メコン圏題材のノンフィクション・ルポルタージュ 第25回 「ジャパゆきさん物語」

メコン圏題材のノンフィクション・ルポルタージュ 第25回 「ジャパゆきさん物語」


別冊宝島54 「ジャパゆきさん物語」(JICC出版局、1986年7月発行)

本書は、雑誌「宝島」に続き1975年からスタートした株式会社宝島(創刊時はJICCであったが1993年に社名変更)による別冊宝島シリーズ(2004年3月には、別冊宝島通巻1000号を達成)の1986年7月に発行された第54作目にあたり、経済大国ニッポンに身ひとつで出稼ぎにくるアジアの女たち -ジャパゆきさんをめぐるさまざまな物語を、現地取材、インタビュー、手記、日記によってそのナマの声を伝える最前線からの報告書となっている。

本書の目的については、巻頭の「INTRODUCTION 同時代を映し出す鏡、ジャパゆきさん」の一部に、以下のような文章が載せられている。

 ”・・そしていま、物質的に豊かになったこの国に、貧しいアジアの諸国から女たちが途切れることなく流入してくるようになった。だが、彼女たちについて、私たちはほとんど何も知らされてはいない。ジャパゆきさんについての情報がないというのではない。情報なら、いくらでもある。それは、入国管理局や警察当局によって事件として立件されたことを報じるニュースであったり、セックス商品としての彼女たちの商品価値を高めるべく色づけされ、買い手である日本の男たちの欲望をそそるように仕立てられた情報であったりする。

  ジャパゆきさんをめぐる論評もまたこと欠くことはない。論評によれば、ジャパゆきさんは何よりもまず、富める国と貧しい国という経済の南北格差が生みだす現象であり、富の偏在という経済的な不公正の具体的な現われにほかならない。そしてこの経済的な不公正が生じてくる政治と経済の複雑きわまりない世界システムについては、その気になりさえすれば、いくらでも私たちは学ぶことができるだろう。

  しかし、私たちに欠けているのは、当事者たちのナマの声である。私たちは、異国の地で好奇の目にさらされ肉体をひさいでいるアジアの女たちが自分の口で語る物語に直接耳を傾けたいと思った。ここで当事者というときそれは、ジャパゆきさんだけに限られない。彼女たちを商品として扱っている内外の業者たちやそれを取締側の人びと、経済セックスとしてのジャパゆきさんを消費する日本の男たちもまた、まぎれもなく当事者の一員である。要するに、ジャパゆきさんがいる現場で生起している多くの物語を収録すること、それが本書の目的なのである。・・・・・”

この通り、本書では、ジャパゆきさんと日本で暮らした二人の日本人男女の手記を通じて見えてくる、異国の地・日本で暮らす「イマ」を必死に生きるジャパゆきさんの喜びや哀しみ、憧れや絶望など等身大のジャパゆきさんの姿[第1部]、タイやフィリピンというジャパゆきさんの[故郷]で見知らぬ男に肉体を売って生きる女たちが自らの言葉で語る自分たちの現実[第2部]、ブローカーなどへの現地取材を通じ、ジャパゆきさんはどのようにして、日本に送り込まれてくるのか、なぜ彼女たちの肉体が日本の「ヒット商品」となってしまったのかという、ジャパゆきビジネスの歴史・背景・システムを紹介[第3部]、ジャパゆきさんが日本の制度の中で、どのような場所に位置づけられているのかを、警察・入国管理局のジャパゆきさん取り調べ調書や内部資料から浮き彫りにする[第4部]など、ジャパゆきさんをめぐる物語を、いろんな角度から様々なアプローチにより伝えている。

さらに第5部では、日本人の男たちはなぜジャパゆきさんに群がり、彼女たちの肉体を快楽の道具として消費するのか、ジャパゆきさんを買った日本人男性側のナマの声も取り上げている。1984年夏の佐久「性病・プール」事件の舞台となった長野県佐久市について取材も詳しい。他にもジャパゆきさんの事件史をはじめ、色々な資料・写真やデータが収められている。特に、巻末の第6部資料編[年表]で10頁にわたってまとめられている、”1970⇒1986 買春観光からジャパゆきさんへ 日本と東南アジア -経済セックスの歴史”と題した年表は、異色の資料だ。

 韓国や台湾についての記述もあるが、ジャパゆきさんに関する本書では、下記の目次内容でも明らかなように、フィリピン女性に関わる話が圧倒的に多いが、タイに関する話も少なくない。第2部では、ジャパゆきさんを志願するバンコクのスナックとマッサージ・パーラーで働く2人のタイ人女性の日記が、第3部の”ジャパゆきビジネスの歴史と背景”では、台湾、フィリピンとともにタイについての紹介がある。第5部ジャパゆきさんを買った[男たちの物語]では、”バンコクの日本人 買春観光の現場から”として、バンコクへ取材にいったカメラマンが、ホテルで、空港で、機中で、買春観光に出かけた日本人男達の会話が録音され、その内容が再現されている。

尚、気になるジャパゆきビジネスの発生・生成過程については、1979年台湾政府が経済的なゆとりから自国民の海外渡航を自由化した年(1978年暮れには、台湾政府は日本人買春旅行社のシンボルだった新北役温泉の灯を消し、さらには台北の街娼にも禁止措置をとり、もはや、外貨獲得のためにはなりふりかまわず、売春を主力商品とした”観光立国”の時代は終わる)で、これがきっかけとなり、観光買春で日本人客の金払いのよさが知られていたことから、最初は台湾・韓国、次にタイ・フィリピンから出稼ぎ女性たちが続々と観光客などに紛れ込んで来日するようになったと、本書には書かれている。また、もともと朝鮮半島からの密航者取締りを目的に1950年に創られた入国管理局に関する本書の別の記事[第4部]のところでも、朝鮮半島からの密航者が減り、東南アジアからの出稼ぎ者が目立って増えた1979年という年を、現場の入国警備官の中には、入管が大きく変貌した「じゃぱゆきさん元年」と呼ぶ人さえいる、とある。

著者紹介<本書紹介より、本書発刊当時>
杵敬子 うすき・けいこ
’48年香川県生まれ。日大芸術学部中退。日大全共闘後、卒業する気にもなれずに、女性誌でアルバイトを始め、フリーに。’76年ごろから韓国に興味を持ち、ソウルの飲み屋で働きながら韓国語を学ぶ。著書に『現代の慰安婦たち』(徳間書店)。現在は、在日朝鮮・韓国人をテーマに取材中。
日名子暁  ひなご・あきら
’42年大分県生まれ。中央大学法学部中退。週刊誌記者を経てフリーに。’75年以来のべ6回フィリピンに渡りマルコス治世下のヤクザ、ジャパゆきさんを取材。マニラに渡った日本人ヤクザについて詳しい。東南アジアの「闇の経済」について書ける数少ない一人。
大宅光一  おおや・こういち
’48年埼玉県生まれ。『ガロ』とくにつげ義春、白土三平に魅せられて漫画家を志す。’75年ごろ『プレイコミック』(秋田書店)でデビュー。現在は『ラブパンチ』(日本出版)『オリンピア』(辰巳出版)などに大宅顔虫のペンネームで執筆中。今後、少年ものなども描いてみたいと言う。
山谷哲夫  やまたに・てつお
’47年富山県生まれ。早稲田大学文学部卒業。主要監督作品に「沖縄のハルモ二 -証言・従軍慰安婦」(’79)、「バンコク観光買春 -買われる側の生活と意見」(’82)、著書に『沖縄のハルモ二』(晩聲社)、『じゃぱゆきさん』(情報センター出版局)などがある。
野村進  のむら・すすむ
’56年東京生まれ。上智大学外国語学部中退。’78年から2年間、フィリピンに留学。その間、共産ゲリラ新人民軍に4ヵ月半同行取材。著書に『フィリピン新人民軍従軍記』(晩聲社)。年末に、サイパンへの日本人移民をテーマにした『失楽島』(仮題)を時事通信社より刊行予定。
寺本尚美  てらもと・なおみ
’62年大阪生まれ。上智大学文学部卒業。’83年6月より1年間、フィリピンに交換留学。都市スラムのコミュニティー・デベロップメントを研究。現在、フリーの編集者。
和田久士  わだ・ひさし
’47年和歌山県生まれ。日大中退。写真家。代表作に『パリ』(リクルート)『黄河を釣る』(小学館)。2年にわたって撮りおろした『アーリー・アメリカン・ハウス』を、この秋に刊行予定。
吉田勝美  よしだ・かつみ
’48年東京生まれ。東京写真短期大学を卒業。以来、報道写真家として90カ国に及ぶ取材をこなしている。この5,6月も南米取材。1年のほぼ3分の1位は海外に。並行して世界の乞食たちも撮り続けている。
野中章弘  のなか・あきひろ
’53年兵庫県生まれ。関西学院大学卒業。’78年からフリーのフォト・ジャーナリスト。アジア、アフリカの難民やゲリラ、アメリカ少数民族など主に第3世界の問題を取材。著書に『沈黙と微笑』(創樹社)など。

目次
●イントロダクション● 同時代を映し出す鏡、ジャパゆきさん

第1部 ジャパゆきさんと暮らした[わたしの物語]
ある韓国人ホステスの”じゃぱん”奮戦記 臼木敬子
「欺かれた花嫁」朴美子と暮らしたわたしは、過酷な現実と必死に闘う彼女の姿を伝えたいと思った!
●ジャパゆきさんたちの日本●写真ー高井正彦
マリアン 南の国から来た私の天使 大宅光一
フィリピン人本番生板ストリッパーと暮らした哀しくも懐かしき日々!

第2部 ジャパゆきさんの「故郷」に生きる[女たちの物語]
ヒアリング・ストーリー
私が売春婦になった理由
フィリピンの人類学者が収集した4人の売春婦の告白
15歳の売春婦・・メルセディータ、スラムに生まれて・・・サニー、マニラの青春・・・クレア、そしてあたしは「色情狂」になった・・・ネネット
●解説●運命と”バハラナ” 寺本尚美
[写真構成①] 
スラムで暮らし、歓楽街で働く ふたりのフィリピーナ物語  和田久士
日記  灰色のバンコクで女たちは日本を夢見る
ジャパゆきさんを志願するタイの売春婦の1ヶ月。もしかしたら日本に行くかもしれないけど、まだわからない。いまは、いなかに帰れることだけかうれしい。それが、わたしの夢だったのだから。・・・・ポーンティップ(22歳・ホステス)
ときどきこの仕事をやめたくなるけど、やめたらどうすればいいのかわからない。イヤでも頑張って闘っていくしかない。・・・ガイ(26歳・ソープランド嬢)
インタビュー わたしのジャパゆき体験 インタビュアー=日名子 暁
16歳やで・・・さびしいがな、誰かに愛されたいやん  デイナー・ジョワン
日本へ行ったから、今の幸せをつかんだ<成功した元ジャパゆきさんの証言> テッシー・ソリマン
●写真で見る●ヴェンダーズ マニラの行商人たち  誰もフィリピンの「貧しさ」を教えてはくれない!

第3部 ジャパゆきさんをめぐる[経済の物語]
現地を徹底取材!
ジャパゆきさんの経済学 日名子暁
ジャパゆきビジネス -その歴史・背景・システム
ジャパゆきさんという「ヒット商品」の生産、加工、輸出入、流通ルートを足で解明。これはジャパゆきさんという「商品」をめぐる、純粋な経済学の講義である!
[写真構成②] 
偽造パスポートと入国拒否者リストと 吉田勝美
ジャパンに行きたい!マニラの日本大使館に行列するジャパゆき志願の女たち
フィリピンの日本人ブローカー、マニラ・コネクションを語る インタビュアー=日名子 暁
偽装結婚屋の告白 インタビュアー=臼木敬子 偽装結婚の内幕を元ブローカーが初めて明かす!
YAKUZA・イン・フィリピン 野村 進 フィリピンのジャーナリズムはヤクザをどのように報道しているか?
ジャパゆきさんの事件史 臼木敬子 東南アジアの女たちは日本でどのように扱われてきたのか?

4部 「東南アジアの女」を管理する[制度の物語]
こちら、ジャパゆきさん管理局 山谷哲夫
ある入国警備官の1日
密告の電話、ヤクザに食いものにされたタイ人女性ブローカー、台湾人ホステスによって崩壊していく家庭・・・アジアの最前線、入国管理局は日本の縮図だ!
れが警察・入管の「ジャパゆきさん」調書だ!
パトカーに駆け込んだフィリピン人女性をめぐる警察・入管の取り調べ調書を初めて全文公開!

5部 ジャパゆきさんを買った[男たちの物語]
幻想のジャパゆきさんを求めて 上田高史
長野県佐久市 -「性病」の夏/差別/ゆがんだ<近代>の物語
県営プールで性病がうつるというデマが全市を席捲した長野・佐久市。この街のジャパゆきさんと彼女たちを取り巻く男たちをフィールドワークしてみると・・・
佐久で出会った3人のフィリピーナのこと 寺本尚美(通訳)
バンコクの日本人 買春観光の現場から 吉田勝美  ホテルで、空港で、機中で、男たちの会話を録音した!
嫁もメール・オーダーで? 野村 進  ”通信販売”でフィリピン人の妻を買う男たち

6部 資料編
【年表】1970⇒1986  買春観光からジャパゆきさん
【資料】●強制送還者数の推移 ●15歳から34歳までの入国女性数の推移  ●資格外活動者の雇用主の国籍別人数 ●日本人出国者数の推移  ●資格外活動者の報酬額(日給別、職種別、国籍別) ●資格外活動者及び資格外活動がらみ不法残留者の稼動内容  ●立件事件の端緒

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