メコン圏の写真集・旅紀行・エッセイ 第12回「ベトナムの食えない面々」(本村 聡 著)

メコン圏の写真集・旅紀行・エッセイ 第12回「ベトナムの食えない面々」(本村 聡 著)


「ベトナムの食えない面々」(本村 聡 文・写真、めこん、1997年7月発行)

 ≪著者紹介≫ 本村 聡 1965年、東京都生まれ。フォトジャーナリスト。新聞社での写真記者生活を経て、94年よりフリーランスに。海外、東京、北海道を行ったり来たりの取材生活。共著に『ベトナム沸騰読本』(宝島社)がある。(本書紹介文より)ー本書発刊当時ー

”ベトナムの食えない面々”という本書タイトルは、ベトナムを少し深く旅したり、ベトナムといろいろな付き合いがある人なら、思わずうなづいてしまえるようなタイトルであるかもしれない。もちろんどの国民にも”食えない面々”は多々存在するのであろうが、ベトナムは他国に比べひときわその印象が強いだろう 。本書は、1994年以来、撮影取材と称してベトナムの旅を続けているという著者が、旅の中で出会った、一人一人てんでばらばら、しかもそれぞれが強烈な個性を放って生きているベトナムの人たちの話21編を著した本だ。

 ハノイ・ホアンキエム湖周辺の靴磨き少年、ハノイ・ザンボー通りの「チョ・グォイ(人間市場)」の失業男、ラオス国境に近い北西部ディエンビエンフーのエリート警官、北西部サパで朝から酒を飲んでいた老人、メコンデルタの市場のオバチャンたち、サイゴンの路地裏のヤシ売り少年、元ベトコンの神経質な通訳、ジャズを禁じられた一流歌手、チョロンの台湾人実業家の「無尽講」や「闇銀行」、マングローブ林の蘇生に取り組む大学教授などの話が紹介され、多様で複雑なベトナムの姿を知ることができる。日本にあこがれるボートピープル帰還者、元解放軍兵士、昔のサイゴンはきれいで賑やかで美しかったと語る元ジャズシンガーなどの話は、「ドイモイ」とは、「ベトナム戦争」とは、「革命」とは、「豊かさ」とは、「自由」とは、「日本」とは、といった大きな問題も考えさえられる話だ。

 21編の冒頭の話のタイトルは「サウ・ラム!」。体を包むギラギラの太陽光線と、ムンムン蒸れる排ガスと生ゴミの匂いの中で、目に飛び込んでくる狡猾で、ふてぶてしくて、露骨に生命力をさらけ出す出たら目な人たちを前にして、著者はベトナム語で「サウ・ラム(最低だ)!」と叫ぶ。中でもこの言葉がぴったりと思える圧巻はタイトルのつけ方もおもしろい「チャーコーの海岸物語」編であろう。ベトナム最北部で中国と直接国境を接しているモンカイの街の海沿いの隣村チャーコーでの出来事だが、砂浜に著者たちの乗った車がはまったトラブルに、次々に集まってきた村人たち。ここから日本人の普通の感覚からは意外な(ベトナムでは「自然な」)展開が待っていることになる。

 ハノイやサイゴンといった大都会の諸相も路地裏の様子を含めいろいろと映し出されているが、ベトナムの地方部も北から南まで取り上げられている。北は中国と国境を接する海側のモンカイ、ライチャウ省の対フランス戦で有名なディエンビエンフーからラオス北西部との国境地点タイチャン、植民地時代にフランス人の保養地として開かれたサパ、北部の漁村ドーソン、ハイフォンなど、南はメコンデルタから、ベトナム南西端でベトナムの調味料ヌクマムの産地として知られるフーコック島といった具合だ。

 また、他にもヌクマムの生産、1993年のボートピープルの大量発生の事情、「労働協力」と呼ばれた旧ソ連や東欧諸国への出稼ぎなど、個別の興味深いテーマについていろいろと本書から知ることができる。マングローブ林の蘇生に取り組む大学教授の話のところでは、アジアでも有数のマングローブ林が存在した国が、度重なる戦争と貧困によって、マングローブ林が失われていった経緯、フランス統治時代の水田開発に端を発するマングローブの大規模破壊やベトナム戦争時に米軍が行った枯れ葉作戦による被害、解放戦線の重要な拠点としての森林、そしてベトナム戦争後の国作りの中での国家規模の植林事業が進められたが、1980年代後半から顕著になったエビ・カニの養殖地建設の影響について語られている。(本書166頁~171頁)

本書は21編のベトナム人の話以外に、50点以上に及ぶ写真(白黒)が「シクロの男たち」「少数民族の貌」「メコンデルタの女神」「予感する世代」と題したベトナム・グラフィティーとして大きく取り上げられている。どれにもキャプションを付けていない、この写真のページも、じっくり味わいたい。また、本の作りや各所のデザインもなかなか凝っている。話に関係する写真を円形に繰り抜いたものが21編の各タイトルに置かれているが、見開きページの左側には大きくベトナム語の単語が記されている。本書を読む限り特に説明がなく、デザインとしてベトナムの雰囲気を出すためにベトナム語の単語を大きく配しているものと思われるが、ちなみにこれらの単語はベトナム料理関係の単語が使われている。

本書の目次

私のベトナム地図
ハノイ
サウ・ラム 最低だ!/ベトナム語の先生/「うず潮」と主婦/人間市場/ ベトナム・グラフィティー★シクロの男たち

北の国境
国境のエリート/サパの老人/チャーコーの海岸物語/ハノイホテル/ ベトナム・グラフィティー★少数民族の貌

メコンデルタ
メコンデルタの女神/ライさんの家/バナナと肉まん/南の島の芳香/ ベトナム・グラフィティー★メコンデルタの女神

サイゴン
路地裏の少年/”挽歌”を聴いた夜/チョロン/北からやって来た通訳/ ベトナム・グラフィティー★予感する世代

再び北へ
難民の夢/タクシー・大学・株式会社/木を植えた人/元兵士と偉人の孫/ ヴィンのクリスマス、ハノイの大晦日

あとがき

関連ワード (本書に登場する語)
ボートピープル
(本書154頁~160頁)
南部から大量の難民が現れたベトナム戦争直後でも、多くの中国系難民が出国した中越紛争時でもない1993年夏、突然発生した大量のベトナム難民。やってきたベトナムからのボートピープルたちの約9割が、ベトナム北部の漁村ドーソンと隣町のハイフォンの出身者であったという。1993年に日本にやってきた難民のほとんどは、日本での就労を目的とした経済難民とのことで翌1994年にベトナム本国に送還されている。

ベトナム語
・モッ・チャム・フン・チャム(「100分の100」)酒宴において、グラスに入った酒をすべて飲み干す
・チャオ・ガー(鳥粥) ・ビアオム(ホステス付のビアホール) ・テト(旧正月) ・ソイ(おこわ) ・セ・マイ(バイク) ・セ・オト(車) ・フォー(ベトナムうどん) ・カフェスアダー(アイスミルクコーヒー) ・ティエンフォン(先鋒) ・クオックテー(国際) ・プーディエン(郵便局) ・サイゴン・デップ・ラム!(なんてサイゴンは美しいんだ) ・ヌクマム ・コンビンザン(大衆食堂) ・カー・コム(ヌクマム作りに使う魚) ・ホンサオ(問題ない)・チョーイ(遊ぶ)・チュオイ(バナナ) ・バインバオ(肉まん)・カーロック(雷魚に似た川魚) ・カインチュア(南部名物の甘酸っぱいナベ) ・チョー・オーイ(ああ、天よ) ・シンロイ(すみませんが)・カムーン(ありがとう) ・バオニュー(いくら) ・チベコ(ベトナムコーラ)

地名
・ゲアン省 ・ハティン省 ・ゲティン ・ヴィン ・ハイバーチュン通り ・ホアンキエム湖 ・ミンハイ省 ・モンカイ ・ハイフォン ・ドーソン ・ブイビエン通り ・ビンタイ市場 ・レロイ通り ・サイゴン川 ・フーコック島 ・クアンニン省 ・ニャチャン ・ファンティエット ・カントー ・クアンニン省 ・北崙河(ソン・カーロン)

その他
・越僑 ・ベトナム戦争 ・刷新(ドイモイ) ・ホーチミンルート ・サイゴン解放 ・バンメトートの戦い ・ラオス救国戦線 ・グエン・チ・ビン女史(解放戦線政権の外相としてパリ会議でも活躍) ・枯れ葉剤 ・ハノイタクシー ・レッドタクシー ・PTタクシー ・Vタクシー ・バックホー(ホー叔父さん) ・再教育キャンプ ・「ティエンフォン」(先鋒) ・チャム族 ・クメール族 ・レックスホテル ・マジェスティックホテル ・開高健 ・近藤紘一 ・ハノイホテル ・村山首相訪越 ・中越戦争 ・抗仏戦争 ・モン族 ・ターイ族 ・ボーグエンザップ将軍

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