コラム(江口久雄さん)「メコン仙人だより」第44話 「大秦の痕跡」

応神天皇、仁徳天皇、継体天皇の名前や秦氏の渡来と、チベット・ビルマ系の大秦の王族たち

コラム(江口久雄さん)「メコン仙人だより」第44話 「大秦の痕跡」

前秦とは歴史上の呼び方で、建国者であるチベット系の民族の王である符建は国号を「大秦」と定めました。始皇帝の秦が起こった地域に国を建てたものですから、秦の国を名乗ったのでしょう。ところで符建が統合したチベット系の民族は古代から文献に見えるテイ(低からニンベンを取去った字)と呼ばれる民族で、ビルマ人の祖先筋に当る人たちです。「大秦天王」と号した符建・符生・符堅・符登・符崇と続く前秦の帝王の氏名を見ると、苗字の「符」には両片を合わせて完全となる割符の意味がありますが、ビルマ語にプ(PU)という言葉があり、これは「互いに親密である」という意味の動詞です。割符の意味の本質に通ずるものがあります。チベット・ビルマ系の言葉を話す王族は、おそらく古ビルマ語にもとづいて中国風の苗字を考案したという印象を受けます。

また応神天皇は自分の名前のイザサワケを越の国の祭神の名前のホムダワケと交換しあったという伝承が倭国に残ります。他の倭王には見られぬ不思議な伝承ですが、この奇妙な行為は「互いに親密である」ことを表すもので、また割符を象徴するような行為に感じられませんか。応神天皇の元の名前のイザサには、ビルマ語でイ・サー・サー(豊富な・食べ物・食べる)と当てることができます。また応神天皇の子である仁徳天皇の名前のオオサザキは、普通「大雀」と書かれていますが、サザキにはやはりビルマ語でサー・サー・キッ(食べ物・食べる・広い領域)と当てることができます。日本語の語彙にはビルマ語も入っているといわれますが、この時代に入ったのではないでしょうか。

『日本書紀』に応神天皇14年のとき、弓月君(ユツキノキミ)が百済より移民を率いて来たことが記されています。弓月君は「移民集団は新羅に阻まれて加羅の国に留まっている」と応神天皇に苦情を訴えました。『新撰姓氏録』には弓月君は融通王と見え、秦始皇帝の子孫とされています。融通王は結局、127県の百姓という大集団を率いて倭国に移住し、彼等は秦氏と呼ばれ、族長は融通王以下、真徳王、普洞王、雲師王、武良王と代々王号を名乗るのですが、これは秦始皇帝の子孫というよりも、大帝国が瓦解した後の前秦の王族集団と考える方が適切ではないでしょうか。先に王族のひとりが倭国にわたり応神天皇となったのを頼って、斜陽の前秦の王族のひとりが応神天皇を頼って倭国に向かい、加羅の国で一旦は新羅に妨害された事情がほのみえてきませんか。

さて『隋書倭国伝』に、609年に倭国に派遣された隋の使節の見聞によるとして「筑紫の国の東に秦王国があり、そこの住人は中華に同じく、さらに十余国を経て海岸に至る」という記事が見え、筑紫の国の東に「秦王国」の存在が明記されています。継体天皇の名前はヲホド、またの名をヒコフトノミコト、この名前のうち意味のある部分は「フト」です。また継体天皇の父の名前は「ヒコウシノオオキミ」、名前のうち意味のある部分は「ウシ」です。「フト」は秦氏の族長である普洞王の「普洞」に、「ウシ」は同じく雲師王の「雲師」に対応するものではないでしょうか。とりわけウシノオオキミはそのまま雲師王になりますね。「フト」にビルマ語を当てるとプ・ト(互いに親密である・遠くに進む)となります。また「ウシ」とはビルマ語のウージー(リーダー、かしら)ではないでしょうか。

継体天皇のまたの名前のフトの「フ」は、ビルマ語の「プ」で、それは前秦の王族の姓の「符」につながるものと考えられます。継体天皇もまた前秦の王族が倭国にのこした勢力の一方の族長だったと考えてはどうでしょう。南朝の宋(420-479年)の歴史をまとめた『宋書』に「北土重同姓、謂之骨肉」という言葉が見えます。北中国の文化圏では同姓であれば同族の扱いを受けるということで、継体天皇が前秦の王族の「符」姓を持っていたとすれば、継体天皇即位の531年当時、なお「符」姓の威光は北朝の北魏(386-534年)に大変尊重されたのではなかったでしょうか。また隋からの使節が見たという「秦王国」は、筑紫の国の東だけではなく、越の国にもあったのではなかったでしょうか。隋は北朝から出た王朝で、南朝を征服して前秦の符堅の夢を果たしたのは、前秦が滅んでからおよそ200年の後のことです。前秦の風俗を遺す「秦王国」に隋の使節は同じ北中国風の「北土重同姓、謂之骨肉」という文化を見たのではなかったでしょうか。

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