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コラム(江口久雄さん)「メコン仙人だより」第27話 「足入れ婚の名残り」
- 2002/5/10
- コラム(江口久雄さん)「メコン仙人だより」, 企画特集
タイ系諸族の古い「足入れ婚」の習俗から、非タイ系のラフ族、更に大阪・泉南地方の新婚後の習俗へ
コラム(江口久雄さん)「メコン仙人だより」第27話 「足入れ婚の名残り」
「タイでは男と女が結婚したら女の家に住み込むというそうじゃないか。アパートやコンドミニアムをさがす苦労もないし、アンタと結婚したら、男は毎日按摩されてまさに天国だね」などと、タイ・マッサージの娘といつものように冗談口をたたいていたら、「タイでは男と女が結婚したら、三日間は女の方の家で暮らさなければなりません。もっとも今はかなり自由ですわね」と彼女は言いました。
タイはむかしから男が女の家に入りこむ足入れ婚だと聞いていたので、マッサージ嬢の語る習慣はその名残りではないだろうかと考え、家内をはじめ、まわりのタイ女性にいろいろと聞いてみたのですが、ついには明眸皓歯のラムパーン娘のドゥアンにも尋ねてみたのですが、誰一人「結婚後、カップルは三日間は女の方の家で暮らす」という話は聞いたことがない、という答えでした。
唯一人、サムットソンクラーム県の漁師の娘、美人のナームフォンが次のように言いました。
「結婚した後、新郎が新婦の家に同居するのは、多く労働力を提供するためですわ。これは農民も漁民も同じですわね。それにともかく三日間は新郎は新婦の家で過ごさなければならないのです。むかしからの習慣ですわ」
しかし、三日間女の方の家に同居する理由については、マッサージ嬢もナームフォンも説明できなかったのです。もちろん僕もわかりません。タイと一口に言っても、それは決してベタ一面ではなく、まるで渡り鳥が長い旅の途中に立ち寄るように、ぽつりぽつりとこのような珍しい習慣が離れた地方に残ることがわかっただけでも収獲かなと思います。
さるクライアントの会社は、事務員の制服を赤い上衣に黒いズボンで統一しており、そのなかでもひときわスラリと背の高い子がお茶を持ってきたとき、例の三日間について尋ねてみたのですが、「ナーンでは花嫁が夫の家に入ると、まず一番に水を汲んで夫の両親の水浴の準備をする習慣があります」と言いました。ナーン県は北タイのランナー文化圏の中でも独特の文化を濃く伝える所です。ちなみに広西省に住むタイ系のチワン族は、夫の家で行なわれる結婚式の翌朝、花嫁は一番に起きて水を汲み、湯を沸かして夫の両親の洗面用に供するといい、そしてその日のうちに花嫁は実家に戻り夫がその後を追うのです。
雲南省から北タイの山岳地帯にかけてラフ族という少数民族が住んでいます。タイ族の古い足入れ婚の習俗を追って、タイ系非タイ系のとなりどうしの少数民族に当たってみました。その結果、タイ系でないラフ族の間に、男女は結婚後三年間は女の方の家に同居しなければならないという、三日間どころではない習慣があることがわかりました。
夫は結婚式の当日または翌日に、一束の薪、鉄砲、弓矢、その他の手荷物を下げて、花嫁と共に花嫁の実家に入ります。そのまま三年間、夫は花嫁の家族とともに働き、まるで花嫁の実家の息子のような扱いを受けます。三年の年季が明けて晴れて後、夫は花嫁を自分のもとに連れて行く許しがおりるのです。タイ国では一部の地方に結婚式から三日間女の方の家に同居する習慣が残っていましたが、雲南省のラフ族の間では三年間の同居です。
ところがラフ族の三年間の同居の習慣が日本の一部の地方にもありました。『大阪府下年中行事』桃の節句の項に、泉南地方のある村では「三年間は花婿花嫁は女の里へ行き、四年目からは男の里へ来ると。これ家の事情を知るためである」という習慣のあることが記述されています。ラフ族は弓の名手で、「弓を扱えない者は男ではない」という言葉がラフ族にはあります。泉南地方のくだんの村には、一月六日に弓放しという行事があって、八人衆がモチ形の的に向って弓矢を射るのです。別に泉南地方のくだんの村の習慣をラフ族に結び付ける気はありませんが、黙っているのも不自然かと思いました。
さらに言えば、くだんの村では正月の雑煮を食べる専用の箸はカエデの木を使いますが、カエデの木は苗族にとって聖なる木です。これも黙っているのは不自然かなと思いました。