情報DB(現代史)「 シンポジウム 日越国交正常化40周年『日本・ベトナム新時代』」毎日新聞企画特集記事<毎日新聞2012年12月2日>

情報DB(現代史):「 シンポジウム 日越国交正常化40周年『日本・ベトナム新時代』」毎日新聞企画特集記事<毎日新聞2012年12月2日>

<毎日新聞 2012年(平成24年)12月2日(日)企画特集

国交正常化40周年「日本・ベトナム新時代」
日本とベトナムが来年(2013年)、国交正常化40周年を迎えるにあたり、(2012年)11月5日、早稲田大学(東京都新宿区)の大隈講堂でシンポジウム「日本・ベトナム新時代」が開かれた。日露戦争で欧米列強の一角を破った日本に亡命し、日本に学ぼうとベトナムから留学生を送り込む東遊(ドンズー)運動を展開した、ベトナムの英雄、ファン・ボイ・チャウと日本の絆をテーマに、専門家が両国の歴史や将来像について意見を交わした。

シンポジウム 国交正常化40周年「日本・ベトナム新時代」
開催日:2012年(平成24年)11月5日
会場:早稲田大学(東京都新宿区)大隈講堂
主催:毎日新聞社
後援:駐日本ベトナム大使館、静岡県、袋井市
特別協力:早稲田大学、サッポロビール

白石昌也早大大学院  アジア太平洋研究科教授)
1947年生まれ。東大卒、大阪外国語大助教授、パリ第7大客員研究員、横浜市立大教授を経て現職、ベトナム現代史。
大武健一郎(ベトナム簿記普及推進協議会理事長)
1946年生まれ。東大卒、旧大蔵省入省。元国税庁長官。ベトナムでNPO(非営利組織)を設立し、簿記の普及などを支援。
原田英之(静岡県袋井市長)
1943年生まれ。東北大卒、静岡県庁。静岡県ロサンゼルス駐在員、県健康福祉部長を経て、2001年旧袋井市長。合併後、現在2期目。

現代の「東遊運動」を
飯田和郎・毎日新聞外信部長:まず浅羽佐喜太郎とファン・ボイ・チャウの結びつきや当時の日本の環境についてお話を。
白石昌也・早稲田大大学院教授:チャウは1905年初めにベトナムを脱出し、日本に渡って犬養毅や大隈重信と面談した。武器獲得より革命運動を担う人材育成が大切と説得され、東遊運動が始まった。だがフランス当局による弾圧が本格化し、1909年に日本を退去して東遊運動は瓦解した。浅羽は静岡県浅羽村(現袋井市)出身で、チャウと同じ年に生まれた。小田原市(旧国府津村)で医院を開業しており、チャウが資金難に陥った際、救援の手を差し伸べた。チャウは1918年に亡命先の中国から一時日本を訪問し、既に浅羽が亡くなったと知ると、浅羽村の常林寺に報恩の石碑を建立した。現在も日越友好のシンボルとして大切にされている。こうした100年前の交流を過去の事例にとどめるのではなく、いかに現在や未来に生かしていくかが重要だ。
飯田:2人の出会いのきっかけは。
白石:ベトナム人留学生の一人が道で行き倒れになり、通りかかった紳士に介抱された。それが浅羽だった。浅羽はチャウが資金難に陥ったときにすぐに献金した。
飯田:今お話にあった献金は1700円という。当時の普通のサラリーマンの月給が10円だ。浅羽の故郷、静岡県袋井市の原田市長にお話を。
原田英之・袋井市長:袋井市は人口約8万7000人。ベトナムとの交流は相当盛んで、ホームスティなどを行っている。遠州地方には二宮金次郎の流れをくむ報徳思想がある。他人のために働き見返りを求めない。こういう要素が根底にあり、浅羽のような人物が生まれたのではないか。
飯田:チャウが報恩の碑を作ったいきさつは。
原田:チャウは浅羽の恩に報いるため碑を作ろうとしたが、お金が足りない。その話を聞いた村長さんら村人が金を出し合った。チャウを助けた浅羽の行為に村人たちが感銘した。同じ袋井市民としてすごいなと思う。
飯田:大武さんはどう考えるか。
大武健一郎・ベトナム簿記普及推進協議会理事長:浅羽はベトナムの独立運動に感銘を受けたのではないか。家一軒建つぐらいの金をぽんとやって、しかも、何でみんなが助けてやらないんだと激怒したと言われている。この2人の交流がベトナムや日本のつながりの原点になっている。こうしたつながりを理解した上で国と国の関係をつくることが日本の本当の国際化だと思う。
飯田:毎日新聞の1909(明治42)年1月8日の匿名の投稿記事に「日本はベトナムを植民地にしたいと思っているのでは」という考えがベトナム在住のフランス人に広がっているという内容のリポートがある。明治末期のベトナムの様子がすごく伝わってくる。当時の時代背景をどう分析するか。
白石:日露戦争後の東京は想像以上の国際都市だった。中国人留学生のための下宿屋や中国語専門の印刷屋もたくさんあり、ベトナム青年たちも利用できた。チャウも日本で孫文と2回会っている。漢字文化圏で筆談もできた。
大武:浅羽ら民間人は、同じアジア人として彼らをいわば指揮することがアジアの兄貴分としての日本の役割だと思っていたのだろう。今でもベトナムやインドネシアでは「日本は兄貴だから」と必ず言われる。
飯田:ベトナムは中国と極めて上手に付き合っている。日本にヒントになるのでは。
白石:ベトナムは中国からさまざまな文物や制度を学び続けてきたが、わずかないじめられた経験がいつまでも残ってしまう。近代史では日本はどちらかというと、いじめた経験があるが、逆に中国が周りの国をいじめた歴史もものすごく長い。そういう過去のいきさつを虚心坦懐に持ちながら近隣諸国とつきあうべきだ。
飯田:最後に一言ずつ。
大武:日本人に贈りたい言葉がある。ホー・チ・ミンの「10年先を見るなら木を植えろ。100年先を見るなら人を育てろ」という言葉。大隈重信がチャウに言った「君たちの国は人材を育成しなきゃだめだ」という言葉につながると思う。日本ももう一度本気で人材育成に取り組むべきだ。
原田:子供たちに袋井市から育った浅羽ら先達についてきちんと勉強させていきたい。
白石:国際交流は自分を見直す契機になる。自分を育てるためにも国際交流は非常に重要だと思う。

東遊運動
1905~1909年にかけて、ベトナム青年を日本に留学させ、占領していたフランスへの抵抗運動を担う人材を養成する運動。ファン・ボイ・チャウが主導し、約200人が日本で学んだ。犬養毅元首相らが運営する日中交流の民間団体「東亜同文会」が経営する学校「東京同文書院」などで日本語や基礎的な軍事教練を受けた。
ファン・ボイ・チャウ
1867~1940年。ベトナム中部ゲアン省生まれ。初代国家主席のホー・チ・ミンとともに、独立の英雄とされる。フランスからの独立をめざし、日本などアジア各地を転々として革命運動を主導。複数回来日し、辛亥革命を成し遂げた孫文や後に首相となる大隈重信や犬養毅と交流した。東遊運動を起こし日本とベトナムの友好の基礎を築いた。
浅羽佐喜太郎
1867~1910年。静岡県袋井市(旧浅羽村)出身。東京帝国医科大学卒業後、神奈川県小田原市(旧国府津村)で医院を開業。ベトナム人苦学生を自分の医院に住まわせたり、資金難に陥っていたファン・ボイ・チャウを資金援助したりするなど物心両面で支えた。地元袋井市の常林寺には、チャウらが建てた報恩の碑がある。

「日本とベトナム 交流の歴史」 基調講演  大武 健一郎 氏
お互いを学ぶ時代に

ベトナムとの最初の関わりは大学生の時で隣の席に、南ベトナムから留学していた兄弟がいたことです。その後、財務省で経済協力予算を担当していた時、ベトナム難民の一時滞在施設をつくった。2004~05年の国税庁長官時にはベトナムの国税庁長官と意気投合した。ベトナムの国税庁の職員を日本で研修させるプロジェクトも始めた。退職後はベトナムで所得税改革と税理士法作成を手伝った。簿記は日本や世界が近代化した原点で、アジアが欧州に負けた最大の理由だ。フランスは会社が倒産した時、複式簿記の帳簿を提出できない経営者は死刑という法律を作り、一時的景気回復を起こした。欧州各国はこの法律をまねた。合理的経営ができるようになり、産業革命が起きた。これに気づいたのが福沢諭吉。渋沢栄一は商法と複式簿記を教えた。商業高校が各地にでき、裾野産業を育てた。私はベトナムで簿記を普及させようと思い、簿記学校をつくった。
両国はお互いが学び合う時代になった。ベトナム人は同じモンゴル族だが、日本人とは反対の部分が多い。ベトナムは常に戦争で、現在、南沙諸島でも争っている。非常時のプロ、戦争のプロ。だからベトナムは米国に勝った。指導者は世界地図を見ながら、自分の国の位置づけを考えている。日本だけが平和を前提に生きているが今後、米中両国がアジアの海を巡ってきしみを生じさせる可能性がある。ベトナムがどう中国を見て、どうすればアジアを平和にできるか一緒に考え、経済発展していくしかない。歴史を学び、お互いを思いながら道をつくっていくことこそ本当のアジアの新時代、日越の新時代ではないか。

ドアン・スアン・フン 駐日ベトナム大使
平和 繁栄のパートナー
ベトナムと日本の交流は東遊運動より前からあったのではないか。(中部)ホイアンには数百年前に建てられた日本建築様式の家がある。経済、文化の交流は400年以上あったことを認識すべきだ。そして、アジアの平和、繁栄のため、戦略的パートナーシップが構築されている現在の関係につながった。ベトナム人は日本人を信頼し、日本人のことを学びたいし、支援してほしいと思っている。両国は緊密に連携しており、安全保障面でも強固になっている。経済、貿易面でも発展している。日本は最大のODA(政府開発援助)供与国で、第1位の投資パートナー、第3位の貿易相手国だ。文化、教育、人材育成、科学技術などでも成果が出ている。来年(2013年)以降、両国関係に良い未来があると信じられる基調がある。16世紀の活発な両国の貿易や東遊運動時代から、両国関係は長くて有意義な道を歩んで、信頼のある友人、着実な戦略的パートナーとなった。両国の利益、アジアの平和、繁栄のため、両国関係がさらに緊密になるよう、寄与できることを期待している。

鎌田 薫 早大総長
相互信頼で問題解決を
ファン・ボイ・チャウと浅羽佐喜太郎が残したものを当時の政治、経済、文化、社会などの切り口から解明し、歴史を検証し、未来を展望する試みは大変意義深い。武器援助を求め来日したチャウに対し、大隈重信は武器援助は行わず人材育成が重要だと説いた。これが東遊運動へと発展し、現在の日越学生交流の礎となっている。浅羽は東遊運動を物心両面で支え、民間レベルで独立運動にかかわった日本人の一人として名が刻み込まれている。本学は2010年、ベトナム政府と覚書を締結し、留学生の受け入れと本学学生のベトナム派遣を積極的に展開してきた。早稲田が受け継いだ現代の東遊運動とも言うべきものではないか。日系企業のベトナム進出が年々増え、経済交流、人的交流が盛んになることは疑う余地がない。チャウと浅羽のように、両国の青年が相互信頼のもとに世界の問題の解決策を見いだしていくことを期待している。

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