メコン圏に関する英語書籍 第1回「Temple Murals as an Historical Source – The Case of Wat Phumin, Nan」

メコン圏に関する英語書籍 第1回「Temple Murals as an Historical Source – The Case of Wat Phumin, Nan」


「Temple Murals as an Historical Source – The Case of Wat Phumin, Nan」(David K. Wyatt 著、Chulalongkorn University Press、1933)

<著者紹介>David K. Wyatt
コーネル大学教授(歴史学)、1937年、マサチューセッツ生まれ。1959年ハーバード大学卒業。1960年ボストン大学で修士号取得。1962~1963年タイでの調査(フォード財団)。1966年コーネル大学で博士号取得。1964~1968年、ロンドン大学で東南アジア史の講師。1968~1969年ミシガン大学で教鞭。主要著書・編書「The Politics of Reform in Thailand」(New Haven,Conn.,1969)、「The Nan Chronicle」  (Cornell University,1966)、「Thailand:A Short History」 (Yale University Press,1984)、「The Chiangmai Chronicle」 (Silkworm Books, 1995) 等

同書は、35ページから成る小冊子で、プーミン寺(北タイ・ナーン県)の寺院壁画に関する本である。プーミン寺は、北タイ・ナーン県ナーンの町の中心部にあり、ナーン国立博物館(元ナーン朝領主の館跡)から道路を隔てた南隣に位置しており、タイ航空機内誌「サワディ」1999年2月号の表紙を飾っているように、その寺院壁画で知られている。(ナーン県にはターワンパー郡にあるノーンブア寺も同様に寺院壁画が有名)

同書では、まずプーミン寺院壁画がどのようなものが描かれているかにつき紹介があり、その上で、これらの寺院壁画の文学的文脈と歴史的文脈での解釈が為されている。描画として目立った特徴をもった壁画に加えて、著者が自らの解釈を進めるに注目した壁画が、何点か紹介引用されている。

①埠頭近くに立つ8人の女性と4人の男性のシーン(北東の壁)
男性の方は、一様に女性陣の方を興味を持ってみているが、女性側は各自異なる姿勢と表情をしており、その関心の対象もバラバラ
②少年と年上の女性の2人だけが描かれているシーン(北西の壁)
前を行く女性の足元に象の足跡があり、左肩に天秤棒を担いでいる女性は、右手でその足跡を指し、少年は興味を持って見ている様子
③高貴に着飾って立っている男性のシーンと絶食して衰弱している西洋人の男性のシーン(東の壁)
④全身入れ墨をした男性と、彼が関心を持っているような女性とのシーン(西の壁)
上に紹介のタイ航空機内誌表紙のシーン
⑤埠頭に集まる西洋人たちと蒸気船のシーン(北東の壁)
5人の西洋人男性と3人の西洋人女性が、埠頭の端に立ち、貨物が蒸気船から積みおろされるのを見ており、蒸気船には9人の西洋人が座っている
⑥西洋人の兵士たちが入城するシーン
⑦ローマカトリックの宣教師たちを描いたシーン

著者は、1986年、Muang Boran Publishing houseから発行された”Mural Paintings of Thailand”でのプーミン寺壁画についての解釈・説明に幾つか問題があると言い、その問題は、前書の著者たちが、壁に書かれている北タイ文字のキャプションを読んでいないことと、本生(ジャータカ)話の北タイ版を見つけることが出来なかったことにもあるとする。そして、この寺院壁画がいつ誰によってどのように書かれたのかにつき、著者自身の見解に触れていく。

画家については、特定されていないが、一般的にはタイルー族であったであろうとされている。著者は、チェンマイのプラシン寺などの寺院壁画とはスタイル、雰囲気、技術さえ完全に異なって見え、ローカルな色とスタイルが分かっている地元のタイルー族画家によって描かれたものであろうとしている。

(更に著者はノーンブア寺とプーミン寺の寺院壁画の作者は同一人物だとする) 尚、壁画で描かれている他の男性とは異なるヘアスタイルをしたこの男性こそが、壁画の作者ではないかとの指摘があることも紹介されている。

  そして主題の主要な部分である時代特定とその持つ意味について持論を展開している。”Mural Paintings of Thailand”では、ナーン朝の国家的行事(当時、ナーン王朝はバンコク王朝下に組み入れられていたものの、半自治の状態で旧来の王の系統が領主として当地を支配していた)として8年かけて行われたプーミン寺の修復の時期である1875年頃が壁画の書かれた時代だとしている。これに対し、著者はいくつかの論拠を挙げて、1894年に編まれたナーン朝年代記と同じ頃であるとし、ナーン朝支配者に大きな諦めと絶望を与えることになった1893年の出来事と関連付ける。

  最初に、上記⑤の西洋人の服装やベレー帽や髪飾りなどの服装スタイルに着目し、1890年代、しかもフランス人であると特定する。更に⑥のシーンでフランスの国旗がはためいている点もあげ、当時のフランスの存在について検証を行う。歴史を見れば、1893年までは、ナーンの近くにはどこにもフランスの軍事的なプレゼンスはなく、1893年にフランスはタイから、当時タイの属国であったラオスの大部分の領土を軍事的威圧の下に奪っている。そしてこの1893年のフランス=シャム条約の本当の敗者は、バンコク王朝というよりは、1892年まで北ラオスに実質的な力を持っていたナーン王朝支配者であったというのが著者の主たる論点の一つに据えられている。そして、プーミン寺院壁画の描かれている内容やナーン朝年代記編纂共に、ジャータカ話の「孤児」の話しのモチーフが主テーマとして色濃く反映されているのは、決して偶然ではないと締めくくっている。

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