調査探求記「ひょうたん笛の”古調”を追い求めて」②(伊藤悟)

「ひょうたん笛の”古調”を追い求めて」②(伊藤悟)第2章

北タイに来て6ヶ月がすぎた。この地でロンコンの“音楽の魂”がまだ大地に還っていないことを知った。タイヤイ族の村にはまだ向かっていない。

雲南省の西の地にいたとき、タイマオ族の女性歌手がタイマオ族の古い歌で失われようとしている歌が5、6種類あると、教えてくれたことがあった。その人は小さい頃にそれらを聴いたことがあったきりで、自身では歌えない“うた”だといった。 そのうたは少し変化して、タイに住むタイヤイ族も歌う事がわかった。

最近ずっと考えていることがある。空想といえばそれまでなのだろうけど、音楽にも“魂”があるんじゃないだろうか。 少数民族の音楽を聴いてきたからこう思うのかもしれない。“うた”は何十年、何百年と歌い続けられ、伝承されてきた。少数民族と呼ばれる人々の生活が近代文明とは違う昔ながらの生活様式といわれ、音楽も現代の消費される音楽とは違って、社会の中で機能する生活に根ざしたものと考えられてきた。

それが、急激な時代の変化によって、周りの多数派民族から近代文明の影響を受け、今まであった音楽に対する「尊敬」や、意識的または無意識に行われてきた音楽行動の「価値」があっという間に失われてしまった。生活に根ざしてきた音楽が、社会のどこかのネジが変わったことで、本来の機能を失ってしまった。“音楽の魂”と書いた。それは音楽が奏でられ、歌われてきた歴史のことなのかもしれない。音楽が消費されるようになって、真っ先に消費されてしまったのが伝承されてきた古い歌だったと思う。 多くの民族が精霊信仰だったりする。こんな消費文化の中で万物に精霊が宿るなんて敬ったり恐れたりすることは良いことじゃないかとも思う。同じように音楽にも精霊が宿っていたり、魂があって、もっと大切にしようとしてもいいと思う。

だからこんなことを考えた。村のあぜ道、田畑、木の下、どこかの家の屋根や森の奥で、“音楽の魂”はそれまでの役目を果たし、あるものは大地に還り、あるものは天に昇華しようとしている。それは、村に残る最後のその音楽を覚えている老人が亡くなるまで、あちこちで横たわって最期の時を待ち続けているのかもしれない。

だからまたこんなことを考えた。自分が村に行って老人たちに古い歌や、ひょうたん笛の音楽を教えてもらうとき、横たわっていた音楽の魂は喜んで起き上がり、僕らの周りで音楽が奏でられるのを、歌われるのを見守っていてくれるのではないか、と。そして、少なくとも“古調”の魂は、あと暫くは無くなることはないだろうと思った。なぜなら、その魂は僕の心の中という住み処を得たから。

(C)伊藤 悟 2002 All rights reserved.  

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