メコン圏を舞台とする小説 第20回「チェンマイの首」愛は死の匂い(中村敦夫 著)

メコン圏を舞台とする小説 第20回「チェンマイの首」愛は死の匂い(中村敦夫 著)


「チェンマイの首」愛は死の匂い(中村敦夫 著、講談社、1983年8月)

この作品は1983年8月、講談社より単行本として刊行され(著者のあとがき付、本の帯には五木寛之 氏の文章)、1986年1月講談社ノベルス版が刊行、さらに1988年1月講談社文庫版(高野孟 氏による解説)が刊行された。

《講談社ノベルス》 1986年1月

《講談社文庫》1988年1月

「あっしにはかかわりのねえことでござんす」のセリフと口にくわえた五寸もの長い楊枝で御馴染みの「木枯し紋次郎」。今年(2002年)10月21日、71歳で亡くなった作家・笹沢佐保 氏の股旅物の代表作で、小説のシリーズは1971年に始まり、翌年にはテレビドラマ化され大人気となった。本書は、このテレビドラマでニヒルな無宿渡世人を演じ一躍スターになった現・参議院議員の中村敦夫氏による長編国際情報小説。

『ジャカルタの目』、『マニラの鼻』と続くことになるアジアの「顔」シリーズの国際情報小説の第1弾で、『チェンマイの首』は、”ドッギー”と呼ばれるデューク機関日本拠点員の堂田将司を主人公にタイを舞台とするハードボイルド作品。デューク機関とは、米国の上院議員のある富豪が主宰する私的情報機関で、議員の政治的戦略戦術を決定するために世界各国の極秘情報を収集する”ドッギー”と呼ばれる秘密行動部隊を養成している。過酷な特別訓練をクリアせねばならないこの稼業にどうして堂田が入ったのかははっきりしないが、大学卒業後、警察庁に入るものの1年後に辞表をたたきつけ渡米している。

シャム湾で発見された天然ガス開発プロジェクトをめぐり、日本の大手商社に加え、西独、米の多国籍企業が、日・米・タイの政府を巻きこんでどろどろとした利権闘争を展開していて、その裏面の駆け引きと成り行きを正確に把握するのが、37歳の主人公・堂田の目下の任務だ。来日中のタイ国首相一行や日・タイの取り巻きの言動を探っていた堂田は、タイ国首相のテレビインタビューの収録が行なわれるTBSスタジオにタクシーで向かう途中、東京・赤坂の路上で焼殺事件に遭遇した。現場にいた東南アジア系の怪しい2人組の男を追うと、今度は、首なし死体を目にしてしまう。そして丁度デューク機関タイ拠点員のチャチャイから気になるテレックス文面を受け取ったこともあり、体と切り離された首の正体とその事件の謎を追って、堂田はタイ・バンコクへ飛ぶことになり、ストーリー展開はタイに移っていく。

チャチャイから受信したテレックスには、12年前のキリスト復活祭にあたる日の午後、マレーシアのキャメロン・ハイランドにある別荘から謎の失踪を遂げたタイ在住の米人富豪、タイ・シルク王ジム・ターナーを発見と書かれていた。このジム・ターナーの謎も本書のストーリー展開の一つの鍵になっているが、もちろんこのフィクションのジム・ターナーは、CIA(米国中央情報局)の前身のOSS(米国戦略作戦局)の出身だった実在のタイシルク王ジム・トンプソンがモデルだ。ジム・トンプソンの実際の失踪は1967年3月だ。

タイに飛んだ堂田将司を待ち受けていたのは、同僚チャチャイの死であった。しかも堂田自身も到着そうそうルンピ二警察署の留置場に入れられてしまうはめになるが・・・。謎の若い女ノイをはじめ、山岳少数民族の女、商社のバンコク駐在員、尊王派の右翼過激団体、CIAタイ支部作戦部長や工作員たち、現地で活動するジャーナリストたちなどいろんな人物が登場する。そして一連の謎の事件の背景には、インドシナ情勢や中国・米国の動向など国際情勢を背景に、タイ国軍の諸グループ、華僑財閥、CIA、国民党残党、反体制活動家グループなどが絡み合い、数多くのクーデターを経験してきたタイでもタイの国体を揺るがす前代未聞のクーデターの大陰謀があった。

本書の題名に「チェンマイの・・」とあるので、すぐに舞台はチェンマイに移るのかと思うが、本書のストーリー展開がチェンマイをはじめ北タイに移るのは、後半をかなり過ぎたあたりだ。最初はストーリーがバンコクで展開し、そこからカンボジアとの国境の町アランヤプラテートに移る。ベトナム軍を主力とするヘン・サムリン政権の部隊に追いつめられたポルポト軍をめぐるタイ・カンボジア国境情勢が背景となる。山岳民族やタイスラム、恋や冒険などの話も交え、いろんなシーンがてんこもりで次々に登場し展開していく。あまりにいろんなことがおこり、そのストーリー上での期間が、東京で起った事件の初日も含め、わずか7日間、エピソードも含めても8日間での出来事だったとは、にわかに信じれないほど展開が激しく密度が濃いストーリーになっている。

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