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メコン圏を描く海外翻訳小説 第17回「ドラゴン・ノワール作戦」(リチャード・ハーマン・Jr.著、伏見威蕃・阿尾正子) 訳
- 2005/11/10
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- CALL TO DUTY, アンダマン海, ウドン空軍基地, ジャール平原, ドラゴン・ノワール作戦, ベトナム戦争, リチャード・ハーマン・ジュニア, 伏見威蕃, 阿尾正子, 麻薬王, 黄金の三角地帯
タイで誘拐され黄金の三角地帯を根城とする麻薬王に囚われた米人人質の特殊作戦コマンドによる救出作戦を描いた航空軍事冒険小説
メコン圏を描く海外翻訳小説 第17回「ドラゴン・ノワール作戦」(リチャード・ハーマン・Jr.著、伏見威蕃・阿尾正子 訳)
1995年10月、ベネッセコーポレーション(福武文庫)
本書の原作は、少佐でアメリカ空軍を退役、飛行時間5千時間、出撃2百回以上という元パイロット作家・リチャード・ハーマン・ジュニアによる航空軍事冒険小説「CALL TO DUTY」(1993年)。本書は700頁以上に及ぶ長編で、第2次大戦中のヨーロッパと、1990年代前半の現在にアメリカと黄金の三角地帯を主な舞台にストーリーが展開する、時代を超えた二つの物語が同時に進行する。
現在の物語については、乗組員含めアメリカ人男女6名の乗るヨットが漂うアンダマン海で起こった事件からストーリーが始まる。海賊に拉致されたアメリカ人は、次期アメリカ大統領候補で現大統領の政敵であるコートランド米上院議員の娘へザーと彼女の友人たちで、黄金の三角地帯を根城とする麻薬王チャン・ツーカン将軍に売られるという事件が起きる。アメリカ人の人質を引き連れたチャン・ツーカン将軍の砦は、ミャンマー領内の黄金の三角地帯にあり、厳重に武装され士気も高く充分に訓練を積んだ連隊規模の軍隊に守られている中、特殊作戦コマンドによる人質救出作戦が、第二次大戦中、空軍パイロットとしてめざましい活躍をした現米大統領マシュー・ザカリー(ザック)・ポントウスキーのもとで準備されるが・・・。
もう一つの過去の物語は、第2次大戦中のヨーロッパを舞台に、カリフォルニア生まれポーランド系の現アメリカ大統領が志願してRAF(英国空軍)の操縦士として、ボーファイター夜間戦闘機に乗り組み、ドイツ軍と戦っていた若き日々の時の物語。1943年初のある晩、マシュー・ザカリー(ザック)・ポントウスキー中尉は、ドイツ軍の高速魚雷艇であるEボートとドイツ軍の夜間戦闘機の連携による高射砲の罠にかかり、オランダ沖で不時着水した後、オランダの地下組織によって救われ、シャルタル・デュボアと名乗る女医にともなわれて、ドイツを縦断し、中立国への逃亡を図っていく。この過去の物語の方は、メコン圏とは関係が無いが、第2次大戦時の欧州情勢や反ナチの地下活動から戦時情勢下での2人の女性との恋の展開など、こちらも非常に興味深いストーリーだ。こちらの物語のハイライトである、多数のフランス・レジスタンス活動家を監禁していたフランスのアミアンの刑務所をゲショタポによる死刑執行前に爆撃し多数の囚人に脱獄機会を与えたという事件が、1944年2月にあった実在の事件ということも初めて知った。(作戦のフィルムは大英戦争博物館で見ることができるとのこと)
現在の物語については、ワシントンDCでの政治状況や情報収集分析・評価決断の過程、特殊作戦の策定過程などが細かに描かれ、しかも次期大統領の椅子を狙う上院議員がこの機会を逆手にとって現職大統領の失墜をもくろんでいることもあって、人質が囚われている場所はタイやミャンマーであるものの、ワシントンDCをはじめとするアメリカ本土でのストーリー描写も詳しく、登場人物も少なくない。
また、作戦遂行にあたっての事前の訓練や指揮中枢と現場との進行も充分に描いているが、作戦遂行そのものの展開については、やはりスリルがありはらはらさせられる。作戦遂行の現場では、アメリカ陸軍特殊部隊のマッケイ中佐、デルタ・フォースのカミガミ部隊最先任上級曹長、第一特殊作戦航空団(第一SOW)のヘリコプター・パイロットのギレスピー大尉、SAS(イギリス陸軍特殊部隊)のウッドワード大尉らが、人質の奪還を成功させるべく、生命を賭してそれぞれの困難なDutyを真摯に果たそうとする。
展開される人質救出作戦については、上院議員の娘たちをミャンマー領内の黄金の三角地帯の麻薬王の砦から救出する作戦の前に、もう一つ別の作戦が計画実行され、この作戦名「ドラゴン・ノワール作戦」が邦訳書の題名となっている。この人質救出作戦は、チャン・ツーカン将軍の元部下たちが人質の1人であったアメリカ人女性を引き連れミャンマー国境に近いタイの村に潜んでいたのを、チャン・ツーカン将軍が奪回するまえに救出しようとして策定された作戦。両作戦とも、ベトナム戦争時、ミグ・キラーとして名高い第555戦術戦略飛行隊の基地となったタイ東北部のウドンの空軍基地が活用されている。
尚、本書での黄金の三角地帯の麻薬王チャン・ツーカン将軍は、母はフランス人、父は中国人と日本人の混血という50代半ばの男で、父親はラオスのジャール平原で大農園を経営していたが、CIAの手先のエア・アメリカがラオスに来てベトナム戦争で暮らしが変ったという過去を持つ設定になっている。チャン将軍の召使のサムキットという42歳のタイ人女性の役割はストーリーの展開で気になる存在であるが、彼女は17歳でベトナム戦争の時には、アメリカ人が大きな空軍基地を建てたウボンのバーで働いていてGIの子どもを身籠ったことがあったとはあるが、その後チャンとはどのようなことがあったのかが気になった。本書のテーマからはずれるのでしようがないとは思うが、チャン将軍やサムキットをはじめとするメコン圏地域側の登場人物や社会についても、もう少し深く書かれていると、もっと満足できたのにと思った。
◆本書巻末の用語解説:
コンバット・タロン、システム4、ズールー(通信アルファベットのZ)
スペクター、ドイツ軍防諜部(アプヴェール)、特殊活動センター、ヒルトン、
ペイヴ・ロー、マゼラン、AFCOM(空軍軍団)、AFSOC(空軍特殊作戦軍団)
ANVIS(航空機搭乗員暗視映像システム)、C4、CSM(部隊最先任上級曹長)
DCI(中央情報長官)、DEA(麻薬取締局)、Eボート、ETA(到着予定時刻)、
FLIR(赤外線前方監視装置)、GCI(地上要撃官制)、GPS、
HAVE QUICK、HUMINT(人間情報)、IP(進入点)、ISA(情報支援局)、
KIA(戦死者)、LZ(着陸地点)、MET(気象隊)、MP5、
NKVD(内務人民委員部)、NMCC(国家軍事指揮センター)、
NSA(国家安全保障局)、NSC(国家安全保障会議)、
NSPG(国家安全保障計画グループ)、R/T(無線電話)、RTB(帰投)、
SAS(スペシャル・エア・サーヴィス)、SITREP(現況報告)、
SOE(特殊作戦執行部)、STU-3、USSOCOM(アメリカ軍特殊作戦コマンド)
WIA(戦傷者)
著者紹介:リチャード・ハーマン・Jr.(Richard Herman,Jr.)
1983年にアメリカ空軍を少佐で退役、飛行時間は5000時間以上。搭乗した機種はF-4戦闘機、C-130輸送機、F-15戦闘機。ベトナムとラオスで200回以上の出撃を数え、数々の叙勲を受けている。本書のほかに『第45航空団』『ウォーロード作戦』(いずれも大久保寛訳、新潮文庫)、Firebreakのシリーズ3作と、本書に登場するポントウスキー大統領の孫の空軍パイロットが主人公のDark Wingがある。カリフォルニア州サクラメントに在住している。
(本書著者紹介より)
や訳者紹介:
伏見 威蕃(ふしみ・いわん)
1951年東京生まれ。早稲田大学商学部卒業。訳書は、『みどりの刺青』(福武ミステリ・ペイパーパックス)、『メイポート沖の待ち伏せ』(新潮文庫)、『ブラヴォー・ツー・ゼロ』(ハヤカワ・ノンフィクション)ほか多数。
阿尾 正子(あお・まさこ)
1962年横浜生まれ。横浜市立大学国際関係学科卒業。(本書訳者略歴より)
本書の時代設定
・1990年代前半<年代について明記はないものの、1991年の湾岸戦争後となっている>
・1942年~1944年
本書の登場場所
・タイ(バンコク、チェンマイ、ウドン、 ミャンマーとの国境近くの村、ウタラディト)
・ミャンマー内の黄金の三角地帯
・アンダマン海
・アメリカ(ワシントンDC、フロリダ州、ジョージア州、ノースキャロライナ州メリーランド州)
・マレーシア・イギリス ・オランダ・ドイツ・フランス・スペイン
本書の登場人物
主・マシュー・ザカリー(ザック)・ ポントウスキー(アメリカ大統領)
・レオ・コックス(米大統領首席補佐官) ・ボビー・バーク(CIA長官)
・マイケル・カリャーリ(国家安全保障担当大統領補佐官)
・メイジー・カミガミ(国家安全保障会議極東担当特別補佐官)
・ウィリアム・ダグラス・コートランド(米上院議員で大統領の政敵)
・ジョン・オーサー・マッケイ中佐(アメリカ陸軍特殊部隊将校)
・ピーター・ウッドワード大尉(SAS(英国陸軍特殊部隊)将校)
・サイモン・メイドー中将(米軍特殊作戦コマンド司令官)
・ロバート・トリムラー大佐(米陸軍デルタ・フォース司令官)
・ポール・マラード大佐 (米空軍第一特殊作戦航空団司令)
・トッシュ・ポントウスキー(大統領夫人)・ウィリアム・G・キャロル准将(米空軍)
・リーチメイヤー大将(陸軍参謀総長)
・S・ジェラルド・ギレスピー大尉 (第一特殊作戦航空団ヘリコプター・パイロット)
・ヴィクター・カミガミ部隊最先任上級曹長(デルタ・フォース隊員)
・ジョージ・リヴェイラ(コートランド議員の腹心の補佐官)
・テイナ・スタンレー(コートランド議員の腹心の補佐官)
・チャン・ツーカン将軍(黄金の三角地帯を根城とする麻薬王)
・サムキット・カチキチコーン(チャン将軍の召使のタイ人女性)
・ヘザー・コートランド(上院議員の娘) ・トロイ・スペンサー(ヘザーの恋人)
・リッキー・マーテル(ヘビメタバンド)・ニッキ・アンダーソン(ヘビメタバンド)
・マーク・リビングストン(ヨット乗組員)・ダナ(マークの妻)
・ポントウスキー(英国空軍中尉)・ラファム(英国空軍中尉の航法士)
・シャルタル・デュボア(フランス・レジスタンスの女性闘士)
・ウィンストン・チャーチル(英国首相)・レオナール・フェリペ(アンドラ人の密入国仲介人)
・クラフトン(イギリス公爵)・ウィルヘルミーナ(公爵の孫娘)
・ロジャー・バートラム(ウィリーの恋人)・マウントバッテン(英国海軍大将)
・メンジーズ少将(英国秘密情報部長官)