論考「遥かなるメコンを越えて ナーンの旅、そしてプーミン寺壁画」④

論考「遥かなるメコンを越えて ナーンの旅、そしてプーミン寺壁画」

(蔵屋敷滋生 くらやしき・しげお 投稿時:出版社役員,59歳、千葉県柏市在住)

第1章 タイ族のルーツ ③

南詔国についてもう少し紹介しておきたい。唐代(7世紀初から10世紀初め)の『雲南志』(『蛮書』)は雲南北部に烏蛮、白蛮の二大系統の民族がいたと伝えている。南詔国は7世紀前半に烏蛮の王・蒙舎詔が建国したといわれる。詔は王の意味で、蒙舎詔は雲南の最も南の地域を支配したので「南詔国」と呼ばれた。

最近では、雲南二大民族のうち「烏蛮」は現在の黒イ族(ノ・ス。騎馬遊牧民)やナシ族の祖であるとみられ、「白蛮」は白イ族(ア・シ。水稲農耕民)で、その一部にタイ族やミャオ族が含まれていたとされる。だが、主流は現在の白(ぺー)族の始祖であった、との見方が支持されている。また「南詔国」高官の中には「白蛮」の名も見られるところから、両民族は行政面も含め相互に交流し合っていたことが分かる。

しかし基本的には、「白蛮」は武装集団である「烏蛮」に支配、従属し、農耕を通じて経済的側面の補完や生活基盤を確保する立場にあったらしい。「白蛮」の一部は「奴隷であった」とする記述もみられる。したがって「白蛮」が現在のタイ族に近い民族だったとしても、「南詔国」がタイ族の国であったとはとてもいえない。ただし、この時代には「タイ族」の農耕技術はかなり高度のものに昇華されていて、「異民族」から頼りにされていたのではないだろうか。

「タイ族」の中国西南部からの移動は従来「漢民族やベトナムのキン族から逃れるため」とされてきたが、もう一つのきっかけはさらに北西の南詔国(イ族)からの「迫害」「隷属的生活からの逃避」の姿も見えてくる。かなり具体的に、「最初(7~9世紀)は数万人の規模で、10~11世紀には20~30万人が、あるものはアッサム、大半はラオス、タイ、ビルマに移住した」と指摘する本もある。ここにはベトナムへの移動は書かれていない。先述した、壮族(チワン)と共同生活をしていた「タイ族」が広西省から出て、現在のベトナム、ラオスを経由しタイへ南下したのと別の移動ルートがあったのかも知れない。

「南詔国」は現在の東北タイあたりまで勢力分布を拡張させた時代もあったらしい。だが、10世紀初にクーデターなどで自滅し、代わってペー族による「大理国」が建国された。「大理国」に隷属していたのが雲南にとどまっていた「金歯」「銀歯」と呼ばれた「タイ族」である。元代になるとイ族の末裔はロロと呼ばれた。

「タイ族」は2つのルートで南下した。それを裏付けるのは14世紀末の『百夷伝』である。そこには13世紀中頃の諸々の「蛮夷」(百夷)について書かれている。「百夷」は、サルイン川以西からイラワジ川地域に住む「大百夷」とサルイン川の以東からメコン川流域の広い範囲に住む「小百夷」に別れていたというのだ。うち「大百夷」は先住民のモーン・クメール系民族、後来のチベット・ビルマ系民族を支配下に置いていたと書かれている。また「大百夷」の中の「金歯蛮」は元帝国の力を借りて13世紀初に「ムンマオ王国」(ムアン・マオの意味。雲南省端麗地区とビルマのシャン州)を建国している。

一方、「小百夷」の中からは雲南地域を治めた「車里王国」(後のシーサンパンナのタイルー国)、さらに13~14世紀にかけて北部タイではスコータイ王国、「八百媳婦」(ラーンナー国)やラオスにもランサン王国など「タイ族国家」が誕生していた。

   魅惑のメコン圏――歴史・民族、文化
http://www.bangkokshuho.com/articles/mekon/mekon802.htm

つまり中国の歴史書でみるかぎり「タイ族」は3000年前ぐらいから古代中国の南西部に三日月状に住んでいたことが分かる。しかも「国」と呼ばれるほどの組織だった集合体ではなく、巨大で強力な異民族のもとで「共同生活」あるいは「支配・従属生活」を送っていたと、推測される。またそのことを可能にしたのが「稲作技術」だったのだろう。「タイ族」の移動は2つのルートをとおり、早いものは中国の南西部から3世紀ごろ、7世紀にはいって移動の集団化が起こり、ピークは11世紀だったとみられる。

そして13世紀初に雲南のシーサンパンナ、中国・端麗とビルマ・シャン州にまたがるムンマオ、後半にはヨム川沿岸に建国されたタイ初の王国・スコータイ(シーサッチャナーライも含め二核国家とみる人もいる)、また北部のメコン沿いのラオスにランサン王国、チェンセンを核とするラーンナーの建国をみる。

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