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メコン圏対象の調査研究書 第20回 「マングローブ入門」海に生える緑の森(中村武久・中須賀常雄 著)
- 2003/11/10
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メコン圏対象の調査研究書 第20回 「マングローブ入門」海に生える緑の森(中村武久・中須賀常雄 著)
「マングローブ入門」海に生える緑の森(中村武久・中須賀常雄 著、めこん、1998年4月発行)
著者略歴(本書紹介文より。1998年発刊当時)
中村武久(なかむら・たけひさ)
1932年、長野県生まれ。1956年、東京農業大学農学部農学科卒業。東京農業大学農学部助教授を経て、1986年に東京農業大学農学部教授(教養課程)。現在は同大学大学院農学研究科指導教授、地域環境科学部森林総合科学科教授。理学博士。1990年より日本マングローブ協会理事、1994年より日本マングローブ学会会長を務める。著書に『植物の成長』(第一法規出版)、『原色図説 熱帯果樹』(熱川バナナ・ワニ園熱帯動植物友の会)、『ポナペ島 その自然と植物』(第一法規出版)、『みどりと人間の文化』(東京書籍)、『バナナ学入門』(丸善)等がある。中須賀常雄(なかすが・つねお)
1944年、長崎県生まれ。高知大学農学部林学科卒業後、1972年に北海道大学農学部大学院終了。琉球大学農学部助手を経て、現在、琉球大学農学部助教授。専門は造林学。農学博士。沖縄国際マングローブ協会理事を務める。著書に『湿原生態学』(共著 講談社)、『沖縄のヤシ図鑑』(共著 ボーダーインク社)、『沖縄のモクマオウ』(ヒルギ社)、『沖縄林業の変遷』(ヒルギ社)等。論文には『マングローブ林の林分解析』等マングローブに関するものが多数ある。
本書は、マングローブ【熱帯や亜熱帯の海水や汽水の塩分を含む水域(感潮域)に生育する植物の総称や林(群落)】について植物学や森林生態学および保全に関する調査研究の成果をまとめたもので、マングローブ研究の第一人者による徹底解説本。本のタイトルが『マングローブ入門』となっているとおり、巻頭のカラー写真をはじめ数多くの写真やイラスト・図表なども掲載され、本書はマングローブについて知らない一般の人が興味を持ち理解を広げ深めることができるような構成内容になっている。最後の第5章では、「世界のマングローブ植物」と題して右記の植物についての詳細なイラストや解説まで付いている。
マングローブという言葉は今では多くの人々に広く知られるようになったが、言葉を聞き知っているというだけでマングローブの生態・人との関わり・地球環境における役割などについて正しく理解している人はまだまだ多くないのではなかろうか。第1章では「マングローブ入門」と題して、マングローブの言葉の定義や語源、マングローブの生育場所・世界での分布、マングローブの起源と発展など、まずマングローブの全体的な概要に関する解説が為されている。
マングローブは世界中の熱帯・亜熱帯に分布しているが(マングローブ植物の種類によってそれぞれ生育環境の適不適があり、塩分濃度、土壌や水深、地形、気象条件などさまざまな条件が複雑に関係)、東南アジアが世界一のマングローブ分布圏であり、メコン圏域ではミャンマーからタイを含むアンダマン海沿岸部に広大なマングローブ林が広がっている。
南アジアに含めるパキスタン、インドからスリランカ、バングラデシュ、ミャンマー、タイ、カンボジア、ベトナム、中国南部、香港、台湾、日本(沖縄、鹿児島の一部)、フィリピン、ブルネイ、マレーシア、インドネシア、シンガポールの国々が東南アジアのマングローブ分布圏で、この地域におけるマングローブの総面積は7万5173平方kmで世界のマングローブ面積の42%にあたり、世界一のマングローブ分布圏 -国際マングローブ生態系協会(ISME)が出版した「世界のマングローブ地図帳』(1997)より -
本書でも掲載写真をはじめ、タイのマングローブについての解説紹介が断然多くなっている。1970年代後半東南アジアでのマングローブ林への人口圧が大きくなり、特にタイでは著しく、当時タイ政府科学技術エネルギー省の次官であったサンガ・サバシ博士が、日本のマングローブ研究者の協力で、急減しているマングローブ林の造林、保全を進めたいとしていた。これに応え、海水科学の権威者・杉二郎博士のもと、本書著者をはじめとする日本の研究者グループがタイで本格的にマングローブの総合的研究を開始し、植物学、森林生態学、土壌学、水産学、植物性理学、動物学など幅広い分野で調査研究が行われている。
第1章「マングローブ入門」の後半では、マングローブ植物「解体新書」として、植物としてのマングローブがどういうものであるかの解説に移っている。マングローブについて余り知らなかった人にとっては、この箇所が非常に興味深く、マングローブの不思議な魅力や謎に引き込まれるのではなかろうか。海水の影響を受ける厳しい環境に耐えることのできるマングローブ植物の器官や形態が非常に特殊だ。まず根については、海水域、あるいは水底の不安定な泥土という環境条件ともかかわって、支柱根、筍根、膝根、板根などと、マングローブの根は非常に様々な不可思議な形態となっている。またマングローブの多数を占めるヒルギ科のものが、すべて胎生種子とよぶ特別な繁殖体をもつのも、マングローブ植物の特徴の一つ。マングローブ植物でふつうの植物のように繁殖体として種子を持つものでも、厳しい環境ですばやく成長する仕組みを発達させている(その他の変わった種子)。更に葉についても吸収した塩分をどのように処理しているかなど、環境適応と生物の進化について興味は尽きない。
第2章では、マングローブ林の近くにする人々が、生活の中でマングローブ植物をいかに利用してきたかについて述べられ、構造材(建築材)、燃料、染料、薬用、食用、生活道具など、その利用は多岐にわたっている。更にマングローブ生態系は、マングローブ林を構成する樹木類だけでなく、ツル類、シダ、着生ラン類などの植物、その林の中に生息するサル、トカゲ、鳥などの大型動物、昆虫などの小動物、また水中に生える海藻や水中に生息するエビ類や魚類、泥土に生息する貝、カニやゴカイなどの底生動物やいろいろな微生物などの生物と、それを取り巻く水や土などの環境とから成り立っている。東南アジアの海岸沿いで生活しているマングローブ住民は、それぞれの環境に適した多種多様な動植物が生息するマングローブ生態系の豊かな資源に依存する生活様式をとってきた。
そして第2章後半以降で、こうしたマングローブ生態系が、木材・薪炭材としての伐採、エビや養殖地の開発、錫採掘、農地や塩田への転用、港湾や空港の建設、工業用地などの人間の生活拡大のための開発で、どのように破壊されていき、どういった弊害・影響が起きるのかについて詳しく述べられている。そしてラノーン(タイ南西部)にあるマングローブ研究センター所長のレポートを参考にタイの行政機関が取組んできたマングローブ造林計画について、また本書の企画者でもある財団法人オイスカのマングローブ植林活動などをはじめいくつかのNGOの各地での植林活動の取り組みなどについても紹介しながら、マングローブの保護・保全や再生につき、その課題や方法などを第4章で論じている。
本書の目次
はじめに
第1章 マングローブ入門
マングローブは「海の森林」
「マングローブ」の言葉の意味/マングローブの生育場所/世界に分布するマングローブ/マングローブの生い立ち/ マングローブは陸から海へ
マングローブ植物「解体新書」
マングローブであることを示す特徴/マングローブは何種類か?/マングローブの不可思議な根/胎生種子という繁殖体/マングローブの葉と塩類腺第2章 マングローブと人間のかかわり
マングローブ植物の利用法
マングローブは身近な植物/工夫を凝らす構造材としての利用/ 普及するマングローブ炭/民間薬としてのマングローブ/ 染料そのほかとしての日本での利用法
マングローブ林とエビ
多様な動植物が生息するマングローブ生態系/豊かな資源に依存する住民の生活/エビの乱獲による資源の枯渇/ マングローブ湿地が養殖池に/日本のマングローブ林と漁業
マングローブ林への人的圧力
変化する生活様式とマングローブの破壊/商品化される炭/ 減少がいちじるしいタイのマングローブ林/錫採掘による破壊/ 防災林の役割を果たすマングローブ第3章 地球環境とマングローブ
地球環境を変える熱帯林の喪失
森林の種類と喪失の現状/生物種滅亡の危機/二酸化炭素の増加と温暖化の問題/砂漠化と熱帯林
マングローブが担う環境への役割
熱帯林の一つであるマングローブ林/マングローブ林減少の実態/マングローブ林を学び、地球環境を守る第4章 未来へ残そうマングローブ
マングローブを守る
海と川の恵みが流れ込む河川域/ 保護管理される先進国のマングローブ域/ 注目されるアグロフォレストによる土地利用/ 日本のマングローブ分布/観光やエコ・ツアーへの課題
マングローブの植林法
研究が進む人口更新法/自然の回復力に手を貸す保育作業/ 植林計画は目的を明確に/ボランティア団体の植林の問題点
マングローブ植林の実際
注目される「子供の森」の植林活動/ 地元住民の生活に根ざしたパラワン島の植林/ NGOのマングローブ植林活動/タイのマングローブ造林計画第5章 世界のマングローブ植物
おわりに
【コラム】
沖縄南大東島の大池のオヒルギ/ マングローブ林の魔物/ マングローブの民話/ 世界一背の高いマングローブ
世界の主要なマングローブ植物
■トウダイグサ科
・シマシラキ(エキコエカリア・アガロチャ)
■センダン科【ホウガンヒルギ属(ザイロカルプス)】
・ホウガンヒルギ(ザイロカルプス・グラナツム)
・ニリスホウガン(ザイロカルプス・メコンゲンシス)
・ルンフィホウガン(ザイロカルプス・ルンフィー)
■アオギリ科
・サキシマスオウノキ(ヘリティエラ・リットラリス)
■ミソハギ科
・ミズガンピ(ペンフィス・アキドゥラ)
■フトモモ科
・オスボルニア(オスボルニア・オクトドンタ)
■ハマザクロ科【ハマザクロ属(ソネラティア)】
・マヤプシキ(ソネラティア・アルバ)
・ムベンハマザクロ(ソネラティア・アペタラ)
・ベニマヤプシキ(ソネラティア・カセオラリス)
・グリフィスハマアクロ(ソネラティア・グリフィッチイ)
・グルンガイハマザクロ(ソネラティア・グルンガイ)
・ホソバハマザクロ(ソネラティア・ランケオラタ)
・マルバマヤプシキ(ソネラティア・オバタ)
■ヒルギ科【オヒルギ属(ブルギエラ)】
・シロバナヒルギ(ブルギエラ・シリンドリカ)
・ニセオヒルギ(ブルギエラ・エクザイスタタ)
・オヒルギ(ブルギエラ・ギムノリザ)
・ハイネッツイオヒルギ(ブルギエラ・ハイネッシイ)
・ヒメヒルギ(ブルギエラ・パルビフロラ)
・ロッカクヒルギ(ブルギエラ・セクサングラ)
【コヒルギ属(ケリオプス)】
・デカンドラコヒルギ(ケリオプス・デカンドラ)
・コヒルギ(ケリオプス・タガル)
【メヒルギ属(カンデリア)】
・メヒルギ(カンデリア・キャンデル)
【ヤエヤマヒルギ属(リゾフォラ)】
・フタバナヒルギ/フタゴヒルギ(リゾフォラ・アピクラタ)
・ハリソンヒルギ(リゾフォラ・ハリソニイ)
・ラマルクヒルギ(リゾフォラ・ラマルキイ)
・アメリカヒルギ(リゾフォラ・マングル)
・オオバヒルギ(リゾフォラ・ムクロナタ)
・カズザキヒルギ(リゾフォラ・ラケモサ)
・サモアヒルギ(リゾフォラ・サモエンシス)
・セララヒルギ(リゾフォラ・セララ)
・ヤエヤマヒルギ(リゾフォラ・スタイロサ)
■シクンシ科【ラグンクラリア属】
・ラグンクラリア(ラグンクラリア・ラケモサ)
【ヒルギモドキ属】
・アカバナヒルギモドキ(ルムニツェラ・リットレア)
・ヒルギモドキ(ルムニツエラ・ラケモサ)
■ヤブコウジ科
・ツノヤブコウジ(エーギセラス・コルニクラツム)
・フロリダムツノヤブコウジ(エーギセラス・フロリダム)
■イソマツ科
・アエギアリティス・アンヌラタ
・アエギアリティス・ロツゥンディフォリア
■アカネ科
・ウミマサキ(スキフィフォラ・ハイドロフィラセア)
■クマツヅラ科
・ウラジロヒルギダマシ(アビケニア・アルバ)
・ヤナギバヒルギダマシ(アビケニア・ユーカリプティフォリア)
・ゲルミナヒルギダマシ(アビケニア・ゲルミナンス)
・ヒルギダマシ(アビケニア・マリナ)
・マルバヒルギダマシ(アビケニア・オフィキナリス)
・バラノフォラヒルギダマシ(アビケニア・バラノフォラ)
・ビカラーヒルギダマシ(アビケニア・ビカラー)
・シャウエリアヒルギダマシ(アビケニア・シャウエリアナ)
・アフリカヒルギダマシ(アビケニア・アフリカナ)
■ノウゼンカズラ科
・ドリカンドゥロン(ドリカンドゥロネ・スパタケア)
■キツネノマゴ科
・ミズヒイラギ(アカンタス・イリキフォリウス)