コラム(江口久雄さん)「メコン仙人だより」第42話 「神の妻の分国」

他所からきた神の妻の出産の風土記での伝承と、応神天皇の出生にまつわる鎮懐石の伝承

コラム(江口久雄さん)「メコン仙人だより」第42話 「神の妻の分国」

風土記を読んでいると、神の妻が他所からやってきて山を占有して子を産むという記事がしばしば見えます。たとえば『出雲国風土記』には、楯縫郡のカムナビ山に伝わる伝承に、オオクニヌシの子であるアジスキタカヒコの妃であるアメノミカジヒメが、カムナビ山でタギツヒコを産み、その霊の依りしろとして1.8メートルほどの石神が山頂に立っており、雨乞いに霊験があるとされています。カムナビ山とは「神が鎮座する山」という意味で、『出雲国風土記』には各地の郡に合計4か所のカムナビ山と呼ばれる山が見えます。そして出雲郡のカムナビ山の山頂にはキヒサカミタカヒコの社があると記されています。風土記にはたったこれだけしか記されておらず、あとは言わずもがなという筆法です。もしかするとキヒサカミタカヒコもタギツヒコのように、神の妻が生んだ子かもしれません。

『播磨国風土記』には託賀郡の袁布(ヲフ)山に伝わる伝承では、宗像の神であるオキツシマヒメが、この山で伊和の大神の子を産んだと記されています。宗像三神は三姉妹の女神で、北九州の沖に浮かぶ島が信仰の中心ですから、はるばる播磨に渡ってきて子を産んだことになりますね。また同じ『播磨国風土記』の揖保郡の飯盛山に伝わる伝承では、讃岐国ウタリの郡の神のイヒヨリヒコの妻が渡ってきてこの山を占有したと記されています。その理由は省かれていますが、これもあとは言わずもがなという筆法だとすれば、前に挙げた例のように子を産むためだったのではないでしょうか。

どうも神の妻が山に渡ってきて子を産んだ、という伝承からは、その山を中心とする分家の集団が生まれたという印象を僕は強く感じるのです。『古事記』に見えるホノニニギが高千穂の峰に降り立ったという話も、天の女王アマテラスが太子のオシホミミに天くだりを命じたとき、オシホミミはすでに子が生まれましたのでその子を代わりに遣りましょうと答えて、オシホミミは太子でありながら天を離れず、高千穂の峰には子のホノニニギが行くのです。天孫降臨のくだりは実にドラマチックに描かれていますが、本当はホノニニギはまだ胎内に居て、オシホミミの妃が子を産むために高千穂の峰を目指して渡っていったというのが、真相ではなかったでしょうか。つまり、風土記に伝えられた話も含めて、この種の話の原型は、族長の子を身ごもった妾妃が、家来を付けられて新開地に分家していくパターンだったのではないでしょうか。最初の移住先として山が選ばれたのは、海を往来する海人にとって山こそは唯一のランドマークだったからでしょう。

以上の性質をより鮮明に表しているのが、応神天皇の出生にまつわる鎮懐石の伝承です。母なる神功皇后が加羅国に居たときに子が生まれかかり、石を腰に巻いて出産を抑えつつ海を渡って筑紫の国に至って生んだとするのです。僕は新羅征伐に向かった神功皇后と、筑紫の国に渡って来た神功皇后は別人ではないかと疑っています。当時の倭国には近畿に香坂王・忍熊王という大王がいて、加羅国から家来を連れて分家してきた妾妃が後の応神天皇となる子を筑紫の国で産み落としたというのが真相だったのではなかろうかと思うのです。

応神天皇逝去の年は文献上は394年になります。安本美典は古代の天皇の在位年数をほぼ10年としており、それを取れば応神天皇の時代は385年から394年までという目安が得られます。応神天皇をはらんだ神の妻が玄界灘を渡るとき石を腰に巻いて出産を抑え筑紫の国に至って子を産んだという出来事は、しかし実に不自然で、どこか異民族の妾妃が倭国の風習に無理やり合わせたような印象がしませんか。高句麗の広開土王が即位するのは391年で、それまでは百済と新羅が圧迫されることはありません。それどころか新羅は377年と382年に華北を統一した大帝国の前秦と通交しています。前秦の王室はチベット系で、この勢力が東晋と通交した百済に対抗するために新羅を通じて倭国に進出してきた可能性が考えられないでしょうか。なんといっても筑紫上陸後、近畿の倭国の香坂王・忍熊王をあっという間になぎたおし、日本海の要衝敦賀の港を占領して仮宮をおく、という実力と地理的なセンスは単に新羅や加羅国の小さなスケールのものではありません。

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