メコン圏を舞台とする小説 第32回「マンゴー・レイン」(馳 星周 著)

メコン圏を舞台とする小説 第32回「マンゴー・レイン」(馳 星周 著)


「マンゴー・レイン」(馳 星周 著、2002年9月、角川書店)馳星周公式サイト「Sleepless City」

本作品は学芸通信社の配信により、「東京中日スポーツ」(平成12年3月29日~平成13年2月28日)「いわき民報」「宇部時報」に連載された『マンゴー・レイン』を大幅に加筆・訂正したもの

<著者紹介> 馳 星周(はせ・せいしゅう)
1965年北海道生まれ。横浜市立大学卒業。出版社勤務を経てフリーライターに。1996年『不夜城』で小説家としてデビュー。翌年同作品で第18回吉川英治文学新人賞を、1998年『鎮魂歌ー不夜城Ⅱー』で第51回日本推理作家協会賞を、1999年『漂流街』で第1回大藪春彦賞を受賞。その他の著書に『夜光虫』『ダーク・ムーン』など多数。<本書著者プロフィールより 発刊当時> 

本書は、中国黒社会が深く根を張った大歓楽街・新宿歌舞伎町で騙しあいを繰り返す者達を生々しく活写した『不夜城』でデビューし、その後も『鎮魂歌ー不夜城Ⅱ』『漂流街』などを発表し、ロマン・ノワールの旗手と言われる馳星周氏によるタイ・バンコクを舞台にとした長編冒険小説。宝探しと争奪戦、追跡と脱出・逃亡劇がバンコク市内を縦横に派手に繰りひろげられる物語で、バンコク生まれバンコク育ちの人買い業の男・十河将人と、雲南から騙されてバンコクの場末の売春宿に売られたメイと呼ばれる中国人女性という他人同士が、互いを決して信頼し合わないまま、自らのどん底の境遇からの脱出を夢見ていろんなグループから狙われながら、メイの客で財閥の創業者の中国系タイ人が残した物をたよりに、共に宝探しをする。

新宿のやくざの依頼を受け、タイのソープの女を日本に引っ張るためにバンコクを訪れていた十河将人(そごう・まさと)は、バンコクのサリカ・カフェで、幼馴染で貿易会社を始めいくつもの会社をタイで経営している小倉富生(とみお)と5年ぶりに偶然再会し、法外な報酬で、仏像を持った中国人の女に偽造パスポートを手配してシンガポールに連れ出す仕事を依頼された。しかし、彼を待ち受けるのは、どす黒い無数の罠だった。

この主人公の男性・十河将人は、タイに腰を据えた日本人の二世としてバンコクのスクムビットのソイ26界隈で生まれバンコクで育った男で、18歳から25歳までを東京で過ごすが、タイでバクチで叔父の遺産を短期間で使い果たし更に借金を抱え、この借金を返済するために、タイ人の妻を日本のやくざに売り渡す、という愚かで冷酷な男だ。自らも再び日本に戻り新宿のやくざの使いっ走りのようなことをして小銭を稼いでいたが、やがて妻はエイズで亡くなり、その後、人買いの仕事を選んでいた。すぐ頭に血がのぼり暴発する危うい面を持っていそうだが、危険察知の状況判断力など、冷静で理性的なところも多々見られる。

一方、十河将人と行動を共にすることになる女性は、本名は別にあるものの、タイではメイと呼ばれてきた中国人美女。叔母に騙され、15歳で雲南からミャンマー経由でバンコク・中華街の売春宿に売り飛ばされ、10年間奴隷のような生活を送ってきたという憎悪と絶望だらけの女性で、過酷な環境で生きることを強制されてきて逆に強さを身につけていた。したたかで強くスキを見せずに一人で周りの男たちを翻弄する。しかし、人が図書館や学校に行くこととかコンピュータを操作できることを羨む場面などには、自由を長年奪われた彼女の無念と彼女の十年を奪ったような連中がのざばっている世界に滾らせる怒りは如何ほどかと哀しい思いにさせられる。

更に本書を面白くしているのは、十河将人と幼馴染同士という男たちの存在だ。十河将人と小倉富生に加えてタイ人のチャットという、大金持ちと人買いとやくざの3人の絡みが複雑で微妙だ。チャットはタイの陸軍に入隊するが除隊するとヤクザのボディガードになっていた。3人は昔はよくつるんで悪さをしており、本書でも子どもの時の3人のエピソードが色々と思い返される。

本書のストーリー展開はバンコク市内に限定されながらも、バンコク市内を縦横に移動し暴れまわっている。スリウォン通りのサリカカフェでの十河将人と小倉富生の偶然の出会いから、サイアムスクエア、中華街、スクムビット通り界隈などでのストーリー展開から、チャトゥチャック市場やロイヤル・シティ・アヴェニュー近辺での逃亡劇などをはじめ、ストーリーの移動展開が多く、バンコク市内のいろんな通りや場所が登場し、土地勘がある人にとっては楽しみが倍増することであろう。一見意外に思えるラストも、最後までこの作家らしい展開だと思えた。

■関連テーマ
●ワット・リアップ
●バーツ暴落とタイ・バブル崩壊
●カンボジアのカジノ経営
●マンゴー・レイン (雨季の訪れを告げる夕立)

■ストーリー展開時代
・2000年(具体的記述はないが、バーツ陥落後で、去年の暮れに、スカイトレイン(BTS)が開通したとあることより) *1999年12月5日にバンコクの高架鉄道が開通

■ストーリー展開場所
・バンコク

主な登場人物たち
・十河将人
・小倉富生(十河の幼馴染)
・チャット(十河の幼馴染)
・ナン(十河将人の亡き妻)
・メイ(雲南出身の女性)
・プレーク・スワンワッタナクン (タイ政財界の黒幕)
・プラウィット・スワンワッタナクン(プレークの長男)
・ロイ(チャットのボスで中華系のやくざ)
・チョイ(バンコク有数のやくざ)
・プラチャイ・ソーポンパーニット(調査事務所、元軍の情報部勤務)
・チャルン・スリムアン(潮州系タイ人、大財閥の創業者)
・ラウェーラット(チャルン・スリムアンの妻)
・ジャック(サハチャイ・ウォラチャット、スチンダー・ウォラチャットの息子)
・サム(タイの人買い)
・円寂(日本人納骨堂を管理する僧)
・ハードロック・カフェのウェイター
・ノヴォテルホテルのバーの若い男
・中華料理店店員
・パスポート偽造屋の親方(元タイ共産ゲリラの闘士)
・ディン(パスポート偽造屋の少年)
・ゲン(やくざ経営レストランのスタッフ)
・オブ(やくざ経営レストランのマネージャー)
・リタ(ナナ・プラザのマネージャー)
・岡部俊昭(バンコク在住の詐欺師)
・ヌー(麺の屋台をひいている中国系)
・サット・ムナラー(タピオカ貿易経営)
・チャムロン・ヴィーラワイタヤ(王室系巨大財閥の幹部)
・ガウ (バイクタクシーの17歳の運転手)
・中尾勝(詐欺師)
・モーテルの管理人
・ブーン(チョイの手下)

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