「マンダレーの夕日」

The Sunset of Mandalay by Yumi Milano
祐未 みらの 著
角川書店、1999年5月
ISBN4-04-873164-5

 本書は第11回サントリーミステリー大賞読者賞受賞作家による、書下ろし1300枚、単行本2段組で約500ページにも及ぶ大長編。留学や海外勤務経験のある著者のこれまでの作品同様、この作品も登場人物リストをみればわかるように国際色の強い作品でもあるが、同時にインパール戦の解説を含めた日本軍のビルマ戦線の状況や終戦後の昭和20年代から30年代にかけての昔の日本がストーリー背景に描かれてもいる。登場人物が非常に多いためか、最初は人物関係を理解するのに多少大変かもしれないが、読み進むにつれ、それぞれの人物の像が明確になってきて、やがてそれぞれの人物のからみ具合がわかりだすと、壮大なスケールで描かれる人間群像のドラマにぐんぐんと引き込まれる。「マンダレーの夕日」と本書のタイトルがついてはいるものの、これはルビーのネックレスの名前で、現代の東京が主たるストーリー展開場所となっている。

 本書のタイトルとなっている「マンダレーの夕日」とは、所有者に富と名声をもたらすといわれる伝説のルビーで、1965年、当時のトップモデルであったエヴァ・キャンベルが、恋人の中東の産油国の王子アギアッドからルビーの原石をもらい、このルビーを中央に据えた豪華なネックレスが作られ、アギアッド王子によって「マンダレーの夕日」と名づけられる。名前の由来は、中央に燦然と輝くルビーが、ビルマ第2の都市マンダレーから北北東に150キロほど行った、モゴックで産出されたものであった。そして、この「マンダレーの夕日」は、アカデミー賞女優、アラブの石油王、日本の土地成金、イギリスの男爵夫人など様々な人の手を渡り歩いてきていたが、このルビーに秘められたある野望と愛憎、復讐が、この壮大な人間ドラマを作っている。

 第1章のタイトルは「1998年3月14日」で、この日に本書の主な登場人物が各地各所の場面で現われる。まず、この日は東京都内の一流ホテルで建設大臣を主賓に呼び、350人を招待した一部上場の三枝建設社長・河野孝夫と妻・優子との間の一人息子・河野浩之の結婚披露宴となっている。河野浩之の結婚相手は貧しい家庭に生れ横浜のデパートで働いていた娘・成田玲子であるが、この結婚には河野孝夫が画する誰も知らないある復讐の意味が込められていた。そしてこの結婚式には、三枝建設がイギリスに所有するカントリークラブの名誉理事であるグリースン男爵の若き夫人シモーヌが、秘書のクロフォード夫人の手配で、「マンダレーの夕日」のネックレスをつけて参加した。

 結婚披露宴後、河野孝夫は、同日早朝、東京・日野市の多摩川の河川敷で、河野孝夫の昔の知人で、ファッションヘルスの支配人をしていた坂西重治が刺殺されているのが発見されたことを新聞で知り驚く。また同じ日、今は東京郊外の老人ホームに入っている白川富貴子が大学生の孫・中田亮に、少尉としてインパール戦に参加し29歳でビルマで戦死した祖父の遺品についての秘密を打ち明ける。その秘密とは、終戦後、祖父の腹心の部下だった浜田という人が遺骨と一緒に届けてくれた遺品は、ビルマ産の最高級のルビーで、小さな仏像の中に隠したまま仏壇に置いていたが、いつかわからぬもかなり昔、気付いていたら仏像の中のルビーが消えていたというものだった。更に、同じ日、イギリスでは、グリースン男爵夫人の秘書であるクロフォード夫人の家をグリースン男爵の長男コリンが訪ね、クロフォード夫人についての興味深い過去をある男から教えてもらったと語る。

 本書の登場人物で、緑川暁子と原田の二人も強い存在感を出している。原田は、もともと中堅の出版社で男性週刊誌の記者として働いていたが、緑川暁子のために離婚し、また後に会社を辞めることになり、今では文筆業をしながら新宿ゴールデン街で酒場のマスターを務める42歳。原田の恋人が、29歳の緑川暁子。彼女は大学卒業後、準大手の証券会社に就職。客の原田と親しくなり、既婚の原田は離婚するも、2人の関係は一旦破綻し緑川暁子はアメリカの大学に留学するが、やがてドラッグにはまりヤク漬けでぼろぼろとなる。このシーンがプロローグで描かれている。原田のおかげでドラッグから卒業でき日本に戻るが、今は、日本に来た外国人相手のコールガールをしていた。

 まず坂西重治の死に河野孝夫が関っていると思い込んだ重治の女房のゆかりから、重治の死について調べて欲しいと原田が頼まれ、緑川暁子が調査を始める一方、中田亮も祖父の消失した遺品の行方を調べだすことで、ストーリーは第2章から新たに動き出す。純朴爽やかで感じの良い好青年の中田亮と、アクの強い感じがする緑川暁子の2人がやがてパートナーを組み調査を進めることになるのだが、過去の真相解明やストーリーの大胆で意外な進展もさることながら、この不思議なコンビの2人の関り合いがまた楽しい。

 大東亜戦争時のビルマ戦線の話だけでなく、中田亮が長崎に飛んで調べ上げたある一族の盛衰と造船業の話なども大変詳細に引き合いに出され、その内容は大変興味深い。これらの話の参考となったと思われる原典も、本書巻末に参考文献として列挙されている。ビルマ関係ではインパール戦の関連書籍以外に、日本兵とビルマの子供たちの絆を綴った『ビルマの耳飾り』(武者一雄、光文社)が挙げられているが、この本ではマーチャというビルマの女の子の耳飾りについて書かれているが、本書「マンダレーの夕日」では、家宝のルビーに託して中田亮の祖父の無事を祈ったビルマ人女性はアーチャとなり、ルビーの首飾りとなっている。

◆『マンダレーの夕日』の所有者変遷:(本書のストーリー上)
・アギアッド
中東の産油国の王子アギアッドがビルマ産のルビーの原石を所有
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・エヴァ・キャンベル
1965年、当時のトップモデルであるエヴァ・キャンベルが、恋人であるアギアッド王子から、ビルマ産ルビーの原石をもらうが、この高品質のルビーで作られる豪華なネックレスをねだる。9.7カラットに削られたこのビルマ産ルビーが中央に据えられ、新たに調達された4カラット前後の4つのタイ産ルビーが中央のルビーに2つずつセットされ、つなぎの部分にはダイアモンドがふんだんに使われた、このネックレスがアギアッド王子によって「「マンダレーの夕日」と名づけられる。
「マンダレーの夕日」をを手に入れた2年後の1967年、エヴァはアギアッド王子と別れ、イタリアのデザイナーと結婚、幸せな日々を送るがやがて夫の仕事が行き詰まり、「マンダレーの夕日」を売却。
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・スーザン・エッカード
エヴァのモデル仲間で、テレビ界への転進に成功したスーザン・エッカードが、パトロンだった不動産会社の社長に買わせ「マンダレーの夕日」を手にいれる。ウォール街で派手に儲けていた証券マン、マイケル・ザッカーマンと結婚するが、ザッカーマンは病的に嫉妬深く、自分の妻になる女が他の男から贈られた宝石をつけることを許さず。
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・リンダ・グリーン
「過ぎし日のカレン」でもらった出演料全てに貯金を出して購入。アカデミー主演女優賞を2度受賞し、1970年代後半から80年代半ばにかけてハリウッドに君臨した大女優。ヨーロッパのある子爵夫人が秘密裡にエメラルドのネックレスを処分したがっていることを、知り合いの宝石商から聞かされ、「マンダレーの夕日」を手放して、そのエメラルドのネックレスを購入。
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・南米の金持ち老女
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・日本の土地成り金の長女(赤城美佐江) 1980年代終りから90年代初め父親が株に手を出し投資に失敗し、「マンダレーの夕日」を手放す   
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・リンダ・グリーン
映画界から引退後、1994年1月、胃がんにより死去。1995年5月2日、ニューヨークのサザビーズで、リンダ・グリーンの遺品のオークション開催。
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・イギリスの男爵夫人

◆河野孝夫の略歴(フィクション)
昭和20年1月28日、父源一郎、母マツの一人息子として、長崎県に生れる。両親が原爆投下時に亡くなったため、孤児になった河野は、マツの妹島村よし子に引き取られる。しかし、よし子が病弱のため、河野は中学を卒業すると同時に上京し、立川市にある松波秀雄の家で働き始める。この松波秀雄は、立川市でもやしの製造卸売業を営んでいて、河野が長崎でアルバイトをしていた松波という家の次男。
昭和35年の春から松波秀雄の家で働くが、朝から夕方まで松波の家で働き、夕方から新宿のバー「ウィンダミア」で働くという仕事の掛け持ちを5年間続けた。
昭和40年に東京の三鷹市新川で売りに出ていた古いアパートを即金で購入。松波秀雄の家と「ウィンダミア」を辞めた後、自分が買ったアパートの一室で暮らしながら、夜間高校に通い始める。
夜間高校を卒業すると、河野は25歳で慶応の経済学部に入学。大学での唯一の友人が三枝修一郎で、三枝の家に時々遊びに行きそこで妻となる修一郎の姉である三枝優子と知り合う。河野と優子が出会った時は、優子・修一郎の父・平吉は2部上場の三枝建設の社長。

本書の目次
プロローグ
第1章 1998年3月14日
第2章 胎動
第3章 模索
第4章 交錯する思惑
第5章 パートナー
第6章 それぞれの地で
第7章 前進
第8章 愛憎の果て
エピローグ

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