コラム(江口久雄さん)「メコン仙人だより」第31話 「イネナリ神社の五祭神(3)」

イナリはもともと秦一族の氏神で、語源はイネナリであったとする「山城国風土記」の説話

コラム(江口久雄さん)「メコン仙人だより」第31話 「イネナリ神社の五祭神(3)」

ベトナムのマング族や北タイのアカ族に見られる、男弟をともなって司祭のコンビを組む巫女を思い出してみましょう。それに連なる倭国の卑弥呼と男弟のコンビを思い出してみましよう。マランカ王の儀式にも巫女が登場します。白い上衣に白いスカートの処女が現われて、祭壇の容器に盛られた稲籾をつかむ。粒の数が偶数の場合はその年は豊作、奇数の場合は半分は実り半分は実らないとされます。巫女の役割は祭儀をとりしきるようなものではなく、インド文化の祭儀のマニュアルによって配役は映画で言えばほんのチョイ役とされているのです。

オオミヤノメはインド文化の衝撃を受けてしぼむところがなかった、卑弥呼以来の倭国の巫女の権威を伝えるものではないでしょうか。逆に言えば、インド文化を受ける以前のラワ人の稲魂に関する儀式では、巫女は倭国の卑弥呼のようにもっと大きな存在ではなかったのでしょうか。

『山城国風土記逸文』にはイナリはもともと秦一族の氏神で、語源はイネナリであったとする説話が見えます。秦一族の遠い先祖に伊呂具の秦公がおり、稲作を行なって富裕であった。それで餅を作って弓矢の的にしたところ、たちまちそれは白い鳥となって山の峰に飛び、その地に稲成り生いた。それでイネナリ(稲成り)を神の名とした。後の子孫にいたり先祖のあやまちを悔いて、やしろの木を根ごと抜いて家に移し神の顕現する木とした。と文献はその消息を伝えています。

 マランカ王の祭儀においても、祭壇の真ん中に立てられた旗ざおに九ソーク(九尺)の頂上に青い竹葉を残した竹が挿し込まれ、メーポーソップに捧げられる供物を盛ったお盆が結びつけられます。メーポーソップが顕現する竹なのです。イネナリ神が秦一族の氏神であったころの祭儀はこの点、ラワ人のそれと共通しているといえましょう。さらに秦の伊呂具が弓矢の的に餅を用いて、それが白い鳥となって飛び去ったことは、メーポーソップが人間に愛想を尽かして森や山の中に逃げ込む稲魂逃亡のパターンであり、後の子孫にいたり先祖のあやまちを悔いて木を立てて稲魂を呼び返したことは、最終的に困窮した人間がメーポーソップに戻ってきてもらう稲魂回帰のパターンに共通しています。秦一族は稲魂の逃亡と回帰の説話を、おそらくは家伝の説話として持っていたのでしょう。

秦一族は秦の始皇帝の子孫と言うがその真偽はさておき、応神天皇のころ融通王が韓国南部の一二七県の民を率いて移住してきました。仁徳天皇は融通王を秦王と呼び、波多公の姓を与えています。秦一族の長は代々王号を称し、以下、真徳王、普洞王、雲師王、武良王の名が『新撰姓氏録』に見えます。普洞王の代に親百済・反新羅の雄略天皇に弾圧されて、一族の九〇%が四散したと言われます。その後、呼び集められてまた散らされましたが、この弾圧は記紀には見えません。秦一族は三韓の国々でもなく、また倭国の権力にも直属しておらず、一族の長が王号を称し、雄略天皇に恐怖感を与えるほどの不思議な勢力を持っていましたが、稲荷神社が外国籍の神社のような気がするのも、一方ではこのような秦一族の持つ由来のゆえで、また他方では記紀の神話では主神ではない特異な神々を祭神とするゆえです。そして、これらの五祭神のかおぶれは、7世紀のラワ人のマランカ王の祭儀で祭られた神々のかおぶれに一致し、ラワ人の国のようにインド文化の影響を受けることなく、その重要性を失うことのなかった卑弥呼以来の倭国の巫女が、オオミヤノメなる祭神に発展した印象を受けるのです。

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