メコン圏対象の調査研究書 第34回「ケネディはベトナムにどう向き合ったか ー JFKとゴ・ジン・ジェムの暗闘 ー」(松岡 完 著)

「ケネディはベトナムにどう向き合ったか  ー JFKとゴ・ジン・ジェムの暗闘 ー 」(松岡 完 著、ミネルヴァ書房、2015年6月発行)

<著者紹介>(本書紹介文より。本書発刊当時)
松岡 完(まつおか・ひろし)
1957年 生まれ。1980年、東京大学卒業。1986年、筑波大学大学院修了(法学博士)。立命館大学専任講師、同助教授、筑波大学助教授を経て、現在(発刊当時)、筑波大学人文社会系教授(政治外交史、アメリカ外交史などを担当)。専門は、アメリカ外交史、ケネディ政権の外交政策(特にベトナム政策)。
著書:『ダレス外交とインドシナ』(同文館、1988年)。『20世紀の国際政治』(同文館、1992年、改訂増補版、2003年、第3版、2014年
)。『ワールドカップの国際政治学』(朝日選書、1994年、増補版、1996年)。『1961 ケネディの戦争 ー 冷戦・ベトナム・東南アジア』(朝日新聞社、1999年)。

”ベトナム戦争はなぜ激化したのか。本書では、その転機を1963年に求め、同年5月に発生した仏教徒危機、半年に及んだアメリカと南ベトナム政府との対立、そして11月のクーデターまでの一連の経過を詳細に解明する。それまで良好であったケネディとゴ・ジン・ジェム(南ベトナム大統領)の関係はいかにして断絶したのか、そしてなぜジェムは暗殺され、ケネディはベトナムで挫折を余儀なくされたのか、彼らの足跡を軸にいきいきと描く。”と、本書カバーで紹介されている通り、本書は、1963年5月8日に、ベトナム共和国(南ベトナム)のフエでベトナム共和国政府と仏教徒が衝突した仏教徒危機勃発から、1963年11月1日に決起されたベトナム共和国陸軍の将校達による軍事クーデターまでの半年間の経緯を詳細に解明する研究書。著者は、専門が、アメリカ外交史、ケネディ政権の外交政策(特にベトナム政策)の研究者で、本書刊行前にも、『1961 ケネディの戦争 ー 冷戦・ベトナム・東南アジア』(朝日新聞社、1999年)、『ケネディと冷戦 - ベトナム戦争とアメリカ外交』(彩流社、2012年)、『ケネディとベトナム戦争 ー 反乱鎮圧戦略の挫折』(錦正社、2013年)などの著書がある松岡 完(まつおか・ひろし)氏。本書のタイトル『ケネディはベトナムにどう向き合ったか』に示される通り、南ベトナム政府側からや南ベトナム政府内部からの論述ではなく、アメリカのケネディ政権後半のベトナム戦争介入破綻の政治的側面を扱っている。

歴史ドキュメンタリーでもある本書に描かれる2人の主役は、本書のサブタイトル「JFKとゴ・ジン・ジェムの暗闘」とある通り、アメリカ合衆国第35代大統領(在任1961年1月20日~1963年11月22日)のジョン・F・ケネディ(1917年5月29日~1963年11月22日)と、ベトナム共和国(南ベトナム)初代大統領(在任1955年10月26日~1963年11月2日)のゴ・ジン・ジェム(1901年1月3日~1963年11月2日)。本書の序章では、アメリカと南ベトナムの二人の指導者が、10年前の1953年にアメリカのワシントンで最初の出会いを果たす時まで話が遡っている。当時、ベトナム中部、アンナン地方の名門貴族出身で1901年生まれの52歳のゴ・ジン・ジェムは、フランス統治下、25歳で省知事に、32歳で内相となるが、その後フランスへの反感から閣僚を辞任。1945年以降、亡命生活を続け、1953年当時は、敬虔なカトリック信者のゴ・ジン・ジェムは、アメリカ・ニュージャージー州の修道院に滞在していて、反仏・反共の民族主義者として、ベトナム独立への支援を得るべく奔走中。当時、前途洋々の若手政治家のカトリック教徒のケネディに、ゴ・ジン・ジェムを紹介し二人の中を取り持ったのがウィリアム・ダグラス最高裁判事。当時アメリカは、ホー・チ・ミンと戦うフランスに軍事援助を与え、小規模ながら軍事援助顧問団(MAAG)を維持し、間接的にインドシナでの反共戦争(第一次インドシナ戦争)を戦っていたが、ウィリアム・ダグラスは、現地の反共民族主義勢力を糾合する核としてのゴ・ジン・ジェムに期待する、ベトナム・ロビー(ジェム・ロビー)の一員だった。

その後、ゴ・ジン・ジェムは、1954年7月7日、ドワイト・アイゼンハワー政権がフランスにかけた圧力の賜物で誕生したバオ・ダイ政府(ベトナム国)の首相となり、更には1955年10月26日の国民投票で、バオ・ダイを一蹴、新たに建国されたベトナム共和国の初代大統領となり、アメリカの支援を受けて強固な反共政権を築き上げていく。一方、上院議員時代のケネディは一貫して、反共国家南ベトナムとその強力な指導者ゴ・ジン・ジェムを支え、1960年11月8日、大統領省選挙で共和党の対立候補ニクソンを打ち破り、1961年1月20日、アメリカ大統領に就任。ともに、ソ連・中国・北ベトナム・民族解放戦線という、同じ敵を相手に戦う同盟者であるはずだった、二人の指導者、アメリカと南ベトナムの関係は、冷戦激化の中、勝利を目指すケネディが南ベトナムに様々な改革を求め、ゴ・ジン・ジェムが全くそれに応じようとしなかったことから、順風満帆ではなかったが、1962年まで、アメリカの強固なてこ入れ策が奏功した結果、戦争がうまくいっているように見えた間だけは、その摩擦は覆い隠されていた。その状況が一変するのが、1963年5月8日の仏教徒危機の出現と捉える。この半年後に、1963年11月1日には発動されたにベトナム共和国陸軍の将校たちによる軍事クーデターによりゴ・ジン・ジェム政権は倒され、ゴ・ジン・ジェムは、実弟で大統領政治顧問のゴ・ジン・ニューとともに、1963年11月2日、軍首脳は二人は自殺したと発表するものの、実際は銃殺で暗殺されてしまう。ケネディ大統領も、それからわずか20日過ぎの1963年11月22日にテキサス州ダラスで暗殺と、1963年11月という同年同月に二人とも暗殺による死を迎えることになる。

本書の構成は、序章「運命が交錯した日」に続き、第1章 「炎上 ー 仏教徒危機の勃発」、第2章「苦悶 ー 正面衝突への道」、第3章「訣別 ー 苦渋の決断」、第4章「崩壊 ー 混沌への一里塚」と時系列に、半年間の一連の経過が詳しく分析され、終章「無力な超大国」で結んでいる。第1章 「炎上 ー 仏教徒危機の勃発」は、1963年5月8日にフエで起こった南ベトナム政府と仏教徒が衝突する仏教徒危機勃発)から書き起こされている。仏陀生誕の記念行事を5月8日に控え、フエは五色の仏教旗で埋め尽くされていたが、5月7日、仏教旗を当局者が引きずり下ろしてしまい、政府に対する大規模な抗議デモが発生し、軍が発砲し死者が出る事件が起こる。1963年6月2日と3日には、寺院周辺を去ろうとしない人々を相手に、南ベトナム政府軍(ARVN)がフエで民衆鎮圧に催眠ガスを使用し、6月3日、フエに戒厳令発布。更に、同年6月11日、仏教徒弾圧に抗議するため、サイゴンの繁華街の一角で、僧侶ティック・クァン・ドゥックが焼身自殺し、AP通信のマルコム・ブラウンが撮影した写真が全世界に衝撃を与える。

仏教徒危機の背景や底流となる、ジェム統治の専制ぶりや、宗教に限らず、世代対立、地域対立、都市部と地方の対立など国内各層での不満の蓄積、複数の秘密警察の活動や、はびこる腐敗、アメリカからの援助依存体質など、この仏教徒危機勃発以前からのジェム政権の実態が描かれるが、こうしたジェム政権に対するアメリカ政府内の評価や対応方針についての様々な見解があり、ケネディ政権内で方針決定も揺れる様子が生々しい。1963年2月25日のマンスフィールド民主党上院院内総務の南ベトナム視察報告公表が南ベトナム国内の反政府派を刺激し、ジェムの対米信頼を傷つけたという批判も生まれている。親ジェム派の代表格だった駐南ベトナムのアメリカ大使のフレデリック・ノルティングに対し、ケネディ政権内に、ゴ・ジン・ジェム大統領をまったく動かせないことへの不満が高まり、その後任大使に、共和党の元上院議員、前副大統領候補だった大物のヘンリー・キャボット・ロッジの任命を、1963年6月27日に発表。この後任大使は1963年8月22日にサイゴンに到着するが、対ジェム強硬派のロッジ大使の任命は、南ベトナムで政府軍内部の間にジェム政権打倒クーデターへの動きを加速させたことは間違いないだろう。”アメリカはアジアのかけがえのない反共指導者としてジェムを支え続けつつ、しかしいつでもその代替策の採用を辞さない、二正面作戦を展開していた”という表現が、曖昧で不安定な状況を表わしている。

こうした中、1963年8月21日、南ベトナム(ベトナム共和国)の首都サイゴンのサーロイ寺院を政府軍が襲撃し、政府による大規模な寺院襲撃が始まり、逮捕者は全土で1400人を超え、政府が戒厳令を布告。この事件勃発から、第2章「苦悶 ー 正面衝突への道」が展開。この8月21日の寺院襲撃が、ケネディ政権にとって、決定的な転換点となり、公然たる対ジェム政治戦争に乗り出したという見方を紹介している。この第2章の期間は、1963年8月21日の南ベトナム政府による大規模な寺院襲撃以降、9月中旬迄の1ヶ月にも満たない期間ながら、同日、アメリカ国務省が仏教徒抑圧に遺憾の意を表明。8月22日にはロッジ新大使がサイゴンに到着。国際開発庁(AID)がサイゴンへの人員派遣・新規援助を停止から、いろんな事が立て続けに起こっている。中でも、8月24日にアメリカ国務省からサイゴンに送られた国務省電243号の電報の内容にも驚くが、更に、ジェム打倒クーデターを是認する電報が発信されることの確認許可手続きの杜撰さは衝撃的。この国務省電が送られたことでケネディ政権が空中分解したというぐらい、ジェム放逐派の強引で無理矢理な動き方が突出している。同じ8月24日には、南ベトナム政府軍のチャン・バン・ドン将軍が、CIAサイゴン支局員のルシアン・コネインにクーデター支持の保証を要請したり、8月31日には政府軍首脳により計画されたクーデターが中止になったりもしていて、水面下でいろいろなきな臭い動きが活発化してくる。

第3章「訣別 ー苦渋の決断」では、アメリカが圧力戦術に傾斜していく動きで、9月16日に、アメリカ政府の極東担当国務次官補のロジャー・ヒルズマンが、まず改めてジェムとの信頼を築き、ジェムからの改革の約束を取り付けるが、それが無理なら、ジェム政府との完全な絶縁を公に声明することも、クーデター計画を促すことも辞さないという段階的圧力計画を作成。9月17日には、アメリカの国家安全保障会議(NSC)が段階的圧力計画を承認。10月に入り、10月5日にはアメリカは商品輸入計画・特殊部隊支援などの援助停止を決定し、米軍事顧問1000人の撤退計画を正式決定。10月10日には、CIAサイゴン支局員のルシアン・コネインが南ベトナム政府軍のズオン・バン・ミン将軍にクーデターを妨害しないと約束。10月23日には、南ベトナム政府軍のチャン・バン・ドン将軍がCIAサイゴン支局員のルシアン・コネインに一週間以内のクーデターを予告。10月30日、ズオン・バン・ミン将軍らが決起を決断する。第4章「崩壊 ー混沌への一里塚」では、まさに、南ベトナム政府軍将軍たちが決起した1963年11月1日のジェム政権打倒の軍事クーデター勃発とその後の推移、それに対するアメリカ政権の反応などが詳述されている。ゴ・ジン・ジェム政権の命運だけでなく、ゴ・ジン・ジェムと、実弟で大統領政治顧問のゴ・ジン・ニューが自殺と発表されながら、実際には惨く暗殺されてしまうことも、なかなかショッキングな展開。ジェム政権打倒後の新政権の発足後の評判からその後の混乱についても紹介されている。本書巻末には、政権参画者などの肉声(回顧録・演説集・インタビュー・録音記録)などをはじめとして、非常に多岐にわたる多数の内外の参考文献が挙げられている。

本書に描かれる2人の主役は、アメリカ合衆国第35代大統領(のジョン・F・ケネディと、ベトナム共和国(南ベトナム)初代大統領のゴ・ジン・ジェムではあるが、ケネディ政権のワシントン側、サイゴン側の数多くの人物が登場。ジェム政権やゴ・ジン・ジェムに対してのスタンスの違いから、親ジェム派、ジェム擁護派と、対ジェム強硬派に分かれ、ケネディ政権が対南ベトナム政策において、一枚岩でなく、その状況認識や方針決定においても、右往左往していた様子が本書ではよく分かる。ジェム擁護派と言っても、親ジェム派ではなく、ゴ・ジン・ジェムにとって代わって南ベトナムをしっかり統治できる人物が見当たらないという理由からのジェム擁護派もいて、アメリカのケネディ政権内部もなかなか複雑な様相を示している。ケネディ政権内では、テイラー統合参謀本部議長や、マクナマラ国防長官、マッコーンCIA長官などがクーデター反対論の立場。一方、本書はアメリカ側からの外交的側面に焦点を当てているため、ベトナム側からの情報はアメリカ側に比べ、非常に少ないものの、名前は登場するが、情報は少ない。ベトナム共和国(南ベトナム)初代大統領のゴ・ジン・ジェムが本書の一方の主役ではあるものの、アメリカ側では「いったい、誰がベトナムを統治しているのか」という問題提起があがるほど、実弟で大統領政治顧問のゴ・ジン・ニューや、事実上のファースト・レディのゴ・ジン・ニュー夫人の存在が大きく、アメリカ側が、ゴ・ジン・ジェム以上に、ゴ・ジン・ニューやニュー夫人に手こずり扱いにくい人物と捉えていたことが本書でも随所に感じることができる。一方、ゴ・ジン・ジェム打倒勢力として期待されるはずの南ベトナム政府軍の将軍たちが、ズオン・バン・ミンやチャン・バン・ドンなど、本書でも名前は登場してくるが、南ベトナムの政局やアメリカとの関係をどう判断しどう動いたか、アメリカ側のクーデター推進派との接触等の様子については、あまり分かり得ない。

目次

序章 運命が交錯した日
1. 1963年の政変
見捨てられた人々/ ジェム没落とケネディ/ 失われた正統性/ 同盟国への裏切り
2. 崩落の起源
手ひどい失策/政治的真空/ 混沌の中で苦悶/ またもや政府崩壊/ 回転ドアの時代へ/ もう一つの「もし」/ 戦争アメリカ化の起点
3. 10年目の暗転
最初の出会い/救国の英雄を支援/ 浮沈をともに/ 破綻にいたる道

第1章 炎上 ー 仏教徒危機の勃発
1.衝突の底流
宗教紛争の背景/ 多重構造の不満/ ジェム統治の実態/ 非効率な専制/ 報道とも軋轢/ 援助依存体質/ 政府の黒幕/ 恐るべき女魔術師/ 異文化との遭遇/ 壊れたレコード/ 鳴り響く警鐘/ 荒療治も想定/ 躊躇を乗り越えて/ ラオスで予行演習
2.古都での事件
眠たげな街/ 2つの宗教旗/ 事態収拾の努力/ 政府は怠慢/ 赤い影/ 低音外交/ 変節の始まり/ 要求と反発/ 対立の深い根
3.  サイゴンとバーミングハム
焼身自殺/ 僧侶のバーベキュー/ 和解成立/ 力による解決/ 存在感増す弟/ 目指すはジェムの首/ 爆発の予感/ 衝撃的な写真/ 糾弾の声/ 宣戦なき戦争/ 友人としての脅迫/ 馬耳東風の独裁者/ 暖簾に腕押し/ 絶縁寸前/ サイゴン猛反撃
4.  堪忍袋の緒が切れた
反ジェム人事の萌芽/ ロッジに白羽の矢/ 対決に本腰/ 露骨な下心/ 迎撃態勢/ ノルティング再登板/ 友好関係復活/ 軟化にも限度/ 相変わらず頑強/ 去りゆく者への贈り物/ 崩れ落ちる政策
5.  放逸の予兆
出番待つ人々/ ビッグ・ミンに期待/  獰猛なワニ/ ジェムを守れ/ 政治危機が引き金に/ 現実味帯びる選択肢/ 将軍たちの計画/ 牽制と恫喝/ 無為自然の道/ 成功への確信が欠如/ 大使交代の意味

第2章 苦悶 ー 正面衝突への道
1.襲われた寺院
外科手術を決断/ 襲撃の目的/ 寺院内の共産主義者/ 勝利の代償/ 恐怖の街/ 沈みゆく船/ ニューが表舞台に/ 夫妻は頭痛の種/ 揃って退場を/ 三位一体
2.ニューの大誤算
下手人は特殊部隊ら/ 完璧な奇襲/ 挑発に激怒/ VOAが宣戦布告/ けんか腰の新大使/ 三人の僧侶/ 家族の安全も取引材料/ 決定的な転機/ 柔軟路線の敗北/ 沈黙を武器に/ 非公式圧力を活用/ 唯我独尊
3.  援助停止を検討
援助削減報道の波紋/ 強まる対決色/ 右往左往/ 効力発揮の見込みなし/ 戦争と国民生活を破壊/ 狙いはザーロン宮殿/ チャーチ決議案/ 世論も沸騰/ イメージ改善が急務/ 国連が舞台に/ ニュー夫人外遊へ/ 苦肉の策
4.  点滅する青信号
一通の国務省電/ 手続きに重大な齟齬/ 嵐の到来/ 空中分解/ 信号はそのまま/ 確かな足どり/ ロッジ始動
5.  消えては浮かぶ陰謀
アメリカの保証/ 突然の腰砕け/ 砂上の楼閣/ 兵力も団結も不足/ 二重の疑心暗鬼/ 失敗恐怖症/ 暗中模索の日々/ 脇役幻想/ アメリカの力が必要/ 制御可能な企て/ 闇雲に突進/ ニューの更迭を/ 恫喝外交への批判/ 時間稼ぎで抵抗/ 援助停止の意味/ 勝利を阻む壁/ 指導者交替か現政府維持か/ 相変わらず逡巡/ 再挑戦/ 牽制策しきり

第3章 訣別 ー 苦渋の決断
1.圧力戦術に傾斜
戒厳令解除/ 一触即発/ 段階的圧力計画/ 確信なき路線/ 説得は不調/ 態度は決まった/ すべては勝利のために
2.伝家の宝刀を抜く
サラミ戦術/ 商品輸入援助/ 止められた資金/ 静かな決定/ 二つの懸念/ 初手から望み薄/ 足元を見られる/ 特殊部隊支援が槍玉に/ ジェム株が急落/ 猛女来襲
/ 暴言の報い/ 国連の行動
3.  袋小路に突入
援助停止の影響/ 折れる姿勢も/ 強硬策が奏功か/ 何も変わらず/ 援助など要らぬ/ 戦いは自力で/ 言質を与えず/ あからさまな威嚇/ 袖の下の鎧/ 建国記念日の事件/ 攻撃目標の中核/ 出国を拒否/ 厄介者の夫妻
4.  メリーゴーランドは廻る
弱気の将軍たち/ 情報枯渇に苦慮/ 出口を模索/ 視線の先/ クーデターもやむなし/ なお残る疑問/ 息吹き返した策謀/ 援助停止が点火/ 消えた守護神/ 風雲急告げる街/ 微妙な均衡/ 蜂起前夜
5.  千鳥足の政権
対立が深刻化/ 動揺は続く/ 大使と司令官/ 絶望と希望と不安/ 猛烈な反対論/ 瓦解への不安/ 成功も難題/ 右往左往/ 状況不透明/ 勢いは止められず/ 成り行き任せ

第4章 崩壊 ー 混沌への一里塚
1.決起の日
部隊が動き出す/ ワシントンに急報/ 粛々と進む作戦/ 勝利宣言/ 高飛車な要求/ 脱出と投稿/ 偶発的自殺/ 動機は明白/ 一族の命運
2.巨大な衝撃波
顔面蒼白/ 落胆と後悔/ 現実から目を背ける/ 想定外の事態/ お座なりな出国協力/ 最後の電話/ 冷淡な扱い/ 責任転嫁

3.  アメリカの役割
不意打ちを食らう/ 決起直前の出来事/ 情報を与えられず/ アメリカを疑う/ 相互不信の罠/ 主役は彼ら/ 関与を全否定/ 政権全体の手柄/ 無力を痛感/ 組織管理に難渋
4.  輝ける再出発
軍政万歳/ 新しい憲法と政府/ 上々の滑り出し/ 国民の支持を確保/ 欣喜雀躍/ 二人三脚/ 承認のタイミング/ 中南米と何が違う/ 筋道は立った/ 援助再開の条件/ もう一つの支持表明/ 経済回復の徴候
5.  波乱含みの旅立ち
わき起こる不安/ 馬脚現した将軍たち/ 怠惰と無能/ 弱体な軍政府/ 騒擾の残り火/ 報復の空気/ 官僚の大量追放/ 機能障害に陥る/ 二頭政治が災い/ 民政化への隘路/ 権力の味/ 内部抗争への号砲/ 対米依存は続く/ 資金枯渇を回避/ 終った問題のはずが

終章 無力な超大国
1.弱腰の理由
ジェムを動かせ/ アメもムチも無駄/ カトリックの耳に念仏/ 衛星国の衛星国/ 冷戦心理が災い/ 救援投手はどこに
2.巨大な溝
文明の衝突/ 異文化理解の努力があだに/ 民主化など時期尚早/ 忍耐が肝要/ 虎の背にまたがった男/ 問題の根源/ 決断の鍵/ 自業自得

3.  傲慢不遜な外交
言葉は謙虚だが/ アメリカ人の病/ 虚構に乗った自己過信/ 建前は助言者/ 尊大な姿勢は一貫/ 挫折したアメリカ式統治法

参考文献
あとがき
関連年表
事項索引
人名索引

おもな登場人物
【アメリカ ー ワシントン】

・ジョン・F・ケネディ(1917年~1963年11月22日、35代大統領(就任1961年1月20日)、民主党)
・リンドン・ジョンソン(副大統領)

・マクジョージ・バンディ(国家安全保障担当大統領補佐官)
・マイケル・フォレスタル(国家安全保障会議スタッフ)
・アーサー・シュレジンガー(大統領特別補佐官)
・セオドア・ソレンセン(大統領特別顧問)
・ロバート・ケネディ(司法長官、ケネディの弟)
・ディーン・ラスク(国務長官)
・ジョージ・ボール(国務次官)
・アベレル・ハリマン(極東担当国務次官補、1963年4月から政治担当国務次官)
・ロジャー・ヒルズマン(国務省情報調査局長、1963年4月から極東担当国務次官補)
・ポール・カッテンバーグ(国務省極東局スタッフ)
・ロバート・マクナマラ(国防長官)
・ウィリアム・バンディ(国防次官補)
・マックスウェル・テイラー(統合参謀本部議長)
・ジョン・マッコーン(CIA長官)
・ウィリアム・コルビー(CIAの極東責任者、1962年6月までCIAサイゴン支局長)
・チェスター・クーパー(CIAベトナム作業班長)
・マーガレット・ヒギンズ(『ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン』記者)
【アメリカ ー サイゴン】
・フレデリック・ノルティング(1963年8月まで駐南ベトナム大使)
・ヘンリー・キャボット・ロッジ(1963年8月から駐南ベトナム大使)
・ウィリアム・トルーハート(駐南ベトナム代理大使)
・ジョン・メクリン(米大使館広報担当参事官)
・ポール・ハーキンズ(軍事援助司令官)
・ジョン・リチャードソン(1963年10月までCIAサイゴン支局長)
・ルシアン・コネイン(CIAサイゴン支局長)
【南ベトナム】
・ゴ・ジン・ジェム(大統領)
・ゴ・ジン・ニュー(大統領政治顧問、ジェムの弟)
・ゴ・ジン・ニュー夫人(事実上のファーストレディ)
・グエン・コク・ト(副大統領、ジェム打倒後の首相)
・グェン・ジン・トゥアン(国務相)
・ズオン・バン・ミン(政府軍の将軍・大統領軍事顧問、ジェム打倒の中心人物)
・チャン・バン・ドン(政府軍の将軍、ジェム打倒の一員)
・チャン・ティエン・キエム(政府軍の将軍、ジェム打倒の一員)

関連年表(1963年:アメリカとベトナム)
・2月25日:マンスフィールド民主党上院院内総務らの南ベトナム視察報告公表。
・4月4日:ジェムが米軍事顧問削減を要求。
・5月5日:フエでゴ・ジン・トゥック大司教聖職在位25周年記念行事。
・5月6日:マクナマラ国防長官が段階的撤退計画の作成を命令。
・5月8日:フエで政府と仏教徒が衝突、仏教徒危機勃発。
・5月10日:仏教徒が政府に5項目要求を提出。
・5月23日:ノルティング大使が休暇をとり出国。
・5月29日:政府が宗教の自由保障を声明。
・6月2日:南ベトナ政府軍(ARVN)がフエで民衆鎮圧に催眠ガスを使用。
・6月3日:フエに戒厳令発布。
・6月4日:政府と仏教徒代表が紛争解決で仮合意。
・6月6日:ホワイトハウスが対ジェム圧力戦術を承認。
・6月11日:僧侶ティック・クァン・ドゥックが焼身自殺。
・6月16日:政府と仏教指導者が和解を共同声明。
・6月27日:ロッジ新大使の任命発表。
・7月8日:1960年クーデター未遂事件の裁判開始。
・7月11日:ノルティングがサイゴンに帰還。
・8月15日:ノルティングが出国。
・8月21日:政府軍が寺院を襲撃。政府が戒厳令を布告。国務省が仏教徒抑圧に遺憾の意を表明。
・8月22日:ロッジ新大使がサイゴンに到着。国際開発庁(AID)がサイゴンへの人員派遣・新規援助を停止。
・8月23日:ロッジが経済援助使節団(USOM)施設に避難した僧侶と面会。
・8月24日:国務省電243号がジェム妥当クーデターを是認。
・8月24日:チャン・バン・ドン将軍がCIAのコネインにクーデター支持の保証を要請。
・8月26日:国務省が寺院襲撃の実行犯として特殊部隊と警察を名指し。
・8月26日:VOA(アメリカの声放送)が寺院襲撃の真相と援助削減の可能性を報道。
・8月26日:ロッジがジェムに信任状を提出。
・8月27日:VOAが援助削減報道を取り消し。米軍人の家族によるベトナム旅行が停止。
・8月27日:カンボジアが南ベトナムと断交。チャン・ティエン・キエム将軍が一週間以内のクーデターを予告。
・8月29日:ロッジに援助停止声明の権限付与。ドゴール仏大統領がベトナム中立化を提案。
・8月31日:政府軍首脳によるクーデターが中止。ウ・タント国連事務総長がジェムに人権尊重を呼びかけ。
・9月2日:ケネディがテレビ・インタビューでジェム政府の政策と人事の変更を要求。
・9月3日:非軍事分野の援助停止。
・9月4日:セイロンなどが国連総会に南ベトナムの仏教徒問題討議を要請。
・9月9日:ニュー夫人が外遊に出発。
・9月11日:援助停止に関する決定をいったん延期。
・9月12日:チャーチ上院議員らが抑圧政策中止を援助の条件とする決議案を提出。
・9月14日:国際開発庁が援助1850万ドル分を凍結。
・9月16日:戒厳令解除。ヒルズマンが段階的圧力計画を作成。
・9月17日:国家安全保障会議(NSC)が段階的圧力計画を承認。
・9月24日:マクナマラ=テイラー視察団が南ベトナムを訪問(活動は、10月1日まで)
・9月27日:南ベトナム国会選挙実施。
・10月2日:国家安全保障会議が圧力戦術本格化の方針を確認。
・10月4日:南ベトナム政府が国連調査団を招請。
・10月5日:商品輸入計画・特殊部隊支援などの援助停止を決定。
・10月5日:リチャードソンCIAサイゴン支局長が出国。米軍事顧問1000人の撤退計画を正式決定。
・10月7日:南ベトナム新国会開会。ニュー夫人がアメリカ入国。
・10月7日:『タイムズ・オブ・ベトナム』が援助停止を報道。ド・バン・リ南ベトナム新大使が着任。
・10月8日:国連総会が調査団派遣を決定。
・10月9日:フランスが南ベトナムと援助協定調印。
・10月10日:コネインがズオン・バン・ミン将軍にクーデターを妨害しないと約束。
・10月23日:チャン・バン・ドン将軍がコネインに1週間以内のクーデターを予告。
・10月24日:国連調査団が到着(活動は11月3日まで)。
・10月26日:建国記念日に政府が冗費節減・自給自足政策を開始。
・10月27日:7人目の焼身自殺。
・10月29日:米海兵隊などがベトナム沖合に待機。
・10月30日:ズオン・バン・ミン将軍らが決起を決断。
・10月31日:ロッジの帰国予定が延期。
・11月1日:ジェムとロッジが最後の会見。
・11月1日:ジェム政府打倒クーデター始まる。軍事革命評議会(MRC)が設立。
・11月2日:ジェムとニューの殺害。
・11月4日:ベトナムへのアメリカ人旅行制限解除。
・11月5日:臨時憲法公布。臨時政府が発足。
・11月6日:軍事革命評議会執行委員会が設立。
・11月7日:戒厳令解除。米、新政府承認を発表。
・11月9日:米、商品輸入援助再開を声明。
・11月20日:ホノルル会議。南ベトナムで賢人会議発足。
・11月22日:ケネディ暗殺。ジョンソンが大統領に昇格。

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