メコン圏題材のノンフィクション・ルポルタージュ 第26回 「チュイ・ポン 助けて!」

メコン圏題材のノンフィクション・ルポルタージュ 第26回 「チュイ・ポン 助けて!」(三留理男 著)

CAMBODIA{チュイ・ポン 助けて!」(三留理男 著者、プレイボーイ別冊編集部 編集、集英社(プレイボーイ写真文庫)、1984年3月

<著者紹介> 三留理男(みとめ・ただお)(1938~2022)
報道写真家。1938年、北朝鮮・沙里院生まれ。1948年、佐世保へ引き揚げ。1983年、<「国境を越えた子供たち」(集英社)をはじめとする一連の作品で第三世界の国境線上の状況を広く世界に伝えた>ことにより、第1回土門拳賞を受賞。現在、国内の新聞、雑誌のほか、ヨーロッパ最大の週刊誌「シュテルン」と特約。国連が恒久IDカードを発行している世界でも数少ないジャーナリストの一人。<本書紹介より、本書発刊当時> *2022年3月22日、前立腺がんのため死去、

本書は、著者は報道写真家の三留理男氏であるが、プレイボーイ別冊編集部が編集し、集英社のプレイボーイ写真文庫として1984年3月に発行された。1984年3月には、三留理男のプレイボーイ写真文庫シリーズとして、「チュイ・ポン 助けて!CAMBODIA」以外に、「アコロ 喰う物をくれ!AFRICA」「サラーム 平和を!LEBANON」の計3冊が同時発刊されている。

1978年12月25日、ベトナム軍の戦車軍団を中軸とする兵力12万が一挙にカンボジアに進攻。1979年1月7日にはプノンペンが陥落し、すかさず、ベトナム軍に支援されたカンボジア救国戦線が「全土を制圧した」と宣言。しかしそれで戦火はおさまるどころか、逆に全土に拡大し、とくにタイ領に近いカンボジア西北部の国境地帯で激戦が続いた。それまで本書著者の三留理男氏は、バンコクには50数回行き、カンボジアとの国境地帯にも幾度か足を踏み入れているものの、1978年12月末のベトナム軍のカンボジア進攻後、タイ=カンボジア国境地帯はどうなっているのか、詳しい情報はつかめず、1979年1月8日、大阪の空港を飛び立ち、バンコクからアランヤプラテートに向かい、長期のタイ=カンボジア国境線の取材が始まる。

 本書にも記されているが、この取材の中で、1979年1月7日のプノンペン陥落とその後に続いた攻防戦の中で、日本人ジャーナリストとして初めて、三留理男氏がタイ側からカンボジア国境を越えて潜入している。この時の三留理男氏の写真と現場報告は毎日新聞に寄稿され、1979年1月29日付の毎日新聞に潜入ルポが掲載された。

 本書には、「国境線の400日 取材日誌=三留理男」が掲載されているが、この書き出しが、日本からバンコクに向かった1979年1月8日の日誌に始まり、2月18日にアランヤプラテートからバンコクに戻り、東京へレポートを送ったとある。本書には、まず”国境からの第1報”として、「週刊プレイボーイ」1979年2月27日号の三留理男氏の記事が引用掲載されている。1979年2月下旬にいったん帰国するも、「国境線の400日 取材日誌=三留理男」は、ふたたびタイ=カンボジア国境線に戻った1979年4月11日から、バンコクから東京へ第二報に送った1979年6月10日まで続き、”国境からの第2報”として、「週刊プレイボーイ」1979年7月24日号の三留理男氏の記事が引用掲載されている。その後も1979年10月から12月末、1981年4月から国境地帯での取材が続き、1981年6月下旬、カンボジア難民取材中踏み込んだカンボジアの解放区でマラリアに感染し、半年近い療養生活を送られている。アフリカ難民取材を経て、1982年2月から再度国境地帯に入り、”国境からの第3報”が、「週刊プレイボーイ」1981年3月31日号の三留理男氏の記事となっている。1979年1月から1982年2月末の非共産派第3勢力の指導者ソン・サン KPNLF(カンボジア民族解放戦線)議長との会見時まで、政治・軍事情勢の動向も含め、本書での三留氏の取材報告が続いている。

三留理男氏による本書「あとがき」には、”あの800キロの国境線に何があるのかと問われたら、飢えと渇き、病気と銃火、祖国から追われた民と、それでも死が日常的になっている祖国へ戻る民がいる、と答えようと思う。私はうまく言葉で表現できないが、まだ生きているのに自力で歩けなくなったたまえに棄てられる親や子、兄や弟を助けたくとも自分が歩くことにすら最後の力をふりしぼっている人がいることを、どう伝えたらいいのかわからない。砲弾が間近に落ちても、声をかけても微動だにせず、うるさく顔につきまとうハエを追うことも、薬を飲み込む力も残っておらず、泣き声すら出せないところまで疲れ果てた人間が、そこでは珍しくない・・・”と記されているが、写真文庫と謳っているだけあって、報道写真家・三留理男氏の撮影によるタイ=カンボジア国境線の難民の実情をとらえた数多くの写真が収められている。

また、本書に附されている以下の地図資料は有用だ。
■タイ・カンボジア国境線800キロの勢力情勢(1981年10月)
■インドシナ半島全体図
■ベトナム軍のカンボジア進攻図(1979年1月)
■ベトナム軍とポル・ポト軍の動静(1979年1月)
■緊張が高まるタイ軍とベトナム軍(1979年12月末)
■タイ・カンボジア国境線800キロのゲリラ・難民分布図
■インドシナ難民キャンプ等一覧(1979年11月18日)

三留理男氏による写真、ルポ報告だけでなく、坂本隆氏(本書発行当時:『週刊ポスト』誌記者)による『掘立小屋のジャーナリストたち カンボジア報道最前線』という文章では、三留氏の人となりや仕事ぶり、三留氏の仲間であるタイの情報ストリンガーたちが紹介されている。他にも、永井浩氏(本書発行当時:毎日新聞外信部・バンコク支局長)による『「クメールの微笑」はもう見られない タイ・ベトナム両強国の狭間で』、馬渕直城氏(フォト・ジャーナリスト)による『妻・サイホン一家の”出カンボジア プノンペン解放以後のカンボジア』など、他の文章や写真も並び、本書は文庫版ではありながら、三留氏の撮影による数多くの難民のカラー写真をはじめ、いろんな観点からの文章もあり、内容盛りだくさんになっている。

 尚、ベトナム軍のカンボジア進攻直後に始まった三留理男氏によるタイ=カンボジア国境線についての写真・報告集については、廉価な報告集を1日でも早く出版したいということで、1984年のプレイボーイ写真文庫として編集・構成し刊行される以前に、単行本としては異例のスケジュールで、1980年『難民・飢餓の国境線 チュイ・ポン!』(三留理男撮影、週刊ポスト編集・構成、小学館)が刊行されている。            

■本書の目次
チュイ・ポン PART 1
まえがき
目次
国境線の400日=取材日誌

チュイ・ポン  PART 2
飢餓 カンボジア
消えた微笑 クメールの歴史
出カンボジア記 我が妻サイホン一家
掘立小屋の仲間たち カンボジア報道前線基地
逃亡 ラオス
あとがき
メコンを渡った山岳民族「メオ族」
「黄色い雨」は毒ガスか
「アジアに青春を賭けて」 

まえがき <本書より>
国境とは奇妙なものだ。戦火さえなければ、国境地帯のタイ側住民は何の苦もなく国境の川を渡りカンボジア領へ行商に行く。川といってもいちばん川幅の広いところで20メートル、狭いところではわずか10メートル。乾季には水の流れが消えるからほんのひとまたぎで国境を越えることができる。住民はタイ語とカンボジア語の両方をしゃべり、国境の向こうとこちら側で親戚同士になっているという例も少なくない。

タイーカンボジア間では、国境は地図の上にだけ存在する「記号」ていどのものに過ぎなかった。その地図さえいいかげんであり、正確なものは皆無といってもよい。

しかし、ベトナム軍の進攻によりカンボジア戦争が激化、とくに国境地帯が最前線になって以来そのようなのどかな光景は一変してしまった。国境は閉ざされ、地雷が各所に埋められた。国境が国境としての意味を持ちはじめてしまったのだ。あの時、川のほとりであるいはジャングルをぬって聞こえてきたのは、住民同士の日常的なさり気ない対話ではなく、いたいけな幼な子の泣き声であり、飢えとマラリアに倒れた難民の「チュイ・ポン!」という悲鳴だけだった。「チュイ・ポン」とはカンボジア語で「助けてくれ」という意味である。すべての力を失い、体の奥底からしぼり出すようにそう訴えて息絶えた人たちを、何人目撃したことか。あの「チュイ・ポン!」のうめきを、四六時中耳にこびりつかせて私は難民の実情を取材し続けた。400日にわたって・・・いや、これからも取材を続けるだろう。 三留理男

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