文学賞受賞。世界各地を旅する行動派の作家として、紀行文・フォトエッセイはもちろん、これまでに『性的黙示録』(トレヴィル)『百雷』(文藝春秋)『卵洗い』(講談社)『贋 南部義民伝』(岩波書店)ほか、数多くの小説を発表している。絵本に『山のいのち』(ポプラ社) 『青空』(青弓社)がある。(同書紹介文より)

8年ほど前(2000年4月当時)であろうか、テレビ朝日の番組「ニュースステーション」のなかで、メコン河デルタを進む船の上から、作家・立松和平氏が現場報告をするというシリーズを見た覚えがあるが、その時の取材の旅紀行も本書に「メコン遊行の旅・ベトナム日記」として収められている。20年前の『遠雷』以来、著者が幾つかの作品の中で描く、都市化の流れで町だけでなく人や暮らしも変容していく地方都市近郊農村の姿や、あふれるエネルギーをもてあます若者の焦燥感みたいなものに強く共感してきたが、著者が国内外の風土や人の暮らしについて朴訥と語る様も、心安らぐようでまた気に入っている。

 本書は、冒頭、著者の川への思いが、幼少の故郷の話も交え綴られている。思わず銘記したくなる文があるので、いくつか引用しておきたい。

『川は生命の中心を流れている。すべての生命は水によってつくられるのだから、水を大地に運ぶ川こそが、生命を広くつくっているといってもよい。川こそが生命の宇宙を形成するものだ。川は生命の曼陀羅といえる。』
『川は流れて、色々なものを結び付けている。川は生命の根幹をなしている』
『川を見ると、蛇行して流れている。・・蛇行すれば、それだけ川の容積が増え、生物の生息できる空間も増える。また流域面積も増えるわけだから、水の恩恵を受けることの出来る面積も増えるのである。・・・絶妙の自然のバランス・・・川は限りある空間なのである・・・・』
『川は楽しかった。・・・暮らしの前を流れている名もない川が、子供たちにも理解できる生命の宇宙を形成していた。』
大小の河川が育んだ豊かな土地に恵まれそこに住む人々の水への親和性が高いメコン圏を思うとき、この著者が語る川や水の尊さを自然に感じることができる。

 本書の中心は、「生命の源に触れる旅」と題して、メコン河、イラワジ河、チャオプラヤー河のメコン圏の3つの重要河川の旅紀行である。これらの河川沿いに息づく土地を訪れた紀行文となっているのだが、数多くのカラー写真の上に手書きで文章が書き込まれており、著者の素朴な語りを聞いているような感じにさせられる。最初のメコン河については実は瀾滄江として紹介され、中国・雲南省の西双版納だけを取り上げている。しかし景洪、モンハイ、モンラーを訪れ、タイ族、チノー族、ハニ族、プーラン族の村にも寄り、人の暮らしや文化など西双版納の魅力を充分に伝えている。そして土地の人の川との付き合い方にあらためて著者は感じ入り、自然に対する感受性をもっと磨こうと呼びかけている。この項では、茶の木に登って歌を歌いながら茶摘をするハニ族の娘たちの写真が特に素敵だ。

 イラワジ河の項では、パガンとラングーンについて、チャオプラヤー河の項では、バンコクとアユタヤについてさっと触れているが、本書後半部の「メコン遊行の旅・メコン日記」と題した部分は、毎日記した10日間の旅日記といった形になっている。ベトナム南部のホーチミン、ミト、カントー、フン・ヒエプそれにメコン本流を遡っていった所のロンスエンの旅の模様が、すぐ戦争の話になってしまうベトナム人通訳や、通訳を通じての土地の人との会話を交えて描かれている。テレビ局の取材ということで空撮もあり、ヘリコプターから撮ったと思われるメコンデルタの様は見所がある。

 著者は、大学生の時(1970年)に横浜からフランス郵船のラオス号で、香港経由バンコクに渡り、バンコクの安宿に泊まってから、プノンペンに飛びカンボジア国内を回る旅をしている。リュックを背負いゴムゾウリを履いての旅の模様はこれはこれで別の幾つかの著書に登場してくるのであるが、そこでは、アジアの混沌とした熱気に痺れまいってしまう若さが映し出されていたように記憶する。著者がアジアに自然との落ち着きを感じるようになっていることを見出す私も、著者同様齢を多分に重ねてきてしまったのかもしれない。

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