メコン圏を舞台とする小説 第1回「九頭の龍」


「九頭の龍」 著書:伴野 朗  徳間文庫、1992年(作品は1979年講談社より刊行)

世界海難史上、最大のミステリーといわれる日本軍艦「畝傍」の行方不明の謎と、19世紀末のベトナムの勤王抗仏運動を、壮大なスケールの下に、ドッキングさせた歴史冒険ミステリー。

 ストーリーは、19世紀末、フランス統治下のベトナムにおいて、民族独立を掲げる神出鬼没のゲリラ「九頭の龍」と、彼ら一味をせん滅せんとするフランスのインドシナ駐屯軍司令部参謀長大佐との戦いを基軸に展開する。反仏ゲリラ一味をせん滅せんとするフランスのインドシナ駐屯軍大佐は、壮大な作戦「オペラシオンU」を計画する。フランス大佐の作戦計画を探ろうとする抗仏ベトナム人グループの前には、なぜか清国工作員も現れてくる。 

 ストーリー展開の時代は、天津条約により、清国がベトナムの宗主権を放棄した1885年6月から、畝傍が失踪する1886年12月までの話であるが、エピローグは、1887年以降のベトナムでの勤王抗仏運動のその後の展開についての紹介、及び1887年西郷従道・海軍大臣による畝傍艦の亡滅みなし認定の告示で締めくくっている。19世紀末のベトナムでの勤王運動に、「畝傍」がどう絡むかは、本書をお楽しみいただきたいが、当時の時代背景を簡単に紹介しておきたい。

 1883年、日本海軍は、イギリス、フランス両国に3隻の新鋭巡洋艦の建造を発注した。当時、朝鮮を巡って対立を深めつつあった清国には、名将・丁汝昌が率いる「定遠」「鎮遠」などにより編成された「北洋艦隊」があり、これに対抗するため、苦しい国家財政のなかでの発注であった。イギリスに発注されたのが、「浪速」「高千穂」であり、フランスに発注されたのが「畝傍」であった。この「畝傍」が、1886年10月、フランスのルアブールを発ち、12月3日最終目的地である横浜に向けシンガポールを出港した後、全くの跡形も無く消息を絶った。

 一方、19世紀、英国の極東進出に遅れをとっていたフランスは、英国に追随して中国への足場を求めたが、その傍らに眼をつけたのが、ベトナムであった。ナポレオン3世は、ベトナム北部でのカトリック宣教師殺害事件を口実に、1858年ベトナム出兵を決定し、ダナンを占領。この事件を口火に、フランスの野望は止まるところを知らず、1884年には第2次フエ条約が結ばれ、ベトナム全土がフランスの支配下に入っていった。。。

■ベトナムの歴史人物・事象・料理
阮王朝嗣徳帝、チョーヨイ(感嘆詞)、タンロン(昇龍)、ハーロン(下龍)湾メコン河(クーロン(九龍)江)、経略(キンロク)、ニョクマム、ネムザンティット・ロック
キムバンキューという絶世の美女の悲しい一生を描いたグエン・ズーの詩
ブーゲンビリア、タマリンド、サンパン、火炎樹、ゴールデンシャワー
■フランスのベトナム進出
リゴール・ド・ジェヌイ提督、ダナン、ナポレオン3世、カトリック宣教師殺害事件、トンキン、
アンナン、コーチシナ、
第2次サイゴン条約、普仏戦争、ジュール・フェリー仏内閣、
第1次フエ条約第2次フエ条約、中国の宗主権、李(鴻章)・フルニエ協定、清仏戦争、
天津条約、仏領インドシナ総督府、仏領インドシナ連邦
■ベトナムの抗仏運動
ファン・ディン・フン(潘廷逢)トン・タト・テュエット(尊室説)
ファン・ボイ・チャウ(潘佩珠)、咸宜帝、勤王抗仏、文紳層、レ・ニン、アム・ポー
チュオン・ディン・ホイ、ホアン・ホア・タム、東遊運動、
■ベトナムの地名
ハノイ、ハイフォン、フエ、ダナン、サイゴン、ラオカイ、ハジャン、クアンチ、,タイビン府、
紅河、香江、ベンハイ川、黒河、
世界の艦船
浪速、天城、高千穂、畝傍定遠、鎮遠、経遠、来遠、済遠、威遠(中国・清の北洋艦隊)
ベイヤール(フランス海軍インドシナ艦隊の旗艦)
コルベール、フードロワイセン、フォルミダブル、デバスタシオン(仏戦艦)
■武器
ジャスポー銃、ヤタガン式銃剣、マッチュース銃、90mmM77型野砲
1870年型24cm砲、1884年型新式砲、クルップ砲
11mmフレンチ・レボルバー型拳銃、レベル・ライフル銃、ミニエ銃、モーゼル銃
■太平天国の乱とベトナム
洪秀全、上帝会、天弟、広西省金田村、滅満興漢、天京、湘勇、呉鯤、劉永福「黒旗軍」、
黄崇莫「黄旗軍」、ラオカイ、ハジャン、ソンタイ、バクニン
■日本をとりまく情勢
条約改正、鹿鳴館、外務卿・井上馨、甲申の変、独立党と事大党、漢城条約憲法発布、国会開設、
北洋艦隊の長崎事件

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