メコン圏題材のノンフィクション・ルポルタージュ 第8回 「女たちのベトナム」(村田文教 著)

メコン圏題材のノンフィクション・ルポルタージュ 第8回 「女たちのベトナム」(村田文教 著)


「女たちのベトナム」(村田文教 著、めこん、1999年8月発行)

〈著者紹介〉村田文教(むらた・ふみのり)
1960年、広島県生まれ。関西学院大学卒業後、日本経済新聞社入社。1995年3月~98年3月、ハノイ支局駐在。(本書著者紹介より  1999年時)

本書は、1995年から1998年まで日本経済新聞社ハノイ支局に駐在していた著者が、ベトナム女性の素顔を通して現代ベトナムを探りたいという発想から、様々な職業、立場のベトナム女性30人へのインタビューを取りまとめた記録である。総じてアジアの女性は強くて逞しく働き者だと言われるが、その中でもベトナム女性は、群を抜いているのではなかろうか。本書に登場する30名のベトナム女性もその例外ではなく、著者もあとがきで語っているように、いずれも、如何に未来を切り開くかを常に考えている前向きでひたむきな女性たちばかりだ。

 モデル、女優、タレント、歌手、ミスベトナムなど華やかに見える職業・立場の女性も登場するが、全編のインタービューから語られる30人女性のベトナム社会についての見解、職業観、人生観などを聞くと、その前向きなひたむきさは、必ずしも取り上げられた女性の職業・立場によるとだけは思えないものがある。もちろんベトナムにももっと様々な職業・立場・性格・年齢・家庭事情などの女性がいるのは当然であるが、ドイモイ以降の開放や情報化の進展などにより大きく変わりつつあるベトナム社会の断面が見えてくる。

 副業にメーキャップ師となる公安職員、自宅ではウエディングドレス専門の貸し衣装店を経営するアナウンサー、いい職に就けメリットは大きいとして近い将来、共産党員になる予定と語る公務員など、なかなか現実的でちゃっかりしている女性も少なくない。また将来留学させて医師にさせたい中学生の息子に英語だけでなく日本語も勉強させている女性など、子どもの教育に大変熱心だ。ベトナムの歴史や民族構成を映し出す越僑、元ボートピープル、少数民族の話も掲載されている。役者として公安劇団に入り、その後公安警察に移った女性の話は中でも興味深い。演劇を通じて警察官の思想形成や文化醸成に役立てるために設立された共産国ならではの公安劇団で身に付けたメーキャップ技術を活かして、老人や農婦に扮しおとり捜査に協力するというのだ。しかも結婚式の花嫁やミスコンテスト参加者のメーキャップを副業に手がけているのだが、時代・環境の変化に応じ、自分の技術・キャリアをうまく活かしているなと非常に感心した。

 本書には、ベトナム女性へのインタビュー記事だけでなく、彼女たちの職業に関連するコラム(内容は左上に記載)や、ベトナムの政治・経済・社会についての総論(目次内容は以下の通り)も加えられ、ベトナム現代社会事情の概説書としても有用だ。

【政治】矛盾との闘い・・・一党支配体制維持を目指して
(1)現状
ベトナム政治の流れ/ドイモイ政策とは/政策決定のメカニズム/ンセンサス主義の弊害/ニューリーダーの登場/保革緊張の芽生え
(2)不安の目
クリントン演説(1995年7月)に疑心暗鬼/開放への警戒と引き締め
(3)暗部
光る体制の目/複数政党制の是非/突然の自宅軟禁(グエン・ハー・ファン氏)/英雄ザップ将軍の動向 (4)ベトナム的民主主義
ベトナム的民主主義/人民あっての共産党/国家銀行総裁を解任(1997年9月)/書記長への直接の陳情/人民あっての共産党/脱共産党はあるのか/共産党の開放
(5)外交
最大の関心は米国/対中牽制にも/枯葉剤というカード/多額の補償金が絡む微妙な問題/カムラン湾の行方(ロシアの利用期限2004年)/中国との微妙な関係/鄧小平と渡辺美智雄/ASEANの異端児/韓国・北朝鮮との関係/ベトナム政治の今後

【経済】花見経済の後で・・・ポスト・ドイモイの行方は
(1)概略・現状
ドイモイの10年/外国企業の参入/外国企業の投資減少/外資に対する警戒感/石油開発は空振り/インフラ支えるODA/通貨危機の狭間で/企業の撤退/ベトナム版バブルの崩壊
(2)国営企業
国営企業の現状/軍のビジネス
(3)金融
民間企業はどこに/地下に潜るマネー/銀行不信の構図/欠かせない金融制度整備/正念場の証券取引/経済の行方 

【社会】時針から秒針へ・・・急激に変わる社会
(1)中間層
動き出した時計の針/芽生える中間層/より贅沢な生活を求めて
(2)変わる生活
離婚の急増/麻薬汚染の若年化/増える犯罪/汚職・腐敗/環境汚染/サッカー熱が国威発揚/宗教の自由化/若者の意識変化/米国かぶれ/日越の若者比較
(3)貧富の格差
貧富の格差/地域間格差/農村からの流入/ベトナム社会の未来

本書掲載コラム
軍/公安/テレビ/越僑/法/国会/難民/少数民族/新聞/役人/航空会社/ファッション/銀行/国営企業/タクシー/民間企業/スポーツ/農業/漁業/外資系企業/学生/医療/教育/映画/タレント/ミス・コンテスト/ゴミ/路上/歌/音楽

本書登場30人
・アナウンサー 1968年生まれ
・越僑 1963年生まれ
・弁護士  1970年生まれ
・国会議員 1963年生まれ
・元ボートピープル  1968年生まれ
・少数民族(ターイ族) 1980年生まれ
・新聞記者  1970年生まれ
・役人  1972年生まれ
・スチュワーデス  1971年生まれ
・モデル  1976年生まれ
・銀行員  1963年生まれ
・国営工場工員  1972年生まれ
・タクシードライバー  1964年生まれ
・民間企業社長  1974年生まれ
・エアロビクスインストラクター  1969年生まれ
・農民  1976年生まれ
・漁師  1972年生まれ
・外資系企業従業員   1976年生まれ
・大学生  1977年生まれ
・医師  1957年生まれ
・小学校教師  1962年生まれ
・女優   1972年生まれ
・タレント   1974年生まれ
・ミス・ベトナム  1975年生まれ
・清掃員  1973年生まれ
・行商人  1981年生まれ
・歌手  1975年生まれ
・バイオリニスト  1974年生まれ

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