「メコン圏と日本との繋がり」第9回 「ビルマのヒスイと古代日本のヒスイ製品」

第9回 2001年7月号掲載

日本に伝わるメコン圏事物・事象
日本の縄文時代から、弥生・古墳時代にかけて大量に遺された硬玉ヒスイ製品の原石は、果たして北ビルマのカチン山地産出のヒスイか?

日本のヒスイは、縄文時代前期末ころ出現し、多くの玉類として装身具に用いられ、弥生・古墳時代には主として勾玉などに作られるなど、珍重され数多くの遺物を残した。ところが、奈良時代になり、法興寺塔址の勾玉(法興寺は蘇我氏の氏寺でのちの飛鳥寺)や正倉院御物のなかにあるヒスイを最後として、原始・古代日本のヒスイは、忽然とその姿を消してしまう。古代日本においてなぜ、ヒスイが消えたのかということも謎であるが、ヒスイは日本に産出されないとされてきたため、原始・古代日本の遺跡に残るヒスイは、どこからきたのか、どこで加工されたのかということが長らく謎であった。

世界におけるヒスイの主要産地は、余り多くなくしかも産地がごく狭い地域にかぎられているといわれるが、、なかでも現在ビルマは世界有数の産地として知られ、世界最大の産地とも言われている。産地はビルマ北部のカチン高原で、アジアにおける翡翠の産地としては、ビルマを第一とし、雲南省やチベットにも鉱脈があるといわれている。そして日本では、ヒスイは産出されないとして、原始・古代日本に見られたヒスイは、ビルマから求められたものであると言う説が長らく唱えられてきた。

日本にはヒスイが産出せず、中国において勾玉が発見されたということも聞いていないとして、ヒスイそのものを中国から輸入して、これを日本で加工したものであろうというヒスイ原石移入説(高橋健自博士、『鏡と剣と玉』、1911年)。日本で出土した玉製品の大多数は、軟玉製ではなく、硬玉(ヒスイ)に属するものであることを明らかにし、ヒスイの主産地はビルマの北部地方、中国の雲南、チベットなどであって、日本や朝鮮では産出すると言うことをいまだに聞いていないので、これらの地方から中国人の手を経て、朝鮮半島を経由してか或いは中国南部から直接ヒスイが輸入され、日本か朝鮮などで加工されたものであろう(濱田耕一博士)と説かれた。

遺物に見られるほどの大量の原材石が、雲南やビルマ北部から古代日本にどうやって運びつづけられたのか、また中国人の手を経て輸入されたのであればなぜ中国でヒスイが自己の用に供されなかったのかあるいは原石の他に何らか中国風に加工した遺物が出土してもよいのではないか?しかも縄文時代に日本でヒスイが使用されていることから古墳時代のみならず、縄文時代から輸入し続けたということが果たしてありうるのかなど、いろんな学者が解釈に努めるも釈然としない問題が残っていた。

このように日本のヒスイについては多くの問題があったが、日本の当時の考古学界では、いままで一塊のヒスイ原石すらも国内からは発見されていなかったので、ビルマ方面からのヒスイ渡来説が定説となっていた。しかし東北帝国大学の河野義礼氏が1939年11月『岩石鉱物鉱床学』(第22巻第5号)に「本邦に於ける翡翠の新産出及び其化学性質」と題する論文を掲載し国内産ヒスイの発見を発表した。日本発見のヒスイの原石所在地は、新潟県西頚城郡小滝村(現在の糸魚川市)で、姫川の支流となっている小滝川の中流河底であった。(しかし考古学会にこの事実が紹介されるのは、1941年5月、『考古学雑誌』第31巻第5号での島田貞彦氏の報告による)。その後青海川(新潟県西頚木郡)を始め、各地でヒスイの産地が発見されたが、日本で発見されたヒスイ製玉類のほとんどは、糸魚川地方(新潟県糸魚川市、青海町、富山県朝日町)産のヒスイを使用しているとその後分析されている。ヒスイ産地の各地での発見だけでなく、新潟県糸魚川市の長者ヶ原遺跡(縄文時代中期)、寺地遺跡(新潟県青海町、縄文時代中・後期)、浜山遺跡(富山県朝日町、古墳時代)などからヒスイ加工の道具やヒスイ工房址が発掘され、姫川、青海川を中心とする北陸のこの地域に展開した日本独特のヒスイ文化の存在が明らかになった。

こうしてヒスイ原産地の姫川渓谷を中心に、北陸・信州を包含する日本独自のヒスイ文化圏の存在が明らかになった後も、原石の質の上から、日本の石器時代の硬玉製大珠から、弥生時代以降、古墳時代に見られる硬玉製勾玉へと、一線的発展をしたとは考えにくいと説く研究者もあった(『勾玉』水野 祐 著、学生社、1968年)。日本産の硬玉は北ビルマの硬玉よりも質が落ち、原始日本の石器時代の硬玉はその分布からみても日本産の硬玉を利用しているが、弥生時代や古墳時代の勾玉の硬玉は、やはり日本産の硬玉ではなく、北ビルマ産の硬玉ではないかと説いたのである。

いずれにせよ、原始・古代日本のヒスイをめぐる興味はつきないが、一方、ビルマのヒスイそのものについては、昭和17年(1942年)に、八幡一郎教授が、ハインリッヒ・フイッシャー(Heinrich Fiseher)らヨーロッパの研究者の論文を参考とされ、ビルマヒスイの産状や採取の方法、また中国への経路などを詳細に報じらている(「緬甸の硬玉」『南亜細亜学報』第1号、1942年)。これによると、ヒスイは北ビルマに10数箇所の産地があるが、これらはすべてイラワジ河とその支流チンドウィン河の中間に当るカチン丘陵地帯にあり、北緯25度から26度、東経96度から97度の内に含まれるとのこと。近世から現在に至ってヒスイの世界有数の産地として名を知られるビルマのヒスイであるが、その発見は意外に遅く、ヒスイの採掘は18世紀末から盛んとなったようである。中国では漢代以来ヒスイが用いられた痕跡があるが、中国のヒスイ石が古代から現代にまで続いて珍重されていたということでは決してなく、中世にはビルマや雲南のヒスイは中国中央部にほとんど輸送されなかったようだ。尚、ビルマの有名な硬玉鉱山は、その主要なものが、ミッチーナー地区のトウモゥに存在しており、『南方圏の資源 第4巻 ビルマ篇』(益田直彦 著、 日光書院、1943年3月発行)には、その世襲的権利がカチン山地の酋長たるカンシ家の手にあったと記されている。

主たる参考文献:
『日本の翡翠 -その謎を探る』(寺村光晴 著、 吉川弘文館、1995年12月発行)
『東アジア史の謎』(李家正文 著、 泰流社、1989年9月発行)
『勾玉』(水野 祐 著、 学生社、1968年11月発行)
『南方圏の資源 第4巻 ビルマ篇』 (益田直彦 著、 日光書院、1943年3月発行)

●翡翠(ヒスイ)
翡翠(ヒスイ)は、緑色の石でかなり高価な宝石の一つ。エメラルドのように澄んだ透明さはないが、かすかに光を通す石。
色が翡翠(翡鳥・かわせみ)という名の鳥の羽の色に似ているところから、翡翠石(ヒスイ)と名付けられている。
鉱物としては輝石類に属し、繊維状の細かい結晶の集合のため、非常に強靭。硬度は6.5~7度で、ガラス光沢を持っている。
ヒスイは普通ジェード(Jade)を指しているが、鉱物学的には、硬玉(ジェダイト・ジェード、jadeite jade)と軟玉(ネフライト・ジェードnaphrite jade)とに区別されるが、一般には共にヒスイと呼ぶ場合が多い。考古学では、ヒスイといえば硬玉を指し、軟玉をヒスイとはいわない。
エメラルドと共に、5月の誕生石で、その言葉は「愛に満ちた幸福な妻」

・『万葉集』巻第13の歌  (3247)
「沼名河の底なる玉 求めて得まし玉かも 拾ひて得まし玉かも あたらしき 君が老ゆらく惜しも」

・『越後国風土記』に(『釈日本記』巻6)
”越後の国の風土記に曰はく、八坂丹は、玉の名なり、玉の色青きを謂ふ。故れ、青八坂丹の玉といふ。”

◆『魏志』倭人伝に
”・・・男女生口三十人を献上し、白珠五千孔、青大句珠二枚、異文雑錦二十匹を貢す。・・・”と、卑弥呼の死後、年13歳で女王の位についた壹與が、魏の都・洛陽に使をつかわしたときに献上した品物。この中の一つ「青大句珠二枚」がなんであるかについては、古くからいろんな説が出されていたが、現在ではヒスイの勾玉であろうと言うのが、通説。

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