北東インド旅行記 ~「辺境」の地を訪ねて~ 第8回 ナガランド編(8)(中園琢也さん)

北東インド旅行記 ~「辺境」の地を訪ねて~ (中園琢也さん)
第8回 ナガランド編(8)

中園琢也:
都内在住の一般企業勤務。学生時代よりアジア各地を旅行。旅先での関心領域は食文化を中心とした生活文化全般、ポップカルチャー、釣りなど。

1.はじめに
(1)北東インド7姉妹州(セブンシスターズ)
(2)旅程

2.ナガランド州
(1)基礎情報
(2)ナガランド州と周辺地域の地図情報
(3)ナガランド州概要 ①ナガの人々 ②言語 
③宗教 ④歴史 ⑤文化 ⑥食 ⑦産業 ⑧観光業 ⑨自然環境 ⑩その他
(4)ナガランドの玄関口 ディマプル
(5)コヒマへの移動
(6)コヒマの宿
(7)戦跡 ①インパール作戦 ②コヒマの戦い
(8)コヒマの地形 ~階段と坂道だらけの街~
(9)キリスト教

(10)市場
(11)コヒマでの外食事情と食文化
(12)犬肉食と文化的アイデンティティ
(13)飲酒事情
(14)ナガの若者文化

(15)ナガランド州立博物館
(16)近隣の村々(コノーマ村とデュレーク村探訪)
(17)インパールへ

(15)ナガランド州立博物館
コヒマ郊外、小高い丘の上にナガ人の文化や遺産、歴史を展示するナガランド州立博物館がある。1970年に一般公開され、50年以上の歴史を持つ。ナガランドの豊かな文化と伝統を伝えることを目的として建てられた。

訪れたところ、一見小さな博物館だが、地下階含め各フロアにぎっしり展示してあって、なかなかの充実ぶり。門柱、彫刻、宝飾、武器などの文化遺産、地域固有の動物や鳥の紹介、各部族の民族衣装や備品、遊び、生活スタイルの紹介などを展示していた。英文による解説も充実しており、展示を一通りざっと見るだけで1時間ほどかかった。

ナガランドには主要16部族をはじめ様々な部族がおり、それぞれが独自の言語、文化、生活様式を持っているのだが、展示でそれらを見ることができたのは良かった。また、言葉が異なる彼らを繋ぐ共通言語が英語と英国から押し付けられたナガ語(英国が拠点のあったアッサムの言語を元に伝えた)というのも興味深い。群雄割拠の戦国時代みたいにお互い争っていた各部族が、英国の侵略とキリスト教化によってナガランドとしての共同体意識と共通言語を持つに至ったわけである。そのおかげで、我々外国人も旅行がしやすい。

また、各部族の娯楽の展示において、竹馬や綱引き、走り高跳びなど日本でも馴染みがある遊びがいろいろ散見されたが、日本との共通点を感じられ、改めてさらに親近感を持った。

写真:博物館に隣接する州政府・芸術文化局のオフィス。

 写真:博物館入り口。モロン(若者の集会所兼宿泊所)を模したナガの伝統建築様式となっている。ぱっと見た目小さいが、左奥の建物、地下階もあり、意外と広い。

 写真:部族の衣装の展示(男性)

 写真:部族の衣装の展示(女性)

 写真:部族の遊びの展示(竹馬)。

 写真:部族の遊びの展示(走り高跳び)。

 写真:部族の遊びの展示(綱引き)

 写真:アクセサリー類の展示。

 写真:部族ごとに特徴を持つ家屋。

 写真:博物館前からの眺望。

 写真:博物館前からの眺望。

 写真:駐車場そばに放置されていた第二次大戦の英国軍戦車の残骸。

(16)近隣の村々(コノーマ村とデュレーク村探訪)
コヒマ滞在中、ドライバー兼ガイド(総額5500ルピー:約1万円)を雇って近隣の村々まで日帰り旅行に行ってきた。行き先はコノーマ村(20km)、デュレーク村(更に20km、コヒマから40km)。

  • コノーマ村(Khonoma Village)
    ナガの村落は、大半が平地ではなく見晴らしが良い山頂や尾根にある。ナガの各部族の間では紛争が絶えず、彼らは外敵から身を守るために見晴らしが良い山頂や尾根に集中して住居を構え村落を作った。砦を作り、周囲に石積みの塀と門を作って村落を守った。要塞化した村落の下に棚田や段々畑が拡がっている。
  • コノーマ村は、コヒマを中心に一帯に住むアンガミ族の村。約500世帯、約3000人が暮らす。コヒマからほどよく近場(20km)に位置し、昔ながらの生活を残しているため、観光客が多く訪れる。また、インドの大気汚染の元凶の一つである焼畑農業を真っ先に止めており、持続開発可能な農業に取り組んだ村をインド政府が讃える「グリーンビレッジ」の第1号となったことでもよく知られ、視察や研究に来訪する人も多いとのことである。また、この村の砦は、かつて、英国統治時代に、英国軍を3回撃退し、英国の記録には「この地域で最も堅固な砦」と記されているらしい。

写真: 道中の眺め。標高2千数百mから3千m弱の山々が連なっている。

写真:コノーマ村の眺め。見晴らしの良い尾根に住居が集中し、その下に田畑があるのがよくわかる。

写真:コノーマ村の中心。

 写真:コノーマ村の中心から砦に向かって階段を登る。

 写真:砦。英国軍を3回撃退し、英国の記録には「この地域で最も堅固な砦」と記されているらしい。

写真:村落の風景。暗くて見えにくいが、奥に薪が積まれている。村ではプロパンガスらしきガスボンベもよく見かけたが、薪も同様によく見かけた。

 写真:稲の天日干しをあちこちで見かけた。

写真:かつてモロン*だった伝統様式の建物。今は観光客向けの展示施設になっている。*ナガの未婚男性の集会所兼宿泊所、日本にもかつて農村にあった「若者宿」のようなもの。

写真:かつては広場で集会をして議論したりしていたらしい。

 写真:棚田から村を仰ぎ見る。

 写真:棚田の風景。

写真:展望台?かつて敵襲に備えてここで周囲を見張っていたのかもしれない。

写真:ヒマラヤ桜。11月から12月が開花のシーズン。

デュレーク村(Dzuleke Village)
コノーマ村からさらに20km奥地(コヒマから40kmほど)のデュレーク村は、小川が流れる、わずか30数軒の民家が点在し、百数十人の住人が暮らす小さな村である。ここもコヒマやコノーマ村と同じくアンガミ族が住む。風光明媚なこの村は、コヒマの人達にとってはキャンプやピクニックで人気の場所だそうだ。また、絶景で人気のズコウ渓谷(Dzukou Valley)のトレッキングルートにも入っており、民家でのホームステイもできるようだ。

 道中、牧草地のような空き地に小屋を発見。ナガランド固有の在来種の牛、ミトゥン牛の放牧地とのこと。ミトゥン牛とはこの地域固有のバッファローの一種で、チベットのヤクの近縁種らしい。ミトゥン牛は、家畜化が難しく、森林地帯で自然に近い半野生の状態で、放し飼いにしているそうだ。しかし、近年、森林面積の減少に伴い頭数が減少しているといわれている。

 ナガの人々は、ジャングルの奥深くに生息しているミトゥン牛を、餌付けならぬ塩付けしているそうで(餌は森林の中に十分あるが、塩分はこの地域の土壌の特性で少ないらしい)、ミトゥン牛の角で作った角笛で呼び出したりしているとのこと。ガイド氏が、小屋の中から角笛を取り出し、実際に吹いてみせたが、法螺貝を低くしたような音色だった。しばらく待ったが、ミトゥン牛はやって来なかった。

また、ミトゥン牛は農家の貴重な収入源である。その肉は非常に高価なもので祭礼時や富裕層の結婚式等に屠殺され、利用される。調理法は、ナガ料理の豚肉料理などでよくあるように煮込んだり、あとは和えたり(タイのラープみたいな感じ)するそうだ。

写真:デュレーク村に向かう途中、左手に牧草地らしき広場を発見。

写真:ミトゥン牛の放牧方法を説明し、角笛を実演して吹いてみせるガイド氏。

その後、しばらく車を走らせデュレーク村に到着。村は小川沿いに建物が点在していた。せっかくなので小川で釣りをしようと思ったが、全く魚影がなかったので、15分ほどで中止。現地で出会ったお爺さんに魚がいるのか尋ねたところ、この時期はいないが、雨季になるとマス類(ニジマスや彼がマウンテントラウトと呼ぶ魚で魚種は不明)が遡上してくるとのこと。植民地時代にイギリス人が放流したのかと思い尋ねたところ、もっと最近のようでオーストラリア人が放流したのだとか。英国人はフライフィッシング好きが多く、かつての植民地であるパキスタンやインド、スリランカの山岳地帯の渓流にマスを放流して休日釣りに興じていたとは聞いたことがあり、実際にパキスタンの山でブラウントラウトを釣ったこともあるので、当然イギリス人によるものだと思っていたが、オーストラリア人というのが意外だった。ガイド氏に、さすがに植民地時代において、制圧しきれてないナガランドの山奥で、イギリス人がのんびり釣りなんてやっていたらナガの人々にすぐさま首をはねられるよねと軽口を叩いたら、思いの外受けたようで笑っていた。

写真:デュレーク村の教会。百数十人しか住民がいない、どんな田舎にも教会はあるようだ。

 写真:村を流れる小川。水深は深いところでもせいぜい60cm程度で魚影は全く見られず。

谷間の村は、日が落ちるのも早く、ふと気が付くと夕方の気配。あまり見るところもないので、さっさと帰ることにした。デュレーク村からの帰り道に、路上でミトゥン牛を発見。親子らしき大小3頭ほど。道路脇で樹木の葉や草を食べていた。

 続いて、ガイド氏が崖にぶら下がる巨大な野生のミツバチの巣を発見。車を止めて、ミツバチとスズメバチの利用法などについて解説してくれた。樹木の洞など密閉された所に巣をつくるイメージだったが、この巣は外にむき出しの状態。蜂蜜が下に垂れ落ちていた。ドキュメンタリー番組でラオスやネパールの人々が命懸けで崖をよじ登り採集しているのを見たことがあるが、実物を見たのはこれが初めて。

 その後、車は一気に走り、コヒマの街に辿り着いたころには外はもう夜。ラッシュに遭遇して大渋滞だったが、裏道を通り、無事宿に辿り着くことができた。

写真:やっと出会えたミトゥン牛。バッファローというだけに普通の牛とは異なる外見。

 写真:ガイド氏が崖にぶら下がる巨大な野生のミツバチの巣を発見。車を止めて、ミツバチとスズメバチの利用法などについて解説してくれた。樹木の洞など密閉された所に巣をつくるイメージだったが、この巣は外にむき出しの状態。蜂蜜が下に垂れ落ちていた。

写真:ガイド氏を記念撮影。どこでもいろいろと解説してくれて、とてもサービス精神豊富で親切な方だった。

 (17)インパールへ
11/9(木)朝、コヒマからマニプール州の州都インパールへ移動。州都から州都への移動ということもあり130kmほどの長距離移動。事前にネットで調べたところ、以前は公営の長距離バスがディマプルからコヒマ経由でインパールまで出ていたのだが、今は情勢不安もあって休止中とのこと。ただし、村と村を繋ぐ短距離移動の乗り合い小型ワゴン(スーモ)やバスを5回ほど乗り継いでなんとか移動できるらしい。1日でインパールまで辿り着けるのか不安だったのだが、行くしかないと覚悟を決めていた。

 旅行前からメールで宿のオーナー妹氏にインパールまでの移動手段について相談していたところ、交通手段を調べてくれたらしく、ディマプル発インパール行き直行の乗合タクシーを見つけてくれて、コヒマで途中乗車できるよう手配してくれた(運賃800ルピー、約1440円)。

 出発の朝、オーナー妹氏が運転手と何度か電話でやり取りをして、宿近くを通過するタイミングで乗り込むこととなった。彼女は待ち合わせ場所まで連れて行ってくれたのだが、いつもは平穏なコヒマの朝が、なんだか物々しく不穏な雰囲気。アーミーカラーの装甲車や軍用大型トラックなどが十数台連なって大通りを移動していた。ナガランドを訪れる前に、独立運動とインド政府による弾圧の悲惨な歴史を書籍やネットを通して知ってはいたものの、実際に訪れてみると平穏な雰囲気で拍子抜けしていた。しかし、最後、出発の朝になって、「騒乱地域」として軍の影響下にあることを改めて実感させられた。

 しばらく待つと、やってきた車は3列11人乗りの大型ワゴン、私が乗り込むと満席となった。オーナー妹氏とお別れをして出発。車は全速力で山道を走り、あっという間に州境に。この勢いだと当初想定していた夕方どころか、お昼過ぎに到着するかもしれない。インパールの宿はAirbnbで手配した民泊。オーナーからは到着予定時間の目途を連絡するように言われていたので、スムーズにいけばお昼過ぎに到着するかもしれないとスマホからメールで一報入れたが、まさかこの後、思わぬ足踏みをすることになるとは、この時はまだ知る由もなかった・・・。(次章マニプール州編に続く)

写真:乗合タクシーとの待ち合わせ場所にて、オーナー妹氏と。左手奥に軍用トラックが見える。

 

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