コラム(江口久雄さん)「メコン仙人だより」第28話 「ラワ人の稲魂祭」

稲の女神を祭るラワ人の儀式に使われる2個の木彫りの魚と、日本の懸鯛または掛魚(カケメ)の風習

コラム(江口久雄さん)「メコン仙人だより」第28話 「ラワ人の稲魂祭」

ロッブリーのチャームテーヴィー王女を迎えてハリプンジャヤの街が建国された七世紀のころ、その北の地方一帯にはラワ人の王国があり、マランカ(ウィラッカ)王がウスパッパタ(ウスパルヴァタ)山に王城を構えていました。この山は現在のドーイステープで、ウスパッパタとはラワ訛りのサンスクリットで弓矢の山という意味です。

 マランカ王がメーポーソップを祭る田植えの前に行なう儀式が伝承されています。それによると田んぼの中に王が常用する傘蓋と旗を布置して一角を作り、その中に祭壇を設けて九つの盆に生魚臭のする甘い料理、マークの実、プルーの実、バナナ、サトウキビ、ミアン(噛むための茶葉)、煙草などを載せて供えます。また祭壇の柱の根本には供物を盛った小さなお盆を地面に置いて、メートーラニー(大地母神)と土地神にささげます。

 バナナ、サトウキビはヒンドゥー色の強い供物で、マークの実、プルーの実、ミアン、煙草などの嗜好品は北タイに広く見られる供物ですが、生魚臭のする甘い料理という供物はなにやらラワ人に特有の気配がします。

一角の真ん中に位置する旗ざおには、九ソーク(九尺)の長さの竹(ルアック種の竹)を一本、上から挿し込み、枝葉を払って頂点だけにわずかに竹葉を残して、そこに鬼の目を掛けます。さらに鬼の目を頂点に鎖状に編んだ紐を左右に垂らして、その端には木彫りの魚が一個づつ吊るされます。この特別の竹が挿し込まれた旗ざおには、生魚臭のする甘い料理を盛ったお盆が結び付けられて、稲を生産するメーポーソップに供えられます。またこのほかに酒と茹でた鶏が四柱の守護神にささげられます。

 マランカ王の仕切る祭礼は以上のように、メートーラニー、土地神、メーポーソップ、四柱の守護神が礼拝の対象にされています。そのうちメートーラニーと土地神には地面に小さなお盆が置かれるだけ、四柱の守護神には酒と茹でた鶏がささげられるだけの比較的簡素なものですが、メーポーソップに供えられる生魚臭のする甘い料理を盛ったお盆が結び付けられる旗ざおには、見過ごしにできない九尺の竹が挿し込まれています。

 鬼の目は邪霊の侵入を防ぐもので、この場合、竹の頂点に掛けられる鬼の目に守られるのは傷つきやすい稲の女神メーポーソップでしょう。それならば、鬼の目を頂点に左右に垂れる紐の端に吊るされた二個の木彫りの魚は何でしょうか。

 古代より海人の本拠であった長崎県五島列島の旧家では、正月を迎える際に丸太を横に掛け、それに一二本の縄を垂らしブリ、タイなどの魚から野菜、昆布に至るまでを吊るして懸の魚(カケノイオ)と称しています。この風習は四国や九州に多く、魚の種類はタイ、フナ、サケ、マス、タラ、ブリなどが用いられます。なかでもタイはおめでたい魚とされ、タイが懸の魚に選ばれて懸鯛(カケダイ)と称されるやり方が広く見られます。この場合、二尾をそろえてニラミダイという形式をとることがあります。また漁船が漁から帰ってきたとき、漁獲物の中から二尾の魚が選ばれ、腹合わせに吊るしてエビス様に供えられることがあり、これも懸鯛または掛魚(カケメ)と呼ばれます。収獲を感謝し次の大漁を祈願する風習で、僕はこれではないかと思います。ラワ人の二個の木彫りの魚は二尾の海の魚の名残りではないのでしょうか。川魚が儀式に使われるのなら、木彫りの魚を使う必要はなく、川魚の実物は北タイにもたくさんいるからです。

 海人とラワ人を結ぶ要素は、ラワ人の言葉がモン・クメール系統の言葉であること。ビルマ・モンのフラ・ナイパン博士は、モン・クメール語族の祖先は揚子江付近を故地とし、トンキンデルタから西に移動してインドまで入ったという説を出されたが、苗族やタイ族の中国西南方への民族移動の際と同様、一部は揚子江またはトンキンデルタから日本列島に入っているのではないでしょうか。

古代のラワ人は陸稲を植えていたといわれ、また現代の山岳民族としてのラワ族もウルチ米を食べて糯米を食べません。それはまた、マランカ王のメーポーソップを祭る儀式の中に糯米系の供物がまったく見られないことからも、タイ族の文化の影響は皆無だったことがわかります。メーポーソップの観念はラワの王国にインドラ神やサンスクリットなどのインド文化が波及したときに生まれたものでしょう。

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