メコン圏を描く海外翻訳小説 第11回「リトル・サイゴンの弾痕」(テリー・ホワイト 著(Teri White)、橘 雅子 訳)

メコン圏を描く海外翻訳小説 第11回「リトル・サイゴンの弾痕」(テリー・ホワイト 著(Teri White)、橘 雅子 訳)


刑事コワルスキー「リトル・サイゴンの弾痕」(テリー・ホワイト 著(Teri White)、橘 雅子 訳、文藝春秋(文春文庫)、1987年4月)

<著者紹介> テリー・ホワイト Teri White
1946年、カンザス州トピーカ生れ。処女作「真夜中の相棒」で1983年のMWA賞(ソフトカバー・オリジナル部門)を受賞。翌年書いた「刑事コワルスキーの夏」をシリーズ化して本書はその第二作である。シリーズ外では”Max Trueblood and Jersey Desperado”がある。(訳書はいずれも文春文庫)(本書著者紹介より、本書発刊当時)

<訳者紹介> 橘 雅子(たちばな・まさこ)
昭和19(1944)年神戸市生れ。津田塾大英文科卒。訳書にヒラリー・ウォー「トップレス・バーの女」「パーク・サイドの殺人」(ケイブンシャ文庫)などがある。(本書訳者紹介より、本書発刊当時)

本書の原作は、1986年刊行の『Tightrope』。原作者のテリー・ホワイトの前作『刑事コワルスキーの夏』に引き続き、ロスアンジェルス市警のスペイスマン・コワルスキーと、ブルー・マガイア両刑事のコンビによるシリーズの2作目。陥落直前のサイゴンで、南ヴェトナム軍のゴ・トラン将軍が路地で何者かに殺されるという暗示的なプロローグで始まる作品。南ヴェトナムの将軍ゴ・トランは、アメリカが始めた偉大なる暴挙ともいえるヴェトナム戦争がどういう結末を迎えるか、ずいぶん前にわかっていて、万事抜け目のない彼は、それを見込んで周到な計画をたて、アメリカ人を仲間に入れ途方もない宝物を分捕り、妻と2人の子供たちと共に、ヴェトナムを脱け出てアメリカで悠々自適の生活をしようとしていた。しかし宝物を分捕りアメリカ人の仲間と合流する前に殺される。

 時はサイゴン陥落から何年かたったロスアンジェルスで本編ストーリーは展開する。クリスマスも近いロスアンジェルスのダウンタウンで、サイゴンで役人だったベトナム難民で今は「リトル・サイゴン・カフェ」という食堂店主であるドン・ホアという男が、後頭部にたった一発の銃弾を撃ち込まれるという死刑執行スタイルで殺された。続いてブロードウェイに近い現場で、同じ様な殺され方で売春婦が殺害されるという事件が発生する。

 2つの事件の担当となったロスアンジェルス市警のスペイスマン・コワルスキーと、ブルー・マガイア両刑事は、動機も不明、めぼしい手がかりもつかめず捜査に行き詰まるも、両刑事は、同一犯人の仕業と見て、最近目立ってきたヴェトナム難民の街に分け入ってゆく。そして両刑事は、振り回されながらも、地道な捜査を続け、主犯とおぼしきウルフというニックネームを持った元米軍特殊部隊中尉を次第に追い詰めていく。

 一方、同時進行の形で、ウルフというニックネームを持った元米軍特殊部隊中尉ラース・モーガンは、ヴェトナム帰りの奇妙な友情で結ばれた仲間、ウィルシャー・ブールヴァード通りのビジネス街にある瀟洒な建物でヴェトナムをテーマとした写真展を開こうとしていた写真家のデブリン・コンウェイや、超高級ホテルのビバリー・ウィルシャーホテルのあたりをうろつくジゴロのトビアス・リアダンのもとを久しぶりに訪ね歩き、彼らを4百万ドルのダイヤモンドを手にするというギャング相手の危険な仕事に引き入れていく。

 本書の邦訳タイトルは「リトル・サイゴンの弾痕」となっているが、原題タイトルは、「Tightrope」で、綱渡りの張った綱ということは、ラース・モーガンが、奇妙な友情でつながる仲間の男たちを誘って、麻薬を取引するギャング相手に挑む危ない仕事のことを意味しているのであろうか。尚、邦訳タイトルに「リトル・サイゴン・・」とあるものの、右記にあるように本書ストーリー展開場所は、ロスアンジェルス郊外のオレンジ郡にある一大ヴェトナム人コミュニティのリトル・サイゴンではなく、ロスアンジェルス市のダウンタウンとその周辺エリアとなっている。

 ロスアンジェルス市警のスペイスマン・コワルスキーと、ブルー・マガイアという、なかなか個性的な両刑事は、共にヴェトナム従軍体験を持っていて、本書では、両刑事コンビの事件の捜査過程だけでなく、両刑事の私生活が細かく描かれている。本シリーズの前作『刑事コワルスキーの夏』を読んでいない読者のために、捜査側の主要登場人物の紹介が、巻末の訳者あとがきに記されているので、先に訳書あとがきの両刑事紹介に目を通しておいたほうがいいかもしれない。コワルスキー刑事は、表紙カバーのように肥満体の中年刑事で、離婚歴があり現在独身、前妻が引き取った一人息子は思春期の難しい年頃。一方、相棒のブルー・マガイア刑事は、おしゃれでハンサム、おまけに親から莫大な財産を受け継いだ大金持ちのハーヴァード大学の犯罪学修士号を持つ独身若手刑事で、ヴェトナムに志願入隊した変り種だ。

 ロスアンジェルスに暮らすヴェトナム難民やギャングの話、ヴェトナム従軍体験を共に持つ主役の両刑事コンビや3人の男たちの話だけでなく、アメリカ社会のヴェトナム戦争後遺症の問題にも触れている。ブルー・マガイア刑事に匿名の正体不明の電話が真夜中ずっとかかり続けるが、捜査の過程でヴェトナム退役軍人センターを訪ねたときに、麻薬中毒や枯葉剤など、色々な問題の一つにPTSD(戦争など、強いストレスの経験者の精神疾患)があるとの話を聞くことになる。

関連テーマ
●ロスアンジェルスのヴェトナム人社会
●ポスト・ヴェトナム・シンドローム
●アメリカ社会のヴェトナム戦争後遺症

ストーリー展開時代
特に明記なし。1980年代のある年の年末年始

ストーリー展開場所
・ロスアンゼルス
サード・ストリート、ウエスト・ハリウッド、ウィルシャー・ブールヴァード、ブロードウェイ、ビバリー・ヒルズ、サンタモニカ、クレンショー・ブールヴァード、オリンピック・ブールヴァード、ナインス・ストリート、センチュリー・シティ、パサデナ、マリナ・デル・レイ、アルヴェラード・ストリート
・ベトナム サイゴン

主な登場人物たち
・スペイスマン・コワルスキー(ロスアンジェルス市警刑事)
・ブルー・マガイア(ロスアンジェルス市警刑事)
・マクギャノン(ロスアンジェルス市警警部補)
・ラース・モーガン(元米軍中尉)
・デヴリン・コンウェイ(写真家、元UPI通信特派員)
・トビアス・リアダン(元米軍軍曹)
・レイニー(スペイスマンの恋人)
・ロビー(スペイスマンの息子)
・カレン(スペイスマンの前妻)
・シャロン・エンゲルス(検死官ブルー・マガイアの恋人)
・ドン・ホア(ベトナム難民。「リトル・サイゴン・カフェ」店主)
・メリベス・ウェクスラー(売春婦)
・アディソン(アディソンギャラリー経営)
・ハナ(共和党上院議員夫人)
・エンジェル・トラン(ロスアンジェルス・ヴェトナム・センターの女性職員)
・フィリップ・トラン(トラン将軍の息子)
・ジョー・スピノザ(元警官、警察署の隣にある安食堂経営)
・スペイン系のアパート管理人
・ロイ(スペイスマンの黒人密告屋)
・ルウ・ペトリ(黒人刑事)
・シオドア・ヴァカルロ(ギャングの手下)
・ミルト・ダンカン(ヴェトナム退役軍人センター)
・ドミニック・デルヴェッキオ
・クオック(ニューズ・スタンド店主。かつてサイゴン警察の超大物)
・リン・パク(情報屋)
・ダニー・モレル(ブルーの元軍人仲間)

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