コラム(江口久雄さん)「メコン仙人だより」第16話 「カラノの大船」

日本書紀に登場する伊豆のカラノの大船は高速船で、果たして外洋船としてどのように使われていた?

コラム(江口久雄さん)「メコン仙人だより」第16話 「カラノの大船」

さてあちこち寄り道しながら応神天皇のカラノの大船を追ってきましたが、そろそろ話の締めくくりに入りましょう。『日本書紀』には伊豆の国にカラノの大船を献上させ、この船は26年間就役した後、廃船となり船材で塩が焼かれ、焼け残りの木から琴が作られたことが記されています。しかし『古事記』はカラノの船は応神の子の代の仁徳天皇の時代のこととして記し、しかも今の大阪府にあった大木を切り倒してそれでカラノの船を作り、淡路島の泉から天皇の飲料に供する水を運ぶのに使ったとされています。廃船となった後は、船材で塩を焼き、焼け残りの木で琴を作ったことは『日本書紀』に同じです。

カラノの大船をめぐるこの『日本書紀』と『古事記』のくい違いは何を意味するものでしょうか。僕はここに、なんとなく深い恨みのようなものを感じるのですが。もちろん応神または仁徳の恨みです。応神天皇から武烈天皇までに至る系譜は、一般に近畿王朝とか播磨王朝とか言われていますが、そしてこの時代のいわゆる天皇たちは、中国の史書に見える「倭の五王」に比定されてきましたが、この時代の天皇たちが中国南朝に使節を派遣したことは、『日本書紀』にも『古事記』にもただの一行一字も記されていません。多くの日本人が何か重大な勘違いをしてきたのではないでしょうか。

『日本書紀』では、応神天皇が伊豆の国に堂々30メートルの大船を献上させたことが誇らしげに書かれていますが、さて何に使われたのかがすっぽり抜け落ちています。『古事記』ではカラノの船は淡路島と近畿の間を往復して天皇の水を運んだことが明らかにされています。この大船は『日本書紀』によれば「軽くうかびて疾く行くことはしるがごとし。」と記され、大船ながらたいへんな高速船だったようです。南越-伊都-伊豆と、大船の系譜を追ってきた理由はこの一句にあります。なによりも外洋船は高速でなければなりません。

それが大阪湾内の往復で就役を終えるとは、なんとアホな使われ方でしょうか。高速の大船を加羅・新羅へ、もしくは中国へ走らせる可能性が絶たれていたとしか考えられません。となると、応神の母にあたる神功皇后が伊豆に国造を置いて支配権をのばし、応神が伊豆に号令したものとしても、献上されたのはたった一隻でしかも後が続かなかったのは何を意味するものでしょうか。仁徳や応神の上に、本当の大倭国の主がいて、その権力者が仁徳や応神に大船を自由にさせなかったのではないのでしょうか。

近畿王朝または播磨王朝は実に神話的に誕生しています。神功皇后はアメノヒボコの子孫ですから、韓国南端のいわゆる新羅の地と播磨の国にあった勢力をバックにしていました。夫である仲哀天皇とともに熊襲征伐の軍を起こし、北九州で一転して新羅に攻め込む理解しがたい行動をとって歴史に登場します。このあたりじっくり取り組めば面白いテーマなのですが、僕は次のようにアタリをつけています。北九州には卑弥呼の後継王朝があります。それが新羅(アメノヒボコの故郷の新羅)に侵入したのをきっかけに、神功と仲哀は播磨の勢力を糾合して卑弥呼の後継王朝(いわゆる熊襲)に軍をさしむけます。しかし到着して見ると新羅はすでに卑弥呼の後継王朝に降伏し、かつかれらもまた降伏したのでした。神功の新羅征伐は、古田武彦流に考えれば卑弥呼の後継王朝が行った新羅征伐の記事をそっくり写し取ったのかも知れません。

仲哀天皇が神秘的になくなり、かつ応神天皇が神秘的に誕生して、播磨からきたこの軍勢は今度は近畿征伐に向って成功します。僕はこの背後に卑弥呼の後継王朝の権力が動いているように思うのです。つまり卑弥呼の後継王朝はこの時点で、朝鮮海峡の両岸を支配するとともに、また応神にはじまる播磨王朝の面々に近畿総督の役割を負わせ、はるか伊豆の地にも威令を及ぼしたのではなかったのでしょうか。古田武彦によれば『古事記』も『日本書紀』も苦労して九州王朝の存在を抹殺していますから、この両書だけにたよっていては見えるものもみえません。両書に加えて古田氏の著書を読まれるとこのへんの消息がかなりはっきりしてきます。

4世紀末期から5世紀初期にかけて、倭国は高句麗との戦いに続々と軍勢を送っていますが、伊豆の大船はここにこそ使われなければならないでしょう。伊豆で造られた多数の大船はみんな九州にもって行かれたものと思われます。広開土王の死をひとつの画期として高句麗の脅威が薄らぎ、翌413年、卑弥呼の後継王朝で朝鮮半島から日本列島にかけてかつてなかった大勢力を築いた倭王讃は、堂々伊豆の大船の船団を組んで東晋に使節を送ったのではなかったでしょうか。

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