第16回「描く心は麻痺しない」挿絵作家・風刺漫画家  エム・サッチャ:「CAMBO.DEAR (親愛なるカンボジア)」(youmeさん)

「CAMBO.DEAR (親愛なるカンボジア)」(youmeさん)第16回「描く心は麻痺しない」挿絵作家・風刺漫画家  エム・サッチャ

挿絵作家・風刺漫画家のエム・サッチャさんは、前回のDomrei Sor(白い象)と関連している。と言うのも、ここを訪れなかったら、サッチャさんと会う事はなかったからである。Domrei Sorに入った時、一番最初に目に入ってきたのが、日本語のタイトルがついた『ナタ殿下』だった。手にとった時、それがどんなお話かと言うよりも、この挿絵を描いてる人がどんな人なのかと言う疑問がまず湧いてきた。そして、何故か漠然とこの挿絵作家と会ってみたいと思い、ディレクターのプルウングさんに声をかけたのが、そもそも事のはじまりだった。

(写真上):
Domrei sor出版による絵本。左からら『白い象』『どうしてどうぶつにはしっぽがあるの?』(クメール語、フランス語、英語あり)『ナタ殿下』(日本語あり)

理由もなく『会わなければいけない』と言う気持ちが強くなり、「この作家の方にお会いしたいのです」と尋ねると、「彼は体が不自由になってしまったのですよ」とプルウングさん。そして、彼の家の場所を教えてくれた。

その日の午後、早々にサッチャさんを訪ねた。小学校の横の脇道に小さな雑貨屋と住まいが一緒になったサッチャさんの家があった。カンボジアによくある木造の高床式の家で、奥さんが店番をしていた。運良く、サッチャさんの家を尋ねようと声をかけたのが、サッチャさんの奥さんだった。

右半身不随の身のサッチャさんが、木造の階段をゆっくりとゆっくりと下りてくる。家族が手を貸そうとするのが、どうも気に入らない様子だった。ほんの少し前までは健康に筆をふるっていたのだ、人に助けられるという事で、自分の体が自由にならない事を認めている様な気がして嫌なのだろう。

いきなりの訪問者に不審な気持ちは隠せない様子だったが、彼の絵の載った『ナタ殿下』を見せると少し笑顔になった。それから、「お話を聞かせてもらえませんか」と言う私に対し、サッチャさんは、ゆっくりと奥さんに助けられながら応えてくれた。

そもそも彼の親戚が持っていた物語本にあった挿絵をみた事が、サッチャさんがこの世界を目指すきっかけになった。描くことは独学で学び、天性の才能に恵まれた彼は、教育省に身を置き、教科書などの挿絵を担当し10年余り勤めた後、地元新聞で挿絵や風刺漫画を描き始める。その間、バンコックで数ヶ月のトレーニングも受け、当時、バンコックで様々な雑誌や本を買っては更に勉強を積んだ。

 
教育省当時の教科書の挿絵。

描いて描いて描き続け、提供されたアイデアを漫画に起こしたり、自分のアイデアでそろそろと描いたりしたが、自身の好きなテーマ、例えば、デモクラシーについて描くとボツにされたりする事が多々あったのだそうだ。作風が受け入れられフランス語紙にも風刺漫画を寄稿していた時期もある。

当時描いたそんな原稿が、乱雑にスーパーのビニール袋に押し込まれる形で保管されていた。その数だけでも数え切れない。クメール語で書かれた漫画の台詞が分からなくても、雰囲気で意味が伝わってくる。これら漫画の中に、カンボジアの民衆文化がギッシリと詰まっているという感じで、机に埋まった作品を圧巻の思いで見た。


(写真上):サッチャさんと、これまでの作品。作品は乱雑に管理されていた。

文化的財産を破壊された経験を持つカンボジアには、近年のこうした大衆文化資料も、後世の為に、きちんと保管しておくべきだろうと感じたのだが、サッチャさんの生活を見ていると、そんな余裕もない様子だった。

カンボジアを知る別の媒体として、カンボジア以外の国の人がこうした漫画を見れる機会がうまれたら、それは興味深いのではないだろうか?と思い、思わず、サッチャさんに、「これをコピーさせてもらえませんか、そして、これを持って色んな人に見てもらい、もっと多くの人に見てもらえる機会が作れるかも知れません。この時点ではまだ何ともいえないけれど」と伝えると、サチャさんは承諾してくれた。数袋あったスーパーの袋の中から、とりあえず一袋を選び、それを持って、コピーをしに行く。簡単に装丁してもらうと、立派な一冊のポートフォリオになった。

何しろ、半身不随の身になってからは、今までの職場を解雇され、サッチャさんの生活はかなり貧しくなっている。なんとか、才能を生かして、今後も活動出来る様にならないものか。描く意思の強い人間が、受け入れざるを得ない現実に直面している。この状況と体の不自由さに彼の優れた才能が負けてしまうのかと思うと、我慢が出来ない気持ちになった 。現在、不自由になった右手から左手に筆を持ち替え、キャンバスに向かいながら、自宅でゆっくりとポートレイトを描いている。彼にとって、描く事を止める事は、生きる事の一部を放棄する事に等しい。

(写真上):右半身不随になってからは、筆を持つ手を左にかえて描いている。

右半身は麻痺してしまったけれど、サッチャさんの描きたいと思う心が麻痺することはないだろう。しかし、その心をなんとか、なんとかして、生かせる道はないものだろうか…。

写真と文:youme.

(写真上): 風刺漫画の一こま。この類の漫画は、カンボジアの若者にも簡単には読めない様だ。

(写真上):風刺漫画の一こま。最近の携帯電話ブームの様子がうまく一こまに表現されている。

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