北東インド旅行記 ~「辺境」の地を訪ねて~ 第5回 ナガランド編(5)(中園琢也さん)

北東インド旅行記 ~「辺境」の地を訪ねて~ (中園琢也さん)
第5回 ナガランド編(5)

中園琢也:
都内在住の一般企業勤務。学生時代よりアジア各地を旅行。旅先での関心領域は食文化を中心とした生活文化全般、ポップカルチャー、釣りなど。

1.はじめに
(1)北東インド7姉妹州(セブンシスターズ)
(2)旅程

2.ナガランド州
(1)基礎情報
(2)ナガランド州と周辺地域の地図情報
(3)ナガランド州概要 ①ナガの人々 ②言語 
③宗教 ④歴史 ⑤文化 ⑥食 ⑦産業 ⑧観光業 ⑨自然環境 ⑩その他
(4)ナガランドの玄関口 ディマプル
(5)コヒマへの移動
(6)コヒマの宿
(7)戦跡 ①インパール作戦 ②コヒマの戦い
(8)コヒマの地形 ~階段と坂道だらけの街~
(9)キリスト教
(10)市場

(10)市場
私にとって、旅の最大の楽しみの一つが市場巡りである。食べることも料理をすることも食文化を学ぶことも大好きということもあり、旅先では必ず市場を訪ねるようにしている。

コヒマの街にはいくつか市場が見られるが、最大のものはマオ・マーケットである。ちなみに名称「マオ」の由来は、調べたものの確かな答えは見つからなかったが、もちろん毛沢東主義者(マオイスト)とは関係なく、恐らくはコヒマ近隣の「マオ地区」、ないしは、ナガ族を構成する部族で同地区に住む「マオ族」が由来だと思われる。もしくは、かつて、雲南、ミャンマー、インド北東部一帯を支配したマオ王国に由来するものかもしれない。

コヒマは山岳地帯に位置するため、昆虫や野生動物などの山の幸や犬肉など珍しい食材が見られるだろうと、この市場での探索を旅行前から大変楽しみにしていた。しかし、旅の事前調査で、マオ・マーケットについて調べていたところ、現地報道記事で2023年2月27日に大規模な火災が発生したと知った。3階建ての市場のビル1階で発生し、その炎は80フィート(約24m)まで達したらしい。200以上の店舗と数軒の民家が焼失し、20家族55名が被害を受けたとのこと(死傷者は不明)。原因は漏電だといわれている。

インターネットで情報収集しても、日本語の情報は最新でもコロナ禍前のもので参考にならず、英語情報を検索しても出てくるのは火災当時の報道ばかり、Google Mapでマオ・マーケットについて調べても営業停止の表示。とはいえ、州都の台所を支える最大の市場、仮に大半が焼失したとしても、代替機能をとなる市場が自然発生するはず、しかも8か月も経っている。そう希望的観測を抱いたままコヒマを訪れることとなった。宿に到着後、すぐさまオーナー妹氏に市場について質問攻め。マオ・マーケットは幸いにも、近隣の消失を免れた建物を使って復旧しているとのことで安堵した。

二日目の早朝、マオ・マーケットに向けて出発。メインの建物は、火災の発生源の1階から3階までは封鎖されていたが、被害が軽微であった地下階は活きており、外の勝手口らしきボロボロの階段を下りて、市場の建物地下階に入った。

地下階の被害は軽微だったらしく、火災の痕跡を感じないほど。また、周囲の古い建物も健在で、できるところで復旧営業しているらしくカオスな雰囲気。食材関係や日用雑貨、衣料品など様々なものが売られており、事前に火災のニュースを知らなければ異常を感じないと思われるほどであった。

写真:被災した市場建物の地下階への階段。地上階は封鎖。建物裏の勝手口らしくボロボロ。

写真:市場建物の地下階。被害は軽微で営業中。青果や米穀、昆虫などが売られていた。

 写真:焼失したコンクリ製メインの建物に隣接する古い木造の建物の方は健在だった。

写真:市場周辺の路上の果物売り。ディスプレイが綺麗。


青果売り場は、見慣れた野菜や果物が豊富に見られた。ハーブ類は南アジアや東南アジアの他の国々と比べて僅かな印象、スパイス類も、唐辛子はこの地域が原産のブート・ジュロキアなど種類は少ないながら見かけたが、他のスパイス類はほとんど見かけなかった。あとは、山岳地帯なのにキノコ類はほとんど見かけなかった。乾季という時期的なせいかもしれないが、平茸みたいなのが1種類だけ。昆虫類も、やはり季節的な理由もあってか、どの店も2種類の芋虫、蜂の子くらいのもので、東南アジアの市場のようにバッタやコオロギ、アリ、タガメなど水生昆虫といった多種多様な昆虫は見られなかった。納豆(アクニ)などの発酵食品は時々、葉に包まれたものを見かける程度で、漬物類はタケノコらしきものくらいで、あまり見かけなかった(たまたま気が付かなかっただけで、どこかには売られているはずだと思うが)。

写真:市場内の青果売り

 写真:市場内の青果売り

 写真:我々にも馴染み深い野菜が多いが、形が微妙に違うものも多い。

写真:かつて世界一辛い唐辛子といわれたブート・ジョロキアは北東インドが産地。

 写真:長いインゲン豆?

 写真:ヤムイモ。ヤムイモはイモ部分だけでなく葉も調味料として重宝される。ヤムイモの葉をパテにして燻製し乾燥させたものをアニシ、葉を発酵させてパテにしたものをヌオシと呼び、煮込み料理で味噌のような使い方をする。

 写真:米は種類が豊富。短粒種と長粒種、うるち米ともち米、白米と黒米・赤米など、様々な種類が見られた。

 写真: ヒラタケのようなキノコ。意外にもキノコ類はこれ以外ほとんど見かけなかった。右にある葉に包まれたものはアクニ(納豆)かヌオシ(ヤムイモの葉を発酵させてパテにしたもの)のどちらかだと思われる。

 写真: タニシ。茹でると美味だと聞くが、ナガランドやマニプールで何度か見かけたものの、寄生虫が怖くて食べなかった。

<注意!>以下、昆虫の写真が続きます。
写真: 昆虫は青果売り場で見かけることができる。

 写真:拡大写真

 写真:見かけたイモムシは主に2種類

 写真:もう一種類のイモムシ

写真:巨大なスズメバチの巣。幼虫も巨大だった。

 写真:スズメバチの巣の拡大写真。幼虫は親指大と巨大だった。羽化した成虫が時折見られた。

鮮魚売り場は、ディマプルの市場と同様にコイの仲間が中心(ローフーなど)。山岳地帯なのに意外と豊富だった。少しだけナマズもいた。養殖魚らしき立派なサイズで肥えた綺麗な魚ばかりだった。あとは出汁用なのか干物が豊富だった。

 食肉売り場は豚肉が中心。足が売られていたわりには、内臓は見かけなかった。鶏肉は、ディマプルと同様、養鶏場のようなスペースに生きた状態で売られていた。また、犬肉も売られていた。ここナガランドでは犬肉は豚や牛と並んでポピュラーな存在だと聞いていたが、売り場は地下の一角に隔離されている感じで、日陰もの的な扱いを受けている印象だった。あとは生きているハツカネズミがあちこちで売られていた。モルモットも見かけた。

写真:市場建物地下階の鮮魚売り場。什器も床もタイル貼りで衛生的。

 写真:販売されている魚はコイの仲間が中心。養殖魚らしく良型のものばかり。

 写真:ナマズの仲間。東南アジアでよく見かける種類。

 写真:魚の干物も多く売られている。

 写真:精肉売り場は1階。臭いがするからか、壁が無いピロティ状のエリア。牛肉売り場。

 写真:牛肉売り場。

写真:牛肉売り場。

 写真:豚肉売り場。ナガランドでは豚肉が最も好まれる。特に脂身が人気。

 写真:豚肉売り場。

 写真:養鶏場のような鶏肉売り場。野鳥との接触による鶏インフル感染を避けるためか地下階にある。

 写真:養鶏場のような鶏肉売り場。仮置きではなくここで飼育している様子。

 写真:ハツカネズミはよく見かけた。小柄で可食部は少なさそう。

 写真:モルモットのようなネズミもいた(左)。以前、南米ペルーでモルモット(クイ)の丸焼きを食べたことがあるが、獣肉寄りの鶏肉(ローストチキン)のようで美味しかったので、このネズミも美味かもしれない。

ナガランド州は禁酒州(dry state)のため、一般店頭にアルコール類は全く見られないものの(密売は盛んで、ある所にはあるらしい)、ソフトドリンク類は結構豊富に販売されている。市場のそばのビルの1階に大きなソフトドリンク店を発見。バドワイザーのノンアルビール(普通味、青リンゴ味)、ノンアルスパークリングワイン、様々な種類のエナジードリンク、コカ・コーラのバニラ味など、国内外の多種多様なソフトドリンクが売られていた。なお、この店が特殊なだけで、一般の店舗では国産メーカーのドリンクが中心で、コカ・コーラやペプシコなど海外有名ブランドのドリンク類はめったに見かけなかった。

 写真:市場そばのベーカリー兼お菓子類、ドリンク屋。

 写真:左上の棚にノンアルコールスパークリングワインが見られる。

 写真:ノンアルコールビール(バドワイザー青リンゴ味)

 写真:エナジードリンクは国内外様々で種類が豊富。

写真:日曜日は礼拝で街が人々でごった返すため、街のあちこちで衣料品類のフリーマーケットが開催されていた。

 写真:幹線道路沿いのバンブーマーケット前。市場の建物(左上)が竹製。

 写真:幹線道路沿いのバンブーマーケット前。市場の建物(左上)が竹製。

 写真:小規模零細な路上販売だからか、小さな魚や海老が中心。

コヒマの市場では、山地にもかかわらず、鮮魚をはじめ想像以上にバラエティに富んで豊富な食材に驚いた。逆に昆虫や野生生物などの山の幸はあまり見かけなかった。

後日ナガランドの農林水産物の流通事情について調べてみたが、国際協力機構(JICA)の報告によると、農業は家族経営で自家消費のための零細農家が大部分で、基本的にほとんどの農産物が自給できておらず、一部を除き他州から多くの農産物が一年を通じて移入されているとのこと。野菜類は、アッサム州の隣接地域や、マニプール州のマオから移入している。また、肉類や鶏卵、魚はインド本土から移入されているとのことだった。そして、コヒマの市場で売られている食品類もディマプルを経由して州外から移入してきたものが多いとのことだった。山の斜面に貼り付く都市で暮らす8万人の胃袋を支えるには外部からの供給に頼らざるを得ないのは当然かと思われた。

 <参考文献>

独立行政法人国際協力機構(JICA)『インド国 北東州農業セクターに関する情報収集・確認調査 ファイナルレポート』、2015年5月。https://openjicareport.jica.go.jp/pdf/12232237.pdf (2024年2月19日アクセス)

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