メコン圏関連の図録・報告書・資料文献 第9回 「特別展 没後35年 澁澤龍彦『高丘親王航海記』」図録(編集・発行:鎌倉文学館)

メコン圏関連の図録・報告書・資料文献 第9回「特別展 没後35年 澁澤龍彦『高丘親王航海記』」図録(編集・発行:鎌倉文学館)


「特別展 没後35年 澁澤龍彦『高丘親王航海記』」図録(2022年10月発行、編集・発行:鎌倉文学館市営管理者 鎌倉市芸術文化振興財団・国際ビルサービス共同事業体)

本書は、2022年10月2日(日)~2022年12月23日(金)に鎌倉文学館にて開催された特別展「没後35年 澁澤龍彦 高丘親王航海記」の図録。鎌倉にゆかりのある文学者の直筆原稿などの資料を収蔵展示している鎌倉文学館は、2023年4月1日から2027年3月31日までの4年間、大規模な改修のため休館となっているが、その4年間の大規模な改修休館前に、東京生まれながら鎌倉に移り住み亡くなるまで鎌倉で暮らした鎌倉に大変ゆかりのある澁澤龍彦氏(1928年~1987年)の没後35年を記念し、唯一の長編小説で遺作となった「高丘親王航海記」に焦点を当てた展覧会を開催。

鎌倉文学館 特別展 没後35年 澁澤龍彦「高丘親王航海記」
2022年10月2日(日)~2022年12月23日(金)
鎌倉文学館
(神奈川県鎌倉市長谷1-5-3)

主催:鎌倉文学館指定管理者 鎌倉市芸術文化振興財団・国際ビルサービス共同事業体

「高丘親王航海記」は、マルキ・ド・サドの研究者としても知られる日本の小説家、フランス文学者、評論家の澁澤龍彦(1928-1987年8月5日)の晩年の小説で唯一の長編小説で、本の出版を見ることなく59歳で亡くなった遺作。本のタイトルからは歴史小説の航海記かとも思えるものの、内容は、澁澤龍彦氏だけあって、非常に幻想的なファンタジーの世界を描いた作品。( → メコンプラザ内の澁澤龍彦 著「高丘親王航海記」書籍紹介はこちら

この展覧会図録は、3部構成で、「高丘親王航海記」の世界については、第3部で、澁澤龍彦氏が残した草稿と単行本のため手を入れた校正稿に、漫画家の近藤ようこ氏(1957年~)がコミカライズし高く評価された「高丘親王航海記」の漫画原稿で紹介。小説「高丘親王航海記」を読んでない方にも、「高丘親王航海記」のあらすじや世界が分るし、また、小説「高丘親王航海記」を既に読んでいる人にとっても、近藤ようこ氏の漫画原稿で、視覚的に「高丘親王航海記」の世界を辿ることができる。7章に分かれた小説「高丘親王航海記」の舞台となった、広州から占城、占城から真臘のトンレサップ湖へ、真臘から盤盤、盤盤からアラカンを経て南詔へ、南詔の大理からアラカンに戻り、獅子国(スリランカ)に向かうもスリウィジャヤの都(小説ではスマトラのパレンバン)に流れ、羅越(小説ではマレー半島南端)に向かうルートが、7章ごとに地図で示され分かりやすい。

この小説は何とも奇妙でありながら、物語の主人公は、平安時代初期に実在した高丘親王(799~865?)がモデル。799年に第51代・平城天皇の第三皇子として生まれ、809年に第52代天皇・嵯峨天皇の皇太子となったが、810年の「薬子の変」に連座して皇太子を廃される。その後仏門にはいり、空海の高弟10弟子の1人に数えられ、835年、空海の入定の際、高僧の一人として高野山奥之院まで葬送したり、855年、地震で東大寺の大仏の頭部が落ち、その東大寺大仏の修復に尽力し、861年3月、東大寺大仏仏頭修復の供養大仏会開催後、数え年63歳で求法のため唐へ渡る勅許を得て、翌862年入唐、さらに865年、数え年67歳で、天竺(今のインド)に向かうため広州を海路で出発した後、消息を絶っている。

本図録では、第1章の中で、「高丘親王の生涯と伝説」と題し、高丘親王関係系図、高丘親王略年譜とともに、高丘親王のことが書かれた「日本後紀」や説話集「閑居友」、谷崎潤一郎「シンガポール陥落に際して」などの文章や、「真如法親王像」や川端龍子「真如親王」など高丘親王が描かれた絵なども紹介されている。( → メコンプラザ内の関連テーマ・ワード情報「高丘親王(真如法親王」はこちら

展覧会では、澁澤龍彦氏の原稿類や筆跡類、旧蔵書、愛蔵品などが主な資料として展示され、これらの主な展示資料は本図録でも取り上げられ紹介されている。やはり、非常に興味がそそられ、本展覧会ならではの醍醐味としては、この特異な小説「高丘親王航海記」がどうして生まれたか?創作の過程はどうだったのか?ということではなかろうか?本図録の第一部「高丘親王航海記」が生まれるまで として、「高丘親王航海記」のタネや「高丘親王航海記」創作の源泉などが紹介されている。

これによると、少年時代に血沸き肉躍る冒険小説を愛読し、なかでも南洋一郎(みなみ・よういちろう、1893年~1980年、日本の児童文学・冒険小説・ノンフィクション作家、翻訳家)に大きな影響を受けたと、澁澤龍彦氏は子供時代の事を書いていて、「南洋一郎の物語は、動物学や考古学や地理学や、また世界の7つの海に対する、少年のロマンチックな冒険心や知識欲を刺激するエピソードにみちみちていたのである」との子供時代のネタも紹介されている。子供時代は、昆虫採集や標本作りに熱中し、図鑑を愛読していたとのこと。また、澁澤龍彦氏は、古今東西の多種多様な書物から得た知識を「高丘親王航海記」に織り込んでいて、その一部は、本図録の第1章の中で、「高丘親王航海記」創作の源泉として、旧蔵書や創作ノート、創作メモ、愛蔵品などが紹介されている。約60冊に及ぶ内外の「高丘親王航海記」主な参考図書のリスト掲載も親切。

更に、本図録の第2部では、澁澤龍彦「高丘親王航海記」への航路として、澁澤龍彦氏の小説やエッセイ、インタビューなどが掲載され、澁澤龍彦氏の思考の一端に触れることができる。亡くなる5か月前の1987年3月7日に行われたドイツ文学者の池内紀氏による澁澤龍彦氏へのインタビューで、幼年時代や病気の事、死生観などについて語っていて、その一部が紹介されているが、小説「高丘親王航海記」に織り込まれた澁澤龍彦氏の死生観などの思想をよく知る上でインタビュー全文「澁澤龍彦氏に聞く」を読んでみたい(雑誌「国文学」昭和62年7月 学燈社)。亡くなる10か月までに筆談で行われた澁澤龍彦氏へのインタビュー記事が、1986年11月21日「朝日新聞」文学はどこへ「幻想物語 渋澤龍彦氏」に掲載され、このインタビュー記事全文は本図録に掲載されているが非常に面白い。

モダンな求法 ー『高丘親王航海記』 堀江 敏幸(ほりえ・としゆき) 作家

第一部 「高丘親王航海記」が生まれるまで
「高丘親王航海記」
「高丘親王航海記」のタネ
「高丘親王航海記」創作の源泉
「高丘親王航海記」主な参考図書
高丘親王の生涯と伝説

第二部 渋澤龍彦「高丘親王航海記」への航路

第三部 「高丘親王航海記」の世界
儒艮 ー じゅごん ー
蘭房 ー らんぼう ー
獏園 ー ばくえん ー
蜜人 ー みつじん ー
鏡湖 ー きょうこ ー
真珠 ー しんじゅ ー
頻伽 ー びんが ー
「高丘親王航海記」から生まれた主な作品
主な展示資料

ごあいさつ(本図録掲載文章全文引用)

 澁澤龍彦(昭和3年~62年)は、18歳で家族と鎌倉へ移り住み、終生この地で暮らしました。大学時代からフランス文学に親しみ、26歳でジャン・コクトーの「大股びらき」を翻訳・刊行し作家生活に入ります。以来、マルキ・ド・サドを本格的に日本で紹介するなど、西欧の影の文化に目を向けたエッセイで多くの読者を得ました。50歳ころから本格的に小説に取り組み、日本の古典に目を向けた作品を発表。「高丘親王航海記」を書き上げ、59歳でこの世を去りました。
渋澤の没後35年を記念し、唯一の長編小説で遺作となった「高丘親王航海記」に焦点を当てた展覧会を開催します。平安時代に生きた高丘親王の天竺への幻想的な旅を書いた作品と澁澤龍彦の魅力について、草稿や創作メモなどの資料と、漫画家の近藤ようこさんがコミカライズし高く評価された漫画「高丘親王航海記」の原稿をとおし紹介します。
本展開催にあたり、多大なご協力をいただいた澁澤龍子さん、近藤ようこさん、堀江敏幸さんをはじめ、関係各位に深く感謝を申し上げます。

 <下の画像> 鎌倉文学館での特別展ポスター
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