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メコン圏を描く海外翻訳小説 第8回「外人部隊 ディエン・ビエン・フーの黄金」(ダグラス・ボイド 著、伊達 奎 訳)
- 2003/12/10
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メコン圏を描く海外翻訳小説 第8回「外人部隊 ディエン・ビエン・フーの黄金」(ダグラス・ボイド 著、伊達 奎 訳)
「外人部隊 ディエン・ビエン・フーの黄金」(ダグラス・ボイド 著、伊達 奎 訳、東京創元社、1998年7月 《原作は1992年》
<著者紹介)Douglas Boyd
東西冷戦時代に英国空軍の情報部員としてベルリンで過ごし、ロシア語を専門とする諜報活動に従事。その後、貿易業、BBC放送プロデューサー兼ディレクターを経て、専業作家に。デビュー作である本書が好評のうちに迎えられ、現在までに長編5作を刊行。(本書著者紹介より、本書発刊当時)<訳者紹介>伊達 奎(だて・けい)
1948年生まれ。東京外国語大学卒。英米文学翻訳家。訳書にデイヴィッド・メイス『海魔の深淵』(創元SF文庫)。(本書訳者紹介より、本書発刊当時)
本書は、1992年に出版された長編小説『THE EAGLE AND THE SNAKE』 (Douglas Boyd著)の日本語翻訳作品。第2次大戦後、ヴェトナムがフランスとアメリカを相手に戦った2つの戦争を背景に、タイ族などの少数民族が居住するラオス国境に近いベトナム西北部のディエン・ビエン・フーの地で、元フランス外人部隊兵の一団が闇の軍資金をめぐって争奪戦を繰り広げる大河冒険小説。1831年の創設以降、世界各地の地域紛争を股にかけてきたフランス外人部隊が主に描かれているが、ヴェトナムやアルジェリアなど、第2次大戦後の植民地戦争に翻弄されるいくつもの人間ドラマが重層的に織り成す壮大な物語に仕上がっている。戦争だけでなく、戦後、世界を賑わしたいろんな歴史的大事件もストーリー展開背景に盛り込まれている。
本書の主人公でもあり語り手でもあるラウル・デュヴァリエは、ナポレオンの時代から代々将軍を輩出してきた名家出身のフランス人で、第1次インドシナ戦争時は世界でも類を見ない精鋭軍団・フランス外人部隊の将校としてベトナムに駐留し、在ヴェトナムのフランス軍最高司令官の副官に選ばれていた。ラウル・デュヴァリエは、身体強健にして自信に満ちあふれ、富と容貌にめぐまれ、有名モデルの美しい妻ユゲットがフランスにいた。ポロとスキーを筆頭に、スポーツは万能で、フランス代表で1948年のオリンピックに出場し銅メダルを獲得と、何から何まですばらしいことずくめで、前途洋々の美男子という、申し分のない男でもあった。
そんな主人公の運命を大きく変えたのが、第1次インドシナ戦争末期の1954年、ラオス国境に近いベトナム西北部で展開されたディエン・ビエン・フーの戦いであった。あちこちで分散的に攻撃してくるヴェトミンに対し、ただ応戦するだけの戦い方をしてきたフランス軍が、戦い方を変え、ヴェトミンのラオス進入を阻止できるディエンビエンフーに、155ミリ砲をそなえた砲兵隊の擁護の下に、2万の軍を送り込み難攻不落の要塞を築き、ここで一気にヴェトミンを撃滅するという作戦に出た。ところが、ザップ将軍率いるヴェトミン軍の攻撃の前にディエンビエンフーのフランス軍基地は陥落寸前となり、1954年4月、前線で指揮をとることを志願して他の外人部隊隊員たちとこの基地にパラシュート降下したラウル・デュヴァリエに、ディエンビエンフー基地の司令官から、特別な任務を与えられた。
それは、ディエン・ビエン・フー作戦に投与された、現地で徴募したタイ人やヴェトナム人などの現地兵に支払う給料の箱詰めの金貨を、基地主要部からヴェトミン軍の包囲網をジープで突破し、主戦域外にあった、南に3マイルのところにあるイザベル前哨基地に移送するというものだった。しかし1954年5月フランス軍の全面敗北となり、ラウルもヴェトミンの捕虜となり、陥落前に隠し埋めた金貨のありかを探し求めるヴェトミンから厳しい拷問を受け、ついには脚を失い容貌もすっかり変わり果ててしまう。
長く厳しい拷問の末、金貨のありかを吐いたラウルは、捕虜収容所からハイ・トンのさびれた漁村でフランス赤十字の代表団に引き渡され、1955年2月、重度の傷痍軍人として担架に乗ったまま帰国となる。マルセイユで下船後に移送されたスペインと国境を接する人里離れた高地にある軍の病院で療養中、ディエンビエンフーで金貨の箱の隠し場所を敵に教えたとして、軍情報部からの調査をうけ1955年12月、軍法会議で汚名を被せられ軍からも除籍されてしまう。妻からも離婚され父親からも見放された半身不随のラウルは、会計士を生業に人生を出直そうと、サン・マルタンというフランスの片田舎の村にひとり住み、不自由な耐乏生活に挑戦しようとする。
ディエンビエンフーの戦いでのフランス軍関係者はフィクションではあるものの、実在の人たちに酷似する登場人物が描かれ、戦闘をめぐる描写は生々しいし、ヴェトミンのミン大尉からの拷問の場面は痛々しい。ここまでの話でも、なかなか劇的なストーリー展開であるが、第6部まである大長編の本書のなかでのほんの第1部にすぎない。この後、舞台はアルジェリア、フランスにも移り、数多くの多彩な人物が登場し、第2次大戦後の国際情勢を背景に壮大な大河ドラマが繰り広げられていく。
主人公のラウルが半身不随となりフランスの片田舎にいるものの、ラウルはインドシナ情勢をずっと追いつづけており、本書後半でストーリーは、再びディエンビエンフーで展開されることになる。ディエンビエンフーで金貨を2ヶ所に分けて埋めて隠していたラウルは、ヴェトミンに教えなかったもう一ヶ所の金貨を奪還する作戦を、1961年4月のアルジェリアにおける反ド・ゴール叛乱後、入植者の秘密軍事組織(OSA)に参加し勝ち目のない無謀なテロ行為に加わっていた友人の元フランス外人部隊大尉ケーニグに打ち明ける。そして、ケーニグと共に秘密裡にフランス外人部隊員達をスカウトし、ヴェトナムでの電撃隠密作戦を遂行できる私設部隊を編成していく。時あたかもヴェトナム戦争のさなか、果たしてこの作戦の成否や展開方法が気になるところだ。ここでは作戦実行の1973年当時のラオスが登場し、ラオスの山岳地帯からモン(メオ)族の現地山岳民族と共にベトナム領ディエンビエンフーに向かうことになる。
多数のフランス外人部隊兵への著者による徹底取材により、本書では外人部隊内部の細部にいたるまで詳細に描かれているが、特に友人のケーニグを始めラウルの作戦に加わる事になる外人部隊兵の一人一人の入隊に至る経緯などが詳しい。ケーニグは難民として家族でフランスに入りスラム街に育ってきたドイツ人でラウルとはサン・シール士官学校の同期生でフランス外人部隊の将校として活躍するが反ドゴール叛乱後、フランスに反旗を翻し後にベトナム中部高原でゴム園を経営する。父親が敏腕の実業家という1958年入隊のアメリカ人のフランク・ハンセンは家出をしてフランス外人部隊に入隊後、一旦除隊し帰国して平和な生活を送っていたが家族の不幸な事故があり、テト攻勢を告げるテレビ画面を見て1968年アメリカ海兵隊に志願しベトナムの戦場で山岳部族付きの特殊部隊の軍曹として戦っていた男だった。西ベルファストにあるカソリック教徒の貧民街で育ちIRAに関与したアイルランド人のショーン・ケアリー。英国のパブリックスクールの学生で父親がイギリス国会議員ながら仏外人部隊に入隊したイギリス人のロジャー・ミルトン。それに父親がヒットラー親衛隊で戦後フランス外人部隊に入りアルジェリア、ベトナムに転戦しディエンビエンフーで戦死したというドイツ人の同性愛者ハンス=ペーター・ミューラー。これら3人はいろんな事情から1967年にフランス外人部隊に入隊したメンバーだ。
尚、原題の「THE EAGLE AND THE SNAKE」(鷲と蛇)であるが、鷲と蛇が絡み合ったフランス外人部隊の連隊章について、戦争というものの両面を象徴している、と本書で語られているところがある。”鷲、これは兵士たちが戦場で人間本来の利己主義を超越し、自らの身の危険も顧みず、必要とあらば命も捨てる覚悟で、傷ついた仲間を -たとえそれがすでに死んでいる仲間であろうと -奪還しようとするときの高揚した気分を表している。蛇は -戦争の暗い裏側を、殺戮のための殺戮を、そしてたがいに理性を捨てた苦しく醜い戦いを象徴している。”
本書の目次
(文庫版・上巻)
第1部 1953年9月~1958年1月
第2部 1958年~1964年
第3部 1967年夏~1968年2月
(文庫版・下巻)
第3部 1967年夏~1968年2月(承前)
第4部 1971年5月~1973年8月
第5部 1973年9月
幕 間
第6部 1974年、そしてそれ以降
訳者あとがき
解説/毛利元貞
関連テーマ
●ディエン・ビエン・フーの戦い
●ボ・グエン・ザップ将軍
●フランス外人部隊
●アメリカ陸軍特殊部隊
●エア・アメリカストーリー展開時代
・1953年9月~1974年、・1990年
ストーリー展開場所
・ヴェトナム(ハノイ、ディエンビエンフー、ハイトン、中部高原、サイゴン)
・ラオス(ヴィチェンチャン、ムオン・グォイ)
・タイ
・フランス (コルシカ島を含む)
・アルジェリア
・アメリカ
・北アイルランド
・西ドイツ (ミュンヘン)
・クウェート
主な登場人物たち
【第1部】
・ラウル・デュヴァリエ(本書の語り手。フランス外人部隊第一歩兵連隊大尉)
・ケーニグ (ラウルの同期生。外人部隊大尉)のちにベトナム中部高原でゴム園を経営。妻ヴェトナム人との間に2人の子をもうける)
・ユゲット(ラウルの妻、有名モデル)
・ラウルの両親
・レピーヌ将軍(ヴェトミン・ゲリラ殲滅作戦を携えてパリから派遣されてきたフランス軍の新任最高司令官)
・ヴァランタン(フランス軍の砲兵隊大佐)
・ド・ボンヌヴィル将軍(ディエンビエンフーの司令官)
・ミレイユ(ド・ボンヌヴィル将軍の秘書)
・ハンス・ミューラー(フランス外人部隊のドイツ人)
・フランツ(フランス外人部隊のドイツ人)
・ラフォン(イザベル基地を守る外人部隊の大佐)
・外人部隊情報部の大尉と中尉
・マリー=ラヴァル(ラウルの従姉妹でベトナム入植者に嫁ぐ)
・ギュスターヴ・ラヴァル(マリーの夫で、3代にわたってベトナムで錫とゴムを扱ってきた資産家)
・セルクル・スポルティフ(ハノイのフランス人入植者のエリートたちがひいきにしている会員制社交クラブ)の掃除夫、ウエイター、
・ミン(ヴェトミンの政治将校)
・ヴェトミン政治将校
・チャン(中国人顧問で心理戦術家)
・心理分析医(トランのフランス軍病院)
・外科医長(トランのフランス軍病院)
・ルイーズ・ラクロス(主任物理療法士、ケベック州出身のフランス系カナダ人女性)【第2部以降】
・ギュスターヴとマリー(インドシナからのフランス人難民となりアルジェリアにたどり着き、無一文から農園経営)
・マリー=フランス(ギュスターブとマリーの娘)
・アンリ・ロドリゲス(スペイン系。マリーの隣人。4代にわたりアルジェリアに住む脳英経営者)
・ジョセット(アンリ・ロドリゲスの妻)
・レジャンドル(憲兵隊の捜査官)
・ハッサン・アブー=バクル(エンフィダ町長)
・ミミ(オランの外人部隊駐屯所近くでバー経営の未亡人。アンリのおば)
・ヤースミーン(ミミの店の料理人)
・フランク・ハンセン(アメリカ人の仏外人部隊兵)1958~63年、仏外人部隊在隊
・グラスゴー出身の伍長
・スヴェン・ハンセン(フランクの父親、ハンセン食料品会社社長)
・ジョアン・フォスター(スヴェンの秘書)
・フランクの母親
・バディ・ド・ブルフ(仏外人部隊兵)(ベルギー人のジプシー)
・グリュンヴァルト(仏外人部隊兵)
・マルチネス(メキシコ人の外人部隊兵)
・グリヴァス(ギリシャ人外人部隊軍曹)
・アリス・コジンスキー(バディの文通相手。のちにフランクの妻)
・フランクとアリスの双子の子ども
・ジャクソンヴィルの警察署長
・ショーン・ケアリー(仏外人部隊の新兵、アイルランド人)
・カラガン神父(カソリックの神父。ショーンの後見人)
・シェイラ・ケアリー(ショーンの母)
・マイケル・ケアリー(ショーンの父)
・パトリック(ショーンの叔父)
・ローズマリー・キーオ(ショーンの音楽教師)
・ザ・マンと呼ばれる男
・ロジャー・ミルトン(仏外人部隊の新兵。イギリス人)
・ヴァネッサ(寮監の娘)
・パリの売春婦
・ハンス=ペーター・ミューラー(仏外人部隊の新兵。ドイツ人)
・ヴァンセンヌの外人部隊徴募所の歩哨
・ハンスの母親(女性専用の美容院経営)
・シュトロス(ハンスの美術教師)
・シュタイナー(自動車修理工場主)
・シャンタール・ボルヌ(ベルリン進駐軍のフランス人将校の妻)
・グローマン(仏外人部隊の伍長)
・チェッキ(仏外人部隊の伍長、コルシカ人、格闘技の教官)
・ラルセン(マルセイユの旧港近くでバーを経営。元フランス外人部隊落下傘部隊軍曹。スウェーデン人)
・フォン(サイゴンのアメリカ大使館の図書室で民俗学部門の司書をつとめるベトナム人女性)
・フォンの父親
・2人のタイ人女性(バンコクからヴィエンチャンのエア・アメリカの同乗者)
・フォックスウェル・スタントン少佐
・スージー(ヴィエンチャンの「ホワイト・ローズ」のストリッパー)
・黒人のヒューイの整備士
・フォークナー(ヴィエンチャンからムオン・グォイまでのエア・アメリカのパイロット)
・副操縦士
・カール・ヨルゲンセン(インディアナ大学の民族学の教授)
・スタンリー(カールの副手)
・チェン (中古水牛のベトナム人仲介業者)
・塩を買いに来た2人のメオ族の男
・メオ族のガイド
・在フランスソ連大使館のソ連人警備官
・ベトナム共和国保安団の一隊