明野 照葉 著
光文社、2001年11月
ISBN4-334-92344-5

1998年にデビューし、2000年、「輪廻(RINKAI)で第7回松本清張賞を受賞。ニューウェーブのホラー作家として注目をあつめた明野照葉氏による2001年の書下ろし長編。本書は明野照葉氏の初のホラーでない小説で、タイを舞台とした作品。本の帯には、「この男はなぜ体を切り刻まれたのか?」と書かれてあるが、本書の書き出しは、ある日本人中年男性が、彼の39回目の誕生日でもあった1999年7月25日に、バンコクのヤワラー(中華街)の自宅アパートで、何者かに体を切り刻まれ、血まみれで虫の息のところを発見され、タイのパトカーと救急車が現場に駆けつける場面となっている。この日本人中年男性が、本書の主人公で、1960年生まれの村瀬修二。この後、時は1年前の1998年に戻り修二の過去が次第に明らかになりながら物語が展開する。

一流の私大を出て中堅どころの商社・大東商事の外食部門で働いていた村瀬修二は、社命によって1993年、タイに赴任となった。会社がアジアでの和食レストラン経営を始めていたのだが、赤字続きで社内でも撤退の時期が噂されるようになっていたシンガポール、バンコクの両店舗を任されたのだった。世田谷の大きな屋敷に育った大学教授の娘で大学時代に出逢った妻の綾と、仲良くバンコクに旅立ったのだが、このバンコク赴任が、村瀬修二にとって破滅への扉だった。

美しく気丈だった妻は、やがてバンコクで精神が崩壊し日本に一人で帰国し二人は離婚。そして、子供の頃からおとなしくて真面目そうで、勉強も優秀で、まともで道を外すことなどまずない良い人に見える修二であったが、固く封印しておいた彼の「心の闇」が暴れ出す。修二は会社を辞めるも日本に帰らず、実家とも音信不通の状態でタイにそのまま残り、まともに働かず、ちゃらんぽらんに過ごしていた。いつのまにか背中に見知らぬ熱帯の死神を背負い込んでしまったと感じていた修二は、あの年がら年じゅう真夏という気候がいけないのかもしれない、街を覆い尽くす糞味噌一緒くたといった匂いもいけない、底の抜けたようなタイ人気質もいけない、空気もいけない・・・、いずれにしても、タイで暮らすようになってから、自分の中の何かが狂ったと思っていた。

実家からなんとか連絡がつき、母親が亡くなった為、1998年9月、5年ぶりに東京の江東区清澄にある実家に一旦帰ることになる。が、日本に自分の居場所がないと感じ、バンコクに戻るときには、ある取り返しのつかないことをしでかす。タイに戻ってからは、このことがきっかけで、旅券偽造、転生(生まれ変わり)ビジネスなどと、闇商売に手を染めていくことになる。そして最後の章で、時は本書冒頭のシーンの1999年7月に追いつき、修二が誰になぜ全身を切り刻まれることにになるのかが明らかになる。しかし話はここで終らず、さらにもう一つの話の展開が用意され、時は2001年、舞台は、東京の北千住の荒川端となっている。修二は、チャオプラヤ川、隅田川、荒川と、川を眺めるのが好きで、本書の中でも、”川”のシーンが象徴的な意味を持って度々登場する。

ストーリーの展開では、バンコクの街のいろんな様相が描かれ、特に日本人駐在員の生活感、更に駐在員妻の様子などは非常にリアルに書かれている。”性質のよくないタクシーの運転手、いい加減でお調子者のタイ人、手加減のないスコール”という、修二の妻が味わったバンコクでのある出来事など、多くのバンコク駐在者が味わったことのある経験ではなかろうか。本書に登場する修二を取り巻くバンコク在留邦人たちも個性的であるが、その一方で、バンコク赴任以前から修二が負っていた過去の「心の闇」というものがどのようなものでどのような出来事があったのかが、いくつか用意され一つずつ明るみになるのであるが、読者が全編を通じずっと気になる仕掛けが出来ている。

読者によっては本書の主人公はいい加減でだらしなくずるいと感じる方もおられようが、似た思いを抱いたことがあるという方も結構おられるのではないか?「この日本のどこに、自分の居場所があるというのか。5年もの間、東南アジアで自堕落な暮らしをしてきた38にもなるたわけた中年男など、誰が相手にするだろう。日本の社会も会社も、それほど甘くはないし余裕もない。」といい、タイに長くいて日本に戻っても居心地の悪さを感じる。その一方で、タイに長く居ても完全にタイ人化する日本人とは違いを感じ、日本を意識し日本を向いてしまう。また、妻の修二への言葉もなかなか痛烈で厳しい。「・・毎日毎日憂鬱の虫を這わせたような面白くない顔をしながら、何だって執拗にここ(バンコク)にい続けようとしているの?・・・何だかんだ言いながら、あなたは日本からここ(バンコク)に流れてこれたことに安堵している。心のどこかで、日本に戻りたくないと思っている。いつもどっちつかずでもっともらしいことを言いながら、逃げてばかりいる」なんているセリフも飛び出す。

さて、なぜ本書が『赤道』という題名なのかが気になる読者は少なくないはずだ。もちろん日本よりは赤道に近いも、バンコクどころかタイ最南端でも赤道以北なのに・・・。この疑問に関しても本書では登場人物たちの会話の中に答えが見つかる。本書につけられた帯に、「完全に狂っちゃったら狂っちゃったで、その方がきっと楽なんだ。」 というセリフが書き込まれているが、北半球の人間と北の磁力、頭のすぐ上を回る太陽、といったワードがヒントだ。また本書では、主人公の村瀬修二について、「コン・マイ・ポー」(充分でない人、足りない人)、この街で顎をだしてのびているバンコクの犬、という表現が何度か使われている。

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