「CAMBO.DEAR (親愛なるカンボジア)」(youmeさん)第13回「プノンペン・映画と町のルネサンス」大看板描きの巨匠 リム・キィブ

「CAMBO.DEAR (親愛なるカンボジア)」(youmeさん)第13回「プノンペン・映画と町のルネサンス」大看板描きの巨匠 リム・キィブ

このフォトジャーナルで以前書いた、スヴァイ・ケン氏についてメールで問い合わせを頂いたのはもう数ヶ月前の事になる。「プノンペンの氏のアトリエを訪ねたい…」というその女性は、その後、プノンペンで彼のアトリエを訪ね、現地からケン氏の近況を知らせてくれた。

その後、バンコックでお会いする事になって、話に花を咲かせていた時、彼女が町で撮ってきたと言う写真を何枚か見せてくれた。その中には、彼女自身が気になったから写真に収めたものが何枚かあって、その中に自分もここ1,2年の間で気になっていたものを発見し、「次回は、これを描いている人に会ってみたいと思っていたんです…」と、お互いの関心事に更に共通点を発見し、深夜まで話は尽きなかった。

因みに『これを描いている人』とは、『映画の大看板を描いている人』の事である。97年とか98年には、モニボン通りに外国人相手にビデオ上映をしていた映画館があったのを記憶しているけれど、ここ2年位の間に、モニボンに地元の人向けに映画館が再館した。その時、通りは開館を待つ客で溢れていたのを記憶している。

(写真)入れ替えを待つ新映画の大看板

そして、それ以来、町には映画館が増えた。と言うか、復活した。小さなプノンペンの町の至る所で、強烈なインパクトの看板を見る。気にしたくなくても、気にせずにはいられない程なのである。そうして、この大看板描きの巨匠・リム・キィブさんに会いに行った。ガレージを作業場にしたオープンスペースに、間近で見ると更にインパクトの強い看板があちこちに置かれている。大きなキャンバスに向かって大きなブラシで作業をしていたのがキィブさんだった。

大看板描きの巨匠・リム・キィブさん

現在60歳のキィブさんは、1961年、劇場が人々に愛され、いつも多くの人で賑わっていた当時に、この仕事を始めた。「ちゃんとした教育を受けてはいないし、まして、大学などは行ってないよ…」と、左手には看板の原画、右手にはブラシ、目線はキャンバスに向けられて、そう話してくれた。あたりはペンキの匂いで充満している。

すでに夕方を過ぎてあたりが暗くなって来ていたので、「明日、また話しを聞かせて下さい。」と、改めて約束して帰宅した。翌日、キィブさんを尋ねると、昨日描いていた看板が見当たらず、すでに新しい看板にとりかかっていた。「あれは、もう劇場に持ってったよ。1日で仕上げないと間に合わない事が多いんだよ」とキィブさん。

(写真):作業場に無造作に置かれている看板の切れ端

現在、キィブさんは市内のほとんどの劇場の看板を描いている。プノンペンでも『ビルボード』と言って、大型のプリンタを使った色鮮やかな企業のPRが目につく様になったが、手描きの看板と比べると、コストに大きな差がある為、入れ替わりの激しい映画の看板になると、映画館のオーナーはキィブさんに仕事を依頼する事になる。

しかし、キィブさんの看板の魅力はコスト的な部分だけではない様だ。カンプル・ペック劇場のマネージャー、ブン・シィアさんは、『キィブさんは非常に才能のある熟練した画家だと思うんです。いつも私は、映画の中で最も印象的なシーンを選んで、彼に看板をお願いしています』と語る。

1975年以降、映画や映画館がカンボジアからなくなり職を失ったキィブさんは、ポルポト政権崩壊後、市内に戻って看板描きの仕事を続けた。映画がこの町に再び戻ってくるまでは、あらゆる看板描きの仕事をし、現在に至っている。ご自身は、『これが芸術かどうか』とかには全く興味がない様で、最近、色んな人が話しに来るのが不思議だと言わんばかりだった。注文がくれば、戻ってきた看板のキャンバスにまた下地を塗り、そこに新しい画を描いて行く。彼の生み出す大看板は、消費される事を繰り返す芸術だけれど、それでも、この町の至る所で彼の看板を目にするという事は、一番身近な庶民の文化が「再生」している事を意味する。

(写真)出来上がった看板を送り出すキィブさん

写真と文: youme.

脚注:※ルネサンス
〔「ルネッサンス」とも〕14~16世紀、イタリアから西ヨーロッパに拡大した人間性解放をめざす文化革新運動。都市の発達と商業資本の興隆を背景として、個性・合理性・現世的欲求を求める反中世的精神運動が躍動した。この新しい近代的価値の創造が古代ギリシャ・ローマ文化の復興という形式をとったので、「再生」を意味するルネサンスという言葉で表現された。文化革新は文学・美術・建築・自然科学など多方面にわたり西欧近代化の思想的源流となった。文芸復興。

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