水人形戯(ムア・ゾイ・ヌオック)

2002年5月掲載

水を利用して水中に舞台を作り、水の中に人形遣いが入って人形をあやつるベトナム伝統芸能

ベトナム北部、紅河デルタ地帯の農村に古くから伝わる伝統芸能の一つ。ベトナム語ではムア・ゾイ・ヌオックとよばれ、水上で演じられる世界的にもほかに類をみない人形劇。”ムア”は踊る、舞うの意味、”ゾイ”は人形の意味、”ヌオック”は水の意味。

水中あるいは水上または水を利用して演じられる人形劇としては、かつては中国にもあり、宋代には水上に種々の人形が出たり入ったりする水傀儡が市中の見世物として盛んに演じられ、明代には演劇性が増し、話を語る語り手が登場し語り手に合わせて水人形があやつられたが、その後姿を消してしまう。このため、この珍しい形態の人形戯は、現在ではベトナムにだけ伝承されているという貴重なもの。(ベトナムに見られる水人形戯が、中国での水傀儡と同様のもの、またはその流れを汲んだものと推測もできるが、1993年刊の宮尾滋良著『アジア人形博物館』ではまだ分らないと書かれている)

ベトナムの水人形戯(ムア・ゾイ・ヌオック)の起源については、11世紀に興った李朝(1010年建国)以前からあったらしいとの見解もあるが、遅くとも12世紀に遡ることができるといわれている。宋の大軍を破り国の危機を救った李朝の勇将リ・トン・キエト(李常傑)を研究した歴史学者ホアン・シュアン・ハン教授が解読した碑文によると、李朝第4代皇帝リ・ニャン・トン(仁宗。在位1072年~1127年)の徳業と偉業を賛美するために、1121年皇帝の前で水人形戯が上演されている。 この碑文には「リ・ニャン・トン皇帝の徳望と偉業を賛美するために、自動仕掛の創造物が捧げられた。それには大亀が背に3つの山をのせ、労水をゆっくりと泳ぎ、口からは水を吹き出している。もう一つの自動仕掛は、小さな青銅で作られた人物で、鈴を鳴らし、横笛の音を聞きながらまわることもでき、頭を下げては丁寧な挨拶をする」ということが刻されているとのことだ。

水人形の操り方については、水の中に潜って水中からあやつるのではなく、池の端にに設営された舞台小屋の簾や幕の裏側で胸のあたりまで水中につかって、長い竿状のものの先に取り付けられている人形を、竿状の棒を握って操る。人形遣いは、幕や簾の裏側にいるため、観客からは見えず、人形を操る棒や糸も水で隠れ、観客には人形動作のからくりは観客にはわからず、ただ水上で舞い踊る人形の動きだけが目立って見えるようになっている。舞台小屋には屋根がつけられていて、その様式が寺廟に似ているので、この舞台は”水の寺廟(ニャー・トゥイ・ディン)”と呼ばれる。

水人形戯では、チェオ(Cheo:紅河デルタの民衆に支えられてきた歌舞劇)に見られるような、終始一貫した明確なストーリー性を見いだすことはできず、様々な情景の集合体のようなものになっている。宮尾滋良著『アジアの人形劇』『アジア人形博物館』では、本来の表演様式と思われる伝統的な演目25種の上演順序が紹介されているが、その伝統的な演目25種の題材分類は、(1)歴史物語を題材 (2)日常生活を題材 (3)宇宙、神話、信仰を題材 となっている。上演は、すべて音楽と歌で進行し、舞台の横にある水の上に浮いた舞台で、歌い手は立って歌い、音楽演奏者は座って、太鼓をはじめ小鑼、笛、十六絃などの演奏をする。

水人形戯は、本来は屋外の湖沼などで演じられていたが、現在では、ハノイのホアンキエム湖ほとりのタンロン水上劇場など、常設の屋内劇場館があり、観光スポットとして外人観光客向けのツアーコースにも組み入れられている。また最近(2002年3月)、NHKのTV番組「地球に乾杯」で、村への観光客誘致のために、水人形戯の復活伝承に取り組むハノイ近郊の村人たちの様子が紹介された。

引用参考文献:
『アジアの人形劇』(宮尾慈良 著、 三一書房、1984年7月)
『アジア人形博物館』(宮尾慈良 著、 大和書房、1993年12月)
『ベトナムの事典』(鈴木康央 氏執筆担当、同朋舎)

●中国での水傀儡
中国での水傀儡の名称は、宗代の孟元老著『東京夢華録』巻七、駕幸臨水殿観争標錫宴を所見とするが、水傀儡は魏代(3世紀)の水転白戯という水力によって動かす水からくりや随代の水飾(精細な仕掛けによる人形動作のからくり人形)なども含めた称としてあり、水を使った人形劇となるとかなり古くからあったことになる。
随代の水飾については、宋初の『太平廣記』巻二二六で、随の煬帝時代の記録を集めた『大業拾遺』を引用し、その精細な仕掛けによる人形動作についての記述がある。
明代には、劉若愚の『酌中記』に水傀儡のことが記されている。

引用参考文献: (『アジアの人形劇』宮尾滋良 著、三一書房)

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