メコン圏題材のノンフィクション・ルポルタージュ 第13回 アジア「年金老人」買春ツアー(羽田令子 著)

メコン圏題材のノンフィクション・ルポルタージュ 第13回 アジア「年金老人」買春ツアー (羽田令子 著)


アジア「年金老人」買春ツアー 国境なき「性市場」(羽田令子 著、講談社、2001年9月発行)

著者紹介:羽田 令子(はだ・れいこ)
1936年、静岡県に生まれる。静岡大学教育学部を卒業。1972~78年、および1987年から現在に至るまで、タイのバンコクに暮らす。この間、タイを題材とする数々のルポルタージュを日本の新聞・雑誌に連載、現場主義の体当たり取材が高い評価を得る。その一方で、タイの障害者への奉仕活動に力を注ぎ、1994年、タイ知的障害福祉財団(王室傘下)より福祉功労賞を受ける。タイ知的障害福祉財団顧問、セタバン・セーン・サワン福祉財団役員、タイ国サイアム・ソサエティ会員。著書には、『愛の日を追って』『熱帯のるつぼ』『アユタヤの十字架のもとに』『黄金の四角地帯』などがある。 (本の紹介文より・発行当時)

本書のタイトルは『アジア「年金老人」買春ツアー』とあるが、アジア買春ツアーの情報裏本とか体験暴露本とかいった類の本ではない。タイ在住20年の女性作家による長年の体当たり取材による驚くべき証言と多数の写真から、「欲望の市場」の闇の実態を明らかにしたルポルタージュである。

もともとタイの障害者問題に積極的に取り組んでいる著者が、タイ中央政府から無視されている山岳民族の障害者を訊ねるべく、タイ最北のチェンライ県の山岳地帯に暮らすラフ族の村を訪れたとき、村に若い娘たちがいないことに気づき村の秘密を聞いた時から、著者の本書の元となる取材が始まった。その取材先は、次々に北方へ、黄金の四角地帯や南部タイなどとひろがり、そうしてジープン(日本)などに売春に行く少女たちが通る「ゴールデンドラゴンルート」(チェンマイやバンコクを経て、南タイのナラティワト市へ送られ、港からシンガポールに送られ、空路シンガポールから日本へ渡るルート)や「グリーンドラゴンロード」(少女たちが雲南省からシャン高原を通り、タイのメーサイへ送られてくるルート)と呼ばれる売春ロードの存在を知る事になる。

かつて黄金の三角地帯(ゴールデントライアングル)と呼ばれたタイ、ラオス、ミャンマー国境の三角地帯は、すぐ近くに国境のある中国・雲南省が加わり、今、黄金の四角地帯(ゴールデンクワドラアングル)として変貌しつつあるが、本書のまず大きな特徴の1つは、中国(雲南)、ミャンマー、タイ(北タイ)、ラオス4カ国にまたがった共通文化圏を紹介した『黄金の四角地帯』の著者だけに、密航・密輸も含め人やカネなどが国境を越えてうごめく地域圏の視点からの取材であろう。

  タイ北部のパヤオ県やチェンライ県の各地での取材の旅の様子もなかなか興味深いが、本書第3章で、ミャンマー最大の州であるシャン州の東部に位置する歴史の古い都であるチェントン(シャン語での地名で、英語では「ケントン」)が取り上げられており、黄金の四角地帯という時の代表的な町であるが日本語での紹介情報がまだ少ないだけに、この町や周辺地域の紹介は、ここでの少女たちや彼女達を取り巻く人たちの取材模様も含め、特筆すべきものだ。ウドムシャイ、ポンサリー、ルアンナムターなどのラオス北部への取材の旅の様子も掲載され、他にもクン・サーの話など売春問題に限らないこの地域圏情勢の経緯にもいろいろと触れられている。

  もちろん、タイ国内での売春システムの取材も、タイ北部から、ナラテイワト、スンガイコロック、ハジャイなどのタイ最南部までと幅広く取材が行われ、その驚くべき実態が明らかにされている。北タイの村では、娘が日本へ行く事を家族ぐるみ、親戚ぐるみで望むだけなく、村長、学校の校長や先生も、売春システムに関わっている様も暴露されている。

  また、チェンマイ郊外のサンサイ地区、チェンマイ市内のドイサケット地区に住む新婚夫婦、日系企業で働くエイズ患者、メーリム地区に内務省が運営する「ベビーホーム」などの取材から、売春の問題が麻薬やエイズの問題とも深くつながっていることを、改めて痛感させられる。

  とにかく言葉にも堪能でこの地域圏の歴史や社会事情にも通じた著者自らの数年かけての各地を訪ねての直接取材や豊富な人脈・情報ルートから明らかにされる話が盛りだくさんの本書であるが、この地域圏の少女達に起こっている問題に、日本人男性たちがどうかかわり登場してくるかということについても、「懲りない日本人の深刻度」とか「暴力団から年金老人まで」などという各章タイトルで想像つくように、しっかりと書かれている。が、日本人男性のかかわり・登場だけでなく、今ではすっかり忘れられた感があるが、かつては日本人女性も、貧困などから東南アジアなど海外へ売られていった「からゆきさん」の存在があったわけで、本書エピローグでは、バンコクの町はずれに住む日本人女性の元からゆきさんとの貴重なインタビューまで含まれている。

本書の目次
まえがき
売買春ロードと関連地図
第1章 暴力団から年金老人まで
村の秘密/ドラゴンと呼ばれる少女たち/高額所得の売春斡旋業者/少女狩りの手口/入管や警察も仲間/競売にかけられ海外へ/売春宿に似せた白亜の家/「亭主は日本人」/寺院もジープン帰りの寄付で/「山岳民族の夕べ」と称して少女買春
第2章 村をあげての売春ビジネス
村長や教師も「協力的」/12歳で売春の手ほどき/村中にジープン帰りの恩恵/昼は人影のないリゾート/児童売春の取り締まりを逃れ/少女のオークション/麻薬禍、売春禍、エイズ禍/堂々と行われる密輸/麻薬と売春の町/深夜に国境を越える少女たち
第3章 国境なき売春ロード
いとも簡単に国境を通過/買収される兵隊と役人/売春、麻薬が素通りする入管/桃源郷のような町/漆黒の闇/なつかしい光景/少数民族のるつぼ/「成功者」の家/ジープンをめざし、14歳で密出国/政府経営のディスコでも売春/日本人女性に似ているシャンガール/チェントンの暗部/目の前で密入国/日本人との混血/少数民族の悲哀/反骨精神を貫く人々
第4章 少女たちが通る道
「こっちじゃ、女の相場はいくらだい」/ゴールデンドラゴンが素通りする町/麻薬とエイズに冒された売春船/主婦相手のピンフ/売春ビジネスを保護する地下組織/イスラム女性も売春を/百軒の売春宿に3千人以上の売春婦/日本人はもっぱらマッサージパーラーへ/日本へ行って行方不明に/売春婦以外に生きる道はない
第5章 エイズが町を殺す
日本人が大型バスで売春街に/1人の売春婦から1日20人に感染/「もうだめですよ」/日系企業で働くエイズ患者/エイズの子を預かる保育園/コンドームを使わないのは山岳民族と日本人/”日本へ返された”エイズ患者/
第6章 ジープンを真似た村
一向に減らないジープン行き/日本に行けば3年で家が建つ/30年前はバンコクへ出稼ぎ/誕生と同時に人身売買市場へ/極貧の町を次々と巻き込むエイズ禍/
第7章 タイの悲劇と麻薬地帯
クローズアップされる麻薬王クン・サーの存在/生アヘンと日用品との物々交換/いよいよ黄金の三角地帯へ/人なつこい村人たち/秘境への道/一面に広がるケシ畑/難航した入国/「3つのパスポートを持ってるの」/「日本人を見るのは初めてだ」/元ゲリラの護衛で川を下る/ゲリラたちの昼の顔/麻薬王が始めた新事業/宝石ブームにわく北タイ/世界がクン・サーに注目した理由/汚染はタイから世界へ
第8章 売春とヘロインと山岳民族
男はヘロイン、女は売春/ヘロイン入手のためにケシを運ぶ/女が男を誘う母系社会/麻薬中毒の老人/村のリーダーが今では売春婦/
第9章 懲りない日本人の深刻度
南の島へと流れる売春婦たち/「南の島は安全」は本当か/パリを経由してジープンへ/「この人たちといると安心するの」/ユーロか、円か/むしろふえている売春婦/チェンマイの異変/「セックスアニマル」のその後
エピローグ
タイの少女と「からゆきさん」/「シャムへ行け」/母との一生の別れ/「永遠のテーマ」なのか

パヤオ県ドークカムタイ地区
タイ北部のパヤオ県パヤオ市(県庁所在地)から10キロほど南東のドークカムタイ地区は、もともと売春の盛んなところで、80年の歴史がある。しかし何といっても、1980年代初めごろ、北タイの国民所得調査で、ドークカムタイの売春斡旋業者が軒並み上位に並んだことで、この地区の名が一躍有名になった。

 売春斡旋業者といっても、店の看板は旅行代理店とかレストラン、理髪店、美容院、うどん屋、家具屋、ナイトクラブ、雑貨屋などと記されており、その裏で売春業を営んでいる。また、タイでは売春斡旋業者のことは英語を使って「ピンプ(pimp)」と呼ぶ。

 ドークカムタイ地区の住民は、中国南部の雲南省やミャンマーのシャン州から下ってきた人種との混血で、美人が多い。ドークカムタイの国道1021号線や村の小道を歩くと、出会う女性はそろって色白で目がパッチリし、鼻筋が通っている。

 そこに目をつけたピンフが少女狩りを始めて久しい。少女たちをパヤオ、チェンマイ、バンコクなどの国内の町はもとより、マレーシア、シンガポール、香港、日本にまで送り出す。

 ここでの特徴は、女性が積極的なことである。貧困地帯の売春と状況が違うのは興味深い。食べていける農家でも売春ビジネスに精を出し、ピンプと結託して自分の娘を出稼ぎにやる。あるいはバンコクや日本へ行きたい女性が自らピンフの店へ積極的に申し込む。若い女性たちは売春をいとわない。・・(本書19-20頁)

本書で引用されているタイの新聞記事
◆1992年11月7日付「プーチャッカン北タイ版」
<北タイの売春業者の事態や売春婦を連れ出すルートを暴露>
・けもの道を通り、昆明、雲南、シャン州、チェンライ、チェンマイへ少女たちを誘拐 悪徳公務員+権力(警察のこと)=くさい!」
”少女たちの下半身が制服を着た悪い役人に収益をもたらす。少女たちの卸売りや小売りの中心地となっているチェンマイでは、二百ヵ所の売春宿から警察に1ヶ月50万バーツ(当時、約2百万~250万円)の上がりを支払っている。大勢の少女たちが昆明や雲南地方の村々、シャン州などから入ってきてセックスをほしがるサムライやマレー人に提供されている。ソンクラー市(南タイ)の売春宿のオーナーであるミスター・サワン・プロマニーは、以前から警官たちに賄賂を渡していることを告白した。これは氷山の一角で、他県でも行われているのが実情だ。

 最近、チェンマイ、チェンライ、メーホンソン、パヤオなどは、少女たちの卸売り、小売りの中心地として知られている。大勢の役人グループが少女たちの血と汗の収入から、1ヶ月何十万バーツもの金を吸い上げている。彼らはチュアン首相の取り締まりに酔って、営業禁止をうけた。”

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