論考「遥かなるメコンを越えて ナーンの旅、そしてプーミン寺壁画」③

論考「遥かなるメコンを越えて ナーンの旅、そしてプーミン寺壁画」

(蔵屋敷滋生 くらやしき・しげお 投稿時:出版社役員,59歳、千葉県柏市在住)

第1章 タイ族のルーツ ②

「タイ族」と思われる最も古い記録は前漢の時代に著された『史記 大苑列伝』にあるといわれる。原書に当たったわけではないので、読んだ本にそう書いてあったから紹介したにすぎない。これから紹介する記述は同じ意味合いだと思って下さい。ただその都度お断りするのも面倒なので「注釈」はつけないことにします。

  「昆明の西千余里に乗象国あり、滇越という」。だが「滇越」がなぜ「タイ族」だとするのかは歴史学者の世界で、「ふむふむ、そうなんだ」と納得するしかない。また「昆明の西千余里」とはどこなのだ。「千余里」とは3927㎞以上ということか?。現在の度量衡とは違うわけだから、そんなことにはならないはずだ。どうやら「遠いところ」程度の距離らしい。また「国」は部族の集まりを指す。

  『魏志倭人伝』に「至一大国、………(略)。又渡一海千餘里、至末廬国」があつた。これは一岐島から佐賀県唐津付近とされるから約50㎞だろうか。とすれば昆明から50㎞、雲南省北部の哀牢山脈の西側と無量山脈の谷間を指すことになる。谷間を北上すれば現在の大理に着く。別の『後漢書』(2世紀)には、そこに暮らす(漢民族にとって)異民族を「哀牢夷と呼ぶ」とも書かれている。「夷」とは「えびす」とか「未開人」の意味だから、「差別」用語である。いま引用している資料は漢民族のものだから仕方がない。現在のタイでアカ族を「イゴー」、ミェン族を「ヤオ」、モン族(Hmong)を「メオ」と呼ぶのと同じである。

  3世紀になると哀牢の中でも「タイ系民族」だけは巨大な部族連合体を構成していたという。少し脱線するが、「哀牢」をラオ族の始祖とする説もあった。語感が似ているらしく中国、ベトナム人の間で長く信じられた。地図からみたらちょうどラオス、ベトナムの北方にあたる。もっともラオも「タイ族」であるから、あながち間違いとはいえない。そして現在では、「哀牢夷」が直接「タイ族」を指すのではなく、山脈の西に住む「タイ族」を含む諸民族の総称だといわれている。漢字の意味から判断すると、非漢民族として肩を寄せ合い生活を営み、民族間の交流も盛んだったことが想像される。

  だとすれば2000年以上も前には「タイ族」は中国西南・雲南省北部に住んでいたことになる。また最近では、さらに古い3000年前に同じ中国西南地域でも四川省南部や広西壮(チワン)族自治区にも住んでいたという調査も現れた。越人あるいは百越とよばれた民族のなかの「駱越」あるいは「甌越」がそれだというわけだ。だがこれも「甌越」は中国のチワンやベトナムのキン(京)の祖とするのが有力で、その地域に「タイ族」の「国=部族集合体」があったわけではない、としている。しかし「タイ族」は雲南省北部だけでなく、現在の中国四川省、広西壮族自治区にもまとまって生活していたことだけは確認できる。

 このサイトにも以下の記事が掲載されている。これからも自分の力が及ばないところは先人の力を借りることにする。クリックするだけでいいわけですから、折角のご利用を願いたい。今から3000年前の古代(百越)民族集団の中でタイ族は「駱越」と呼ばれ、現在の広西省内で壮族と共同生活をしていた。が、紀元3世紀から9世紀にかけて広西省から出て、現在のベトナム、ラオスを経てタイに移動してきた、というのだ。「タイ族」は3世紀にはすでに移動を開始したというわけだ。

   タイ族とチワン族  http://www.bangkokshuho.com/articles/mekon/mekon836.htm

  「タイ族」の祖地を雲南省にあつた南詔国とする説が意識的に啓蒙・流布されたことがあった。1930年代の話である。「意識的に」としたのはタイ国がそれ以前の「シャム国」から「タイ国」に国名を変更した時代とクロスするからだ。民族としての祖始を雲南の大国に求め、「わが民は歴史的大民族」として国威発揚を促したかったのだろうか。

20世紀の終わりになっても「わが国は神の国」と平気で言ってのける政治家がいるのだから、決して笑える話ではない。「日の丸」も「君が代」も同じ主旨の話ではないのかと思うが、如何。今日では「南詔国」は彝(イ)族の国とするのが定説である。

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