タイの新婚邦人襲撃事件

2002年5月掲載

新婚旅行中の日本人夫婦がバンコク空港から乗った白タク運転手に襲われ男性は死亡(1989年3月21日)

バンコクを新婚旅行中の日本人夫婦が、1989年3月21日未明、バンコク国際空港から、バンコク市内に向かうため、客として乗った白タクの運転手に襲われ、夫は意識不明の重体、妻もけがをした。被害にあったのは、神奈川県■■市、県立■■■■高校教諭、■■■■さん(32)と妻のデザイナー、■■■さん(34)。

タイの日本大使館に入った連絡によると、1989年3月21日午前1時ごろ、バンコク空港で、タクシーと思って乗り込んだ車でバンコク北郊外のノンタブリ県に連れ出され、運転手ら2人の男に車外にひきずりおろされて頭部を殴られ、リュックサックやカメラなど旅行荷物を奪われた。

倒れている2人を約2時間後に、地元警察のパトカーが発見(ノンタブリ県サイマ地区の路上)、病院に運んだが、男性は頭の骨を折っており、意識不明の重体。女性も頭に打撲症などを負った。タイ警察当局は、バンコク空港に出没する白タク業者の犯行とみて、意識の回復した女性に、白タクの札つきグループの顔写真などを見せる一方、空港周辺の聞き込み捜査から容疑者を絞り込んでいった。(バンコク空港では、本事件発生当時の10年以上も前から、この種の白タクが横行、特に本事件発生当時の3,4年前からの観光ブームでさらに増していて、これまでにも西洋人の観光客らが同様に襲われて負傷するなどの事件が起こっていた。)

この日本人夫婦は、1989年3月19日に挙式をあげ、3月20日、成田発のノースウエスト機でバンコク空港に到着。バンコク市内で一泊した後、ネパールへ向かう予定だった。高校教諭のこの日本人男性は、大学卒業後、1年半かけて東南アジアなど34カ国を回るなど、海外旅行好きで、特に東南アジア好きの「海外慣れ」した人であった。

意識の回復した女性の証言によると、事件当日の1989年3月21日未明、2人をバンコク国際空港から乗せた白タクは、最初運転手1人だけだった。が、途中でエンストするなどし、再び空港に引き返して、別の男が助手席に乗り込んだ。バンコク市内とは逆の約15キロ北方のノンタブリに連れて行かれ、人気のない夜道で夫婦とも車から引きずり出され、いきなり凶器で頭などをメッタ打ちにされたという。

意識不明の重体だった日本人男性は、事件発生から3日後の3月24日午前6時45分、入院先のプミポン病院で亡くなった。遺体は、3月25日午後、プミポン病院から遺族に引き渡され、バンコク市内のスクンビット通り沿いにあるタトーン寺院に安置され、翌3月26日荼毘にふされる。日本人男性の遺骨は、3月27日早朝のバンコク発成田行きの日航728便で、妻と実父らに守られ、日本に戻った。

その後、タイ空軍憲兵隊とタイ警察当局は、1989年4月5日、タクシー運転手の犯人2人を逮捕したと発表(2人の逮捕は4月4日夕)。2人はふだんは普通のタクシーの運転手をしているが、勤務がない場合に、白タクを副業としていた。2人は一旦は犯行を自供していたが、1989年4月19日ノンタブリ地方裁判所で開かれた第2回公判で、強盗殺人罪で起訴されていた両被告は、これまでの供述を覆し、犯行を全面否認した。1984年度マグサイサイ賞を受賞するなど人権派弁護士としてタイで著名なトーンバイ・トンパオ弁護士も4月24日の第3回公判から、この事件を「捜査当局による自白の強制」とし冤罪事件として争う弁護側に加わることにもなった。

日本にも衝撃を与え、タイのイメージを損なったこの事件の裁判の結果については、1989年6月29日、強盗殺人罪に問われていたこの2人に対し、タイのノンタブリ地方裁判所は、それぞれ死刑の判決を言い渡している。

参考引用資料:
*1989年3月~6月の「朝日新聞」など

●容疑者逮捕から判決迄
タイ警察当局は、バンコク空港に出没する白タク業者の犯行とみて、意識の回復した日本人女性に、白タクの札つきグループの顔写真などを見せる一方、バンコク国際空港周辺の聞き込み捜査から容疑者の絞込みを行っていった。
バンコク空港警察は、1989年3月25日朝、犯人2人組につながるとみられる容疑者の1人を逮捕した。
また、3月25日朝逮捕された容疑者のほかに、2人の容疑者がタイ警察当局に逮捕された。
タイ警察は、これら3人の容疑者を逮捕、追及していたが、3月27日確証がつかめず全員釈放した。
4月3日には、タイ字紙デーリー・ニュースが、直接、棒で殴り殺した犯人は水上警察の警官で共犯とともに逃走していると報じたが、警察側はこの報道を全面的に否定。
タイ空軍憲兵隊とタイ警察当局は、1989年4月5日、35歳、30歳のタクシー運転手の犯人2人を逮捕したと発表。2人の逮捕は4月4日夕で、空軍憲兵隊の調べでは、2人は日本人夫婦から奪ったジャケットやTシャツ、カバンなどの証拠品を持っていたとのこと。
4月6日、タイ警察は2人を殺害現場まで連行し、現場検証を行う。
主犯の■■■■■は調べに対し、「■■さん夫婦を人気のない現場で車外に引きずり出し、車内の貴重品だけを奪って逃げようとしたが、■■さんが柔道で抵抗、格闘となり、怖くなってそばの建設現場にあった木材で頭をめったうちにした」と自供。犯行の動機については、「3ヶ月分の家賃が払えず、金が欲しく、裕福な日本人観光客をねらった」と自供。
タイのノンタブリ地方裁判所は、1989年6月21日、強盗殺人罪に問われていたタクシー運転手■■■■■・■■■■■(35)と同■■■■・■■■■■■■(30)両被告に対して、それぞれ死刑の判決を言い渡したほか、妻■■■さんに補償金約2万9千バーツ(約14万5千円)を支払うよう命じた。

関連記事

おすすめ記事

  1. メコン圏に関する中国語書籍 第4回「腾冲史话」(谢 本书 著,云南人民出版社)

    メコン圏に関する中国語書籍 第4回「腾冲史话」(谢 本书 著,云南人民出版社 ) 云南名城史话…
  2. メコン圏を舞台とする小説 第41回「インドラネット」(桐野夏生 著)

    メコン圏を舞台とする小説 第41回「インドラネット」(桐野夏生 著) 「インドラネット」(桐野…
  3. メコン圏現地作家による文学 第11回「メナムの残照」(トムヤンティ 著、西野 順治郎 訳)

    メコン圏現地作家による文学 第11回「メナムの残照」(トムヤンティ 著、西野 順治郎 訳) 「…
  4. メコン圏を描く海外翻訳小説 第15回「アップ・カントリー 兵士の帰還」(上・下)(ネルソン・デミル 著、白石 朗 訳)

    メコン圏を描く海外翻訳小説 第15回「アップ・カントリー 兵士の帰還」(ネルソン・デミル 著、白石 …
  5. メコン圏対象の調査研究書 第26回「クメールの彫像」(J・ボワルエ著、石澤良昭・中島節子 訳)

    メコン圏対象の調査研究書 第26回「クメールの彫像」(J・ボワルエ著、石澤良昭・中島節子 訳) …
  6. メコン圏が登場するコミック 第17回「リトル・ロータス」(著者: 西浦キオ)

    メコン圏が登場するコミック 第17回「リトル・ロータス」(著者:西浦キオ) 「リトル・ロー…
  7. メコン圏題材のノンフィクション・ルポルタージュ 第24回 「激動の河・メコン」(NHK取材班 著)

    メコン圏題材のノンフィクション・ルポルタージュ 第24回 「激動の河・メコン」(NHK取材班 著) …
  8. 調査探求記「ひょうたん笛の”古調”を追い求めて」①(伊藤悟)

    「ひょうたん笛の”古調”を追い求めて」①(伊藤悟)第1章 雲南を離れてどれくらいたったか。…
  9. 雲南省・西双版納 タイ・ルー族のナーガ(龍)の”色と形” ①(岡崎信雄さん)

    論考:雲南省・西双版納 タイ・ルー族のナーガ(龍)の”色と形” ①(岡崎信雄さん) 中国雲南省西双…
  10. メコン圏の写真集・旅紀行・エッセイ 第19回「貴州旅情」中国貴州少数民族を訪ねて(宮城の団十郎 著)

    メコン圏の写真集・旅紀行・エッセイ 第19回「貴州旅情」中国貴州少数民族を訪ねて(宮城の団十郎 著)…
ページ上部へ戻る